仮免試験
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コスチュームに着替えて説明会の会場へと向かう。大きなホールには参加者がひしめき合っていて、今からこの人数と競うのかと思うと緊張が増してくる。
『えー……ではアレ。仮免のヤツを、やります。あー……僕ヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠。よろしく。』
時間になると覇気のない人が説明を始めた。軽く自己紹介をしたあと話の導入から仕事の忙しさと睡眠不足を嘆いている。目死んでるけど大丈夫なのかこの人。かなり疲れているのが見て取れる。ちゃんと寝てほしい。
それは置いといて試験内容。まず初めは試験参加者1540人で一斉に勝ち抜けの演習をするらしい。
現代はヒーロー飽和社会。対価で動く者も義勇で動く者も合わせて相当な数のヒーローが存在する。多くのヒーローが救助・敵退治に切磋琢磨してきた結果、事件発生から解決に至るまでの時間は今とてつもなく迅速になってる。もちろん私たちもその速さについて行かなければならない。
そこで今回試されるのはスピード。条件達成者は先着100名とされた。1540人中100人しか突破できないなんて若干顔が引きつるけど、一旦それは置いとこう。
一次試験合格の条件は目良さんの持っている小さな機械。受験者はターゲットと呼ばれる機械を体の好きな場所に取り付ける。そしてテニスボールくらいの大きさのボールを6つ携帯する。ターゲットはこのボールが当たった場所のみ発光する仕組みになっていて、3つ発光した時点で脱落となる。3つ目のターゲットにボールを当てた人が相手を倒したということになり、二人倒した人から勝ち抜けになるらしい。
ちなみにターゲットの装着位置は常に晒されている場所じゃなきゃ駄目。ずるして見えないところにつけるのはルール違反だ。
入試の時と似てるけど相手はロボットじゃない。対人だと動きに予想がつかない分難易度が上がる。ボールの所持数も二人分倒せるだけのきっかり6個。3つ目のターゲットだけを横取りしてくる人も出てくるだろう。少しでも油断したらすぐに足元を掬われてしまいそうな過酷な条件だ。
『えー……、じゃ、展開後ターゲットとボール配るんで。全員に行きわたってから1分後にスタートとします。』
「展開?」
目良さんの言葉に首を傾げる。すると次の瞬間には天井や壁が変形していき、私たちが説明会場だと思っていた部屋はあっという間に演習ステージになった。しかも展開された部屋は広大なステージの一部に過ぎず、遠くには工場地帯や崖、ビル群など様々な地形が用意されている。
『各々苦手な地形、好きな地形あると思います。自分を活かして頑張って下さい。一応地形公開をアレするっていう配慮です……まァムダです。こんなもののせいで睡眠が……。』
思わずお疲れ様ですと頭が下がる。目良さん、この試験終わったら寝られるといいな。
無事ターゲットをもらってA組と合流する。どこにつけよう。無難に足とか腕かな。
「先着で合格なら……同校で潰し合いは無い。むしろ手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋……!皆!あまり離れず一かたまりで動こう!」
緑谷くんの言葉にみんな賛同する。だけど爆豪くんと焦凍くんは一人の方が本領発揮できるとさっさとどこかに行ってしまった。相変わらず自由だなあ。私は他のみんなと一緒に動きやすい位置へと走っている。お互い協力できた方が安心だ。他校の人たちも同じ作戦で来るだろうし。
「単独で動くの良くないと思うんだけど……。」
「何で?」
「私たちの個性もう体育祭でばれちゃってるもんね。」
「そうなんだよ!さっき僕が言った勝ち筋は他校も同様なワケで……学校単位での対抗戦になると思うんだ。そしたら次は当然どこの学校を狙うかって話になる。」
緑谷くんも私同様これから起こるだろう展開を危惧してるみたい。潰すなら個性割れてる学校って、普通やっぱそう思うよなあ。開始まで残り数秒の中、他のみんなにも説明する。緑谷くんこういう時リーダーシップ取れて頼りになる。
「全国の高校が競い合う中で、唯一個性不明というアドバンテージを失っている高校。体育祭というイベントで個性はおろか弱点・スタイルまで割れたトップ校。」
スタートの合図が鳴る。緑谷くんの発言に違わず私たちは一瞬で他校に取り囲まれた。予想はしてたけどこんな露骨に狙われるんだ。さっき笑いかけてくれたはずの真堂さんも迷わずボールを投げてくる。
「自らをも破壊する超パワー、まァ……杭が出てればそりゃ打つさ!!!」
あんなに爽やかに握手を求めてきた彼からの攻撃。やっぱりちょっと信用できない。苦手意識が増してしまった。
ボールは四方八方からすごい数飛んでくる。それを淡々と防いでいく私たち。みんな圧縮訓練の成果が出てる。私も自分に向かってくるボールを旋風で巻き上げる。
「締まって行こう‼」
「了解!」
緑谷くんに返事をして態勢を整える。みんなそれぞれ他校を見据えていて、その背中は頼もしかった。
傑物学園の人が何やらボールを変形させて隣の人に渡す。渡された人がボールを投げるとそれは地中へと沈みこみ、軌道が見えないままこちらへ向かってくる。
「皆下がって!ウチやる!」
響香が前に出て構えた。爆音を伝わらせて地面を割る。新技、サポートアイテムの音響増幅ジャックを使用したハートビートファズ。かっこよすぎて惚れる。
響香が割ってくれた地面からさっきのボールが露わになった。それはどうやら峰田くんを狙ってるようで、いくつかのボールがまっすぐ彼に向かって行く。
「粘度溶解度MAX!アシッドべ-ル!」
三奈ちゃんが峰田くんの前に強烈な酸の壁を作る。ボールは峰田くんに届くことなく地面に落ちてしまった。すごい。これまで課題だった防御技が仕上がってる。
『えー現在まだどこも膠着状態……通過0人です……。あ、情報が入り次第私がこちらの放送席から逐一アナウンスさせられます。』
スピーカーから目良さんの声が聞こえる。まだ通過者0人。みんな様子見してるところだろう。相手の弱点や個性の使い方を一通り理解して、きっとここから戦いが加速する。
「離れろ!彼ら防御は固そうだ、割る‼」
真堂さんが地面に両手をつく。何をするつもりだろう。身構えていると突然足元が崩れた。
「最大威力!震伝動地!」
「うそ!?」
「むちゃくちゃするなァー‼」
一気に地面が崩れてみんなとばらばらになる。まずい、連携崩された。あの人やることえげつなさすぎる。多分あれが本性なんだろう。
「どうしよこれ。」
咄嗟に空中で動きを整え着地する。周りは瓦礫だらけでみんなの姿が見えない。早く合流しないと。一度上空に上がって様子を見よう。飛び上がろうとすると四方から聞こえる声。一瞬クラスの誰かかと思ったけど聞き覚えがない。嫌な予感がして注意深く周囲を見回す。
「強個性でもたった一人じゃ勝ったも同然だな。」
「このチャンス逃す手はねえ。悪く思うなよ!」
「あ、てめ。抜け駆けすんな!」
案の定他校の人に囲まれた。瓦礫の上から多数の人が私を見下ろしている。ここで私一人を奪い合うの、かなり時間ロスだと思うんだけどいいんだろうか。相手は揉めながらも近づいて来る。一人が投げたのを皮切りに、次々とボールが私に向かってきた。
今私は地面にいる。ボールを避けきれたとしてもその後全員分の攻撃が飛んでくれば躱すのは困難だ。じゃあ攻撃が当たらない場所まで移動すればいい話。
誰かが私に向かって閃光を放ったのがわかった。上からボールを投げることで空中への逃げ道をなくそうという作戦だろう。その隙に攻撃して足止めって道筋なんだろうけど、そう簡単に思い通りになるわけにはいかない。
「なっ!?」
足から風を出してあえてボールの方へと上がる。誰もいなくなった地面に閃光が当たった。無事攻撃回避できた私は空中へ。ボールにぶつかる直前、思いっきり竜巻を起こす。
「陣旋風、新技です。」
旋風で巻き上げられたたくさんのボール。空気中に留めて今度は逆方向に竜巻を起こす。さっきは下から上だったけど、今度は上から下に。つまり地面に留まってる他校生徒の皆さんに向かって。
「ごめんなさい。」
小さく呟いて風をふき下ろした。新しいサポートアイテム凄い。本当に威力上がってる。これなら個性の使いすぎも防げる。
広範囲の風で相手は逃げる時間が足りず、ボールがいくつものターゲットに当たる。何人にどれくらい当たったのかはいまいち把握できなかったけど、自分のターゲットから機械音が聞こえて通過できたのだとわかった。目良さんのアナウンスが響く。
『通過者二人目。一人で脱落者34人出しました。一位に続き目が覚めますね、ここからどんどん加速しそうです!』
34人。そんなに倒してたのか。自分が二位通過だったことに驚きながらもターゲットの指示通り控え室へ移動する。
こんなにたくさん脱落させてしまう予定じゃなかったのに。少々申し訳なくなる。罪悪感を覚えること自体失礼なんだけど、どうしても気が重くなった。こちらも余裕がなかったのでどうにか許してほしい。
控え室に入ると見覚えのある顔が一人。私の姿を見つけるとすごい勢いで駆けよってきた。この光景見たことある。あれだ、大型犬がはしゃいでる時。
「雄英の人っスね!?二位通過すごいっス!」
「えっと。ありがとう。でも夜嵐くんの方がすごいよ。一位おめでとう。」
「ありがとうございます!みょうじさんっスよね!?体育祭見てました!似たような個性でいつかしゃべってみたいと思ってました!タイフーンのことも好きっス!」
爆音でマシンガントーク。ちょっと混乱してしまう。けれどやっぱり悪い人じゃないみたいで、人懐っこい様子に思わず笑みが零れた。
「似たような個性って、夜嵐くんも風に関する個性?」
「そうっス!風使っての攻撃得意っス!」
推薦入試一位の人と個性だだ被り。体大きいし絶対力強いし、対人とかだと確実に負ける気がする。同級生に上位互換を感じてしまうなんて情けない話だけど。
「あ、食べ物色々あるみたいっスけどなんかいるっスか!?」
「もらってこようかな。飲み物も結構種類あるんだね。」
夜嵐くんと一緒にマカロニサラダを取りに行く。ケータリングってやつなのだろうか。ホテルのバイキングみたいだ。楽しい。次もどんな試験かわからないし栄養取って温存しとこう。
段々人数が増えてきた。みんな大丈夫かな。心配しながら控え室の入り口を見ていると焦凍くんがやって来るのが見えた。
「あ、焦凍くん。」
私の呟きに夜嵐くんの顔つきが変わる。彼の視線の先にも焦凍くん。まるで敵を見るかのようなその目つきに一瞬たじろいだ。
「あいつと仲いいんスか。」
「え、うん。幼馴染だよ。」
「……俺はあいつが嫌いっス。」
さっきまでの彼とはまるで違う雰囲気。焦凍くんは覚えてないって言ってたけどやっぱり何か因縁があるのだろうか。
「あいつはエンデヴァーと同じ目をしてるっス。」
その言葉を聞いてどこか腑に落ちた。入学前、焦凍くんが緑谷くんに救われる前。恐らく夜嵐くんはあの憎しみしか映していない彼と接してたのだろう。そして周りが見えていなかった焦凍くんは彼のことを覚えていなかった。きっとそのすれ違いが誤解を生んでる。いやこれだけ嫌ってるってことはその時何か彼の気持ちが傷つけられたのかもしれない。焦凍くんは無意識だったんだろうけど。
これは恐らく焦凍くんが原因だ。でも、今の彼はあの時とは違う。優しくて穏やかで、まっすぐヒーローを目指してる。それを知らずに嫌ってしまうのはもったいないと思った。
過去に何があっても人は変わることができる。まあ、改心したからって夜嵐くんがその時のことを許すかどうかは別問題なんだけど。それでも、あの優しい焦凍くんが憎しみを込めた目で見られるというのは悲しい。どうにか二人が歩み寄れないものだろうか。
「焦凍くん、今は前会った時と違うと思う。だからあんまり嫌わないであげてほしい。」
不満そうな夜嵐くんにそれだけ残して焦凍くんの元へと向かう。出迎えてくれたのはやっぱり優しい笑顔で。少しでも夜嵐くんに彼の変化が伝わればいいと願った。
焦凍くんと夜嵐くん。強い二人が一緒に戦ってるとこ、見てみたい。きっといいコンビになる。想像したら自然と口元が緩んだ。