文化祭
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ある日の夜共有スペースに行くと、ノートに何やらせっせと書いている響香の姿があった。
「遅くまでお疲れ様。」
キッチンでココアを作って響香の前に差し出す。ありがと、と受け取ってくれて二人でそれに口付けた。
「バンド用のノート?」
「そう。メンバーへのアドバイスとか諸々。緑谷に要点のまとめ方教わったから書き直してんの。」
見るとバンド隊全員分のノートが用意されている。すごい。少し中身を見せてもらうとそれぞれの癖や改善点などがびっしり書き込まれていた。
「これ大変じゃない?」
「まあね。でもみんなに喜んでもらいたいからさ。ウチができることなら全力でやろうと思って。」
シャーペンを持って新しい書き込みをする響香はやる気に満ちていて、改めて音楽に前向きになったんだなあと実感する。バンドの練習もあるだろうに、遅くまでみんなのために頑張ってくれている。こういうところやっぱり好きだなあと口元が緩んだ。
「響香まだしばらくここいる?」
「うん、そのつもり。」
「じゃあ私も一緒に作業しようかな。」
「作業?」
「紙吹雪作るの。」
この前演出隊と話し合ったことを響香に説明すると「いいねそれ」と明るい表情で返してくれた。
一度部屋に戻って必要な道具を取ってきたあとまたすぐ共同スペースに戻る。するとソファにはさっきいなかった人がいた。
「あれ、爆豪くん。」
「ンだコラ。」
「出会い頭に凄むのやめて。」
思わずその名前を呼ぶとスマホを弄ってた彼がこちらを睨んだ。いやなんで。私何もしてないんだけど。
「休憩中なら一緒に紙吹雪作ろうよ。」
「テメーの仕事だろうが。」
「いやそれはそうなんだけど。みんなでやると楽しいし。」
「俺の知ったことじゃねえ。」
「ココアあげるから。」
「ンな甘ェもんいらんわ!」
一向に引かない私に爆豪くんの語気が強まる。彼相手だと何でかズケズケいけちゃうから不思議だ。職場体験の時に爆豪くんへの恐怖心を落っことしてきてしまったのかもしれない。それがいいのか悪いのか。響香は私たちのやり取りを見て、頬杖を突きながらため息を零した。
「アンタら仲いいね。」
「でしょ。」
「仲良くねーわ。」
「全く違うこと言っててうけんだけど。」
私と爆豪くんの重なった声に響香が噴き出した。仲いいって言われると否定してくるんだよなあ。照れ隠しだって勝手に思ってるからいいけど。
「爆豪くんもしかして紙吹雪作れない?」
「そんなもん作れねーワケねえだろうが。細かく切るだけだろ。」
「でも私これなら爆豪くんより綺麗に作れる自信あるよ。」
そう言うと彼の眉がピクリと動いた。今回のはわざと煽った。案の定近づいて来る怖い顔。
「上等だわ貸してみろや。」
「カッターとハサミどっちがいい?」
「カッター。」
結局一緒に作ってくれるらしい。型紙と折り紙も一緒に渡すと私の隣にドッカリと座った。響香は面白そうにその様子を眺めてる。
爆豪くん煽り作戦は以前の瀬呂くんに学んだ技。おかげでものすごいスピードで紙吹雪が完成していくからあとで瀬呂くんにはお礼言っとこう。
「爆豪くんはバンド隊でどんな感じなの?」
「よくバチ折ってるよ。そんなんで雄英全員殺れるンかって怒鳴りながら。」
「怖すぎるし道具ももったいないからやめようよそれ。」
「あいつらがクソみてえな音出すのが悪ィんだろうが‼」
バチを折るという事実に驚愕した。バンド隊の中で爆豪くんとよく話してるのは上鳴くんだけだから、少しは大人しいのかと思ってたけど全然そんなことないらしい。誰に対してもキレるんだなあ。ある意味裏表がなくて安心するけど。
「なまえはダンス順調?演出もするって聞いたけど。」
「ダンスは結構ものになってきてるよ。三奈ちゃんの熱血指導のおかげ。演出は青山くんのミラーボール拡散させたりお茶子ちゃんと協力してお客さんに月面歩行してもらったりするの。」
「日本語で話せや。」
「ひどくない?」
ずっと日本語ですけど。気持ちはわかるけどね。私も一回説明聞いただけじゃわかんなかったし。
「どこも結構うまく進んでるってとこだね。まあ余裕はないけど。」
「わかる。本番近づいて来て焦るよね。」
「雑魚が。」
「私たちは爆豪くんと違って繊細なので……。」
「てめえ一旦表出ろ。」
「痛い痛い痛い。」
「ここでケンカすんのやめてってば。」
調子に乗って軽口を叩けば結構本気の力で頭握られた。孫悟空の輪っかかけられてるみたいにジンジン痛む。響香が止めてくれてなかったら潰れてたかもしれない。馬鹿力だ。
「オラ、これでいーんだろ。」
涙目になって頭をおさえてると、爆豪くんが綺麗に切り揃った紙吹雪を持ってきておいた缶の中に入れた。
「え、もう終わったの?」
そこそこ量あったよね。でも彼の手元にはもう折り紙は残ってない。この人本当に何においても才能マンだな。
「てめーが遅いだけだわのろま。」
そう吐き捨てて彼は立ち上がった。スタスタと男子棟に帰っていく背中に慌ててお礼を言う。
「手伝ってくれてありがとう!」
彼はちらりともこちらを見ずに共同スペースからいなくなった。静かになった部屋で響香と目が合い肩を竦める。
「何だかんだ最後までやってくれるの、素直じゃないよね。」
「まあね。」
二人で苦笑して缶の中の紙吹雪を見る。細かくて均一。合宿の時も思ったけど爆豪くんって手先器用なんだよなあ。
「爆豪ってなまえといると優しくなるよね。」
私も引き続きハサミでちょきちょきやってると響香から意外な言葉が投げかけられた。思わず驚いて手が止まる。
「優しく?厳しくの間違いじゃなくて?」
「いや、うーんどうだろ。優しくは違うか。」
さっきのやり取りを思い出したらしい響香が早めに訂正を入れた。やっぱり傍から見ても優しくはなかったのか。傷つく。
「何かフランクになるっていうか近寄りがたさがなくなるみたいな?楽しそうなんだよね、なまえといる時の爆豪。」
「そうなのかなあ。私は大親友だと思ってるけど。」
「ブフッ、それ本人に言ったら絶対爆破されるでしょ。」
「間違いないね。」
容易に想像できる展開に二人で笑う。響香はノートから目を離してじっと私を見つめた。
「どしたの。」
「いや罪な子だなあと思って。」
意味深な発言に嫌な予感がする。あんまり二人の時にこの手の話しないから急に話題振られると返し方に困る。
「え、今そういう話だった?」
「まあウチは断然瀬呂派だけどね。」
「あの響香さん。」
「文化祭デートしないの?」
「私の声聞こえてる?」
わざと私を無視して話を進める響香に口を尖らせるとごめんごめんと笑って頭を撫でてくれた。うん、許す。
「……お誘いは受けたよ。」
「返事は?」
「エリちゃんと一緒に回る約束してるから無理かもだけど……。」
そこで口ごもれば響香はすぐにピンときたようで続きは彼女の口から発せられた。
「時間が許せばなまえもデートしたいって?」
「……うん。」
肯定を返せばニヤニヤしながら顔を覗かれる。恥ずかしいの極みだ。
「二人も順調そうで何より。当日は晴れ晴れした気持ちで回れるようにステージ頑張んないとね。」
「もちろん。響香の演奏に負けないくらい私もダンス頑張るよ。」
「頼もしい。」
彼女から拳が突き出され私もそれにコツンと合わせた。彼女の小さな手から熱意が伝わってくる。その気持ちに恥じないように私も目の前のことをやり切ろう。
それからはしばらく黙ってお互いの作業に勤しんだ。結構時間がかかってしまい、偶然水を飲みに下りてきた飯田くんに「そろそろ寝たまえ!」と注意されるまで私たちは夢中になっていた。缶の中でいっぱいになっている紙吹雪と要点がびっしり書かれたノートを交互に見比べ、「私たち今日頑張ったよね」なんて二人で自画自賛して笑いながら女子棟へと戻った。