文化祭
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練習開始から一週間経ったある日の放課後。ダンス隊全員が沈痛な面持ちで緑谷くんの前に集まった。リーダーである三奈ちゃんが黒スーツにサングラスをかけて重々しく口を開く。
「緑谷……クビです。」
あまりに心苦しい宣告に私たちも涙を呑む。三奈ちゃんに肩を叩かれた緑谷くんは青ざめた。
「クビ!っていうか厳密には演出隊からの引き抜きです!人手が足らんのだと!」
さっきの雰囲気とは打って変わって、明るくいつもの制服姿に戻った三奈ちゃんが説明を続けるけど緑谷くんの顔色は変わらない。
「何故……?僕に……。エリちゃんに踊るって言っちゃったよ……。」
そう、彼が気にしているのはエリちゃんとの約束。私と一緒に踊るから見に来てと伝えてしまった。このままでは彼女に嘘を吐くことになるのではと危惧しているのだろう。
とにかく彼の不安を解消しなければ。三奈ちゃんが順を追って説明する。
「フロア全体に青山が行き渡るようにしたいんだけど、」
「青山くんが行き渡るってなに!?」
詳細について話してるはずなのに緑谷くんはさらに混乱していた。私も最初聞いた時わかんなかったからなあ。青山くんがフロア全体に行き渡る。パワーワード過ぎる。
「そんな大掛かりな装置もないし人力で動かせる力担当が欲しいんだって。」
「僕、序盤でダンサーからミラーボールに変身するんだ☆新技☆ネビルビュッフェ、飛距離も抑えられるんだ。僕の為にある職☆同じタイミングで離脱して協力してほしい。」
いつになくテンションの高い青山くん。相当今回の役割が気に入ったらしい。確かに人間ミラーボールなんて目立つことこの上ないもんね。まさに天職。
「つまりクビとは出番が削れるってことね……。」
緑谷くんもようやく状況が呑み込めてきたみたい。お茶子ちゃんと私で最後の一押しを畳みかける。
「緑谷くんだけやなくてウチらも演出に加わるんよ。」
「え、そうなの?」
「うん。私とお茶子ちゃんでお客さん浮かせるの。あと会場全体に光と氷降らせたりとか。」
やっぱり楽しんでもらうからにはお客さんを飽きさせちゃいけない。新しいことを次々やっていかないと。青山くんのミラーボールもずっと新鮮な気持ちで見てもらうためには工夫が必要。緑谷くんが協力してくれれば曲の中盤から上下左右に光を動かすことができてマンネリ化も防げる。
「ワリィ‼おめーの練習を無駄にしちまうが……どうか頼まれてくれねェか……!?更にいいもんにしてェんだ……!」
演出隊の切島くんが両手を合わせて緑谷くんに頭を下げる。どうやらエリちゃんとの約束を破ることにはならないらしいと緑谷くんも納得してくれた様子だ。
「んん……!出番あるならエリちゃんに嘘吐いたことにならないし……いいものにする為なら……わかった!」
最終的には明るい返事がもらえて私たちもホッと胸を撫でおろした。
「メルスィ!」
「ありがとう漢だおめェは‼」
「緑谷最近青山と仲いいしきっと良いよ!」
みんなで緑谷くんにお礼を言って今後についての打ち合わせをする。このミーティングが終わったらダンスの練習だ。演出隊の話し合いにも顔出してタイミングについて話し合わなきゃ。
最近の放課後は毎日こんな感じ。やることいっぱいでかなり忙しいけど、みんなと一緒に一つの目標に向かって行けてるのが実感できて楽しい。
「お疲れ様~。」
「差し入れです。」
ダンス隊の練習が一区切りついたところでお茶子ちゃん・緑谷くん・青山くんと一緒に共同スペースで話し合いをしてる演出隊の下へとジュース片手に顔を出す。
「お疲れ。わざわざサンキュな。」
瀬呂くんが人数分のジュースが入った袋を私からひょいと取り上げた。
「んじゃまあ買ってきてもらったお礼っつーことでダンス隊から好きなの選んで。」
「いいの?」
「いーのいーの。気遣ってくれてありがとな。」
差し入れに来たはずなのに結局私たち四人から選ばせてもらった。隣のお茶子ちゃんがこっそり「なんかめちゃくちゃスマートやな……」って耳打ちしてきたのでこくこくと頷く。本当に瀬呂くん侮れない。切島くんたちも特に文句を言うこともなくどうぞどうぞしてくれる。みんな優しさの塊。
「緑谷、演出引き受けてくれたんだってな。ありがとう。」
焦凍くんに続いて他の三人もありがとうと口を揃えた。緑谷くんは改めて頭を下げられてあたふたし始める。
「そんな!僕が力になれるんだったらなんでも言ってよ。エリちゃんに嘘吐くことにならない範囲なら全力で協力するからさ。」
「ウチも頑張る!」
「僕の輝きは誰にも止められないからね☆」
「私もなんでも力になるよ。」
改めて当日の演出を良いものにしようとみんなで一致団結する。その後共同スペースにある机に資料を広げ、会議のように演出隊と対面に座って話し合いが始まった。
「なるほど、ダンスの途中で青山くんの人間花火……。」
「デクくん、ようなるほどって言えたな。」
「いや一度吞み込んどかないと話が進まないと思って。」
「それはそう。」
お茶子ちゃんのもっともなツッコミに緑谷くんの真顔が返ってきた。本当にそれはそう。いちいち言葉の意味を気にしてたらキリがない。それほどまでに摩訶不思議な文章が散りばめられてるのだ。
「そんでこっから緑谷はけて吊るされた青山のこと上で運んでくれ。」
吊るされた青山くん。切島くんからもやっぱり謎の状況説明があったけどスルーしておこう。とにかく今は全体像が掴みたい。私たちダンス隊は余計な口を挿まずに黙って頷いていた。
「2番のサビのタイミングで麗日さんとみょうじさんには飛んでもらって……。」
資料の次のページに移り口田くんが詳しく教えてくれる。飛ぶタイミングずれたらいけないからあとでバンド隊とも話してみよう。
「あ、ウチはここでお客さんとハイタッチすればいいん?」
「そーね。一気に浮かせてーけどみょうじいけそう?」
瀬呂くんが聞いてきたのは多分お茶子ちゃん抱えて会場を飛び回れるかってことだろう。
「うーん、会場の広さにもよるけどこのあと浮いたお客さん空気操作するんだよね?会場全体をお茶子ちゃんと一緒に飛ぶってなると誘導に回るの遅くなるかも。」
確かに、とみんなも考え込んだ。もちろん浮いたお客さんの安全確保は私だけの役割じゃないんだろうけど人手は多い方がいい。みんなに安心して楽しんでもらわないと。何かいいアイディアがないか頭を捻っていると口田くんが控えめに手を挙げた。
「じゃ、じゃあ蛙吹さんに手伝ってもらうのは?」
彼の構想としては私がお茶子ちゃんと一緒に飛んで会場の右半分のお客さんとハイタッチ。それから今度は梅雨ちゃんの舌でお茶子ちゃんを巻きつけてもう半分のお客さんのところへ向かうというもの。それなら私もすぐに誘導へと回れるしよりスピード感が出て一石二鳥だ。
「お、いいなそれ。」
「そんじゃ梅雨ちゃんにも協力要請だな!」
「ウチらからも伝えとくよ~。」
口田くんの意見は即採用。みんなメモを取って次のページへと移る。
「あとみょうじには誘導も兼ねてお客さんの手取って空中浮遊とかしてほしいんだよな!」
「了解。それ楽しそうだね。」
切島くんの説明にちょっと心が弾む。なんか月面歩行みたいでかっこいい。お茶子ちゃんのゼログラビティがあるからより幻想的な仕上がりになりそうだなあ。
「手取んのは女子だけでいいからな。」
「男は俺たちで何とかする。瀬呂のテープもある。」
「みょうじの手が足んなかったら轟の氷に俺のテープでお客さんくっつけっから。」
「え、あ、はい。」
「過保護過ぎん?」
ウキウキしてると瀬呂くんと焦凍くんから矢継ぎ早に注意が入った。戸惑ってると隣でお茶子ちゃんが噴き出す。男の人だけ無視するのも失礼じゃない?って思ったけど二人の目がわりと本気だったので黙っておいた。
「あの、一つ提案というかお願いがあるんだけど……。」
あらかた全体像が分かったところで質問タイムが始まりおずおずと手を挙げる。
「お!なんだ?」
「2番サビのわーってなるところ百ちゃんがライブの紙テープみたいなの作ってくれるんだよね?それ以外に紙吹雪も降らせられないかなと思って。」
サビの直前で百ちゃんが紙テープを飛ばす装置を創造してくれるらしい。それと一緒に私が扇風機代わりになって紙吹雪を飛ばせないかという相談だ。もともとこの場面では私が氷や光を会場中に行き渡らせてから空中に浮かぶことになっている。紙吹雪を作る準備はいるけどそんなに当日やるべきことは変わらないのだ。
「紙吹雪か!華やかになりそうだけど掃除大変じゃねえか?」
「それは大丈夫。私が全部巻き上げて一瞬で片付けるよ。」
「利便性高すぎやん。」
切島くんが懸念事項を口にしたけどその辺も私の個性的には問題ない。紙テープ含め会場に落ちたものは風で一つにまとめられるしお掃除楽々だ。我ながら便利。
「そーいうことならいいんでねーの?ひらひら降ってくりゃ楽しいだろうし。」
「ありがとう。それでその紙吹雪折り紙で作れたらなって。」
「あ、もしかしてエリちゃん?」
瀬呂くんも賛成してくれて次の提案を言えばすぐに緑谷くんが意図を分かってくれた。
「そう。この前エリちゃんにプレゼントした折り紙の柄で作れればと思って。」
どうしたらエリちゃんに喜んでもらえるかずっと考えてたのだ。お土産で渡した折り紙も気に入ってくれたみたいだし、少しでも彼女の気分が上がるステージにしたい。
「ナイスアイディア☆」
「僕も作るの手伝うよ。」
「ウチも!」
「ありがと~。よかったあ。」
青山くんからも賛同が得られ緑谷くんとお茶子ちゃんは一緒に紙吹雪を作ってくれる約束までしてくれた。私一人だと大変かもだったから本当にありがたい。
「んじゃとりあえずそーいうことで。また気になるとこあったらダンス隊に打診するわ。」
ひとしきりみんなの意見が出揃ったところで今日はお開き。なかなかいい会議になったんじゃないだろうか。自分の役割も具体的に見えてきてやる気も増す。
とりあえず今日のことを三奈ちゃんに話して、梅雨ちゃんにも演出のこと伝えておかなきゃ。そろそろみんなお風呂の時間。お茶子ちゃんと一緒に湯船でまた作戦会議しようということになり頬を緩ませながら一緒に脱衣所に向かった。