文化祭
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一通り見学が終わり食堂で座って休憩中。エリちゃんはジュースを飲んでいる。
「まーこんなもんかなァ。慣れ……っていうかどうだった!?」
通形先輩が隣のエリちゃんに尋ねると、彼女は難しい顔をしていた。
「……よく……わからない……。」
だよね、と三人で顔を合わせる。きっと今日一日は彼女にとって目まぐるしいものだっただろうし、遭遇したメンツも濃かった。私がエリちゃんでもその感想が出たと思う。
「けど……たくさん、いろんな人ががんばってるから、どんなふうになるのかなって……。」
少しだけ頬を染めた彼女に私たちの顔も明るくなった。エリちゃんが文化祭を楽しみにしてくれている。それがわかっただけでも嬉しくなってしまう。
「それを人はワクワクさんと呼ぶのさ。」
「!!?」
急に隣から聞こえた声。驚いてそちらを見ると校長先生とミッドナイト先生がお食事中だった。校長先生すごい勢いでチーズ食べてる。ちょっと怖い。
「文化祭私もワクワクするのさ!多くの生徒が最高の催しになるよう励み、楽しみ……楽しませようとしている!」
「ケーサツからも色々ありましたからねェ。」
「ちょっと香山くん。」
ミッドナイト先生から不穏な言葉が飛び出しそれを校長先生が制する。やっぱり簡単に開催できたわけじゃないんだ。そうだよね。合宿で敵に襲われたから寮になったんだし。批判の声も多かっただろう。
「じゃ!私は先に行ってるよ。君たち!文化祭存分に楽しんでくれたまえ。」
チーズを食べ終えた校長先生は颯爽と食堂を後にした。ミッドナイト先生もトレイを片しながらさっき濁された言葉について教えてくれる。
「詳しくは言えないけど……校長頑張ったみたいよ。」
どうやら開催に反対する警察と揉めて必死で交渉してくれたのだそうだ。その結果セキュリティのさらなる強化、万が一警報が鳴った場合それが誤報だろうとも文化祭を即座に中止して避難することが開催条件になった。なかなか厳しいものだけどこれが文化祭におけるギリギリのライン。それだけ今社会は不安定な中にあるんだ。きっと校長先生は私たち学生の楽しみを奪わぬよう頭を下げてくれたのだろう。
もちろん中止にさせないよう雄英側も警備は怠らない。学校近辺にはハウンドドッグ先生が放たれるそうだ。先生本当に獣寄りの扱いされてる。
「そうそう!A組の出し物職員室でも話題になってたよ。青春頑張ってね。」
「はい……‼」
「ありがとうございます。」
ミッドナイト先生にお礼を言って食堂を出ていく彼女を見送る。エリちゃんはどうやらA組の出し物というのが気になったらしく、私と緑谷くんを交互に見た。
「デクさんとなまえさんは何するの?」
「僕たちはダンスと音楽!」
「音に合わせて踊るんだよ~。」
「エリちゃんにも楽しんでもらえるようがんばるから、必ず見に来てね!」
緑谷くんと一緒に笑顔で答えればエリちゃんは何かを思い出したように私の前に小指を差し出した。
「指切り……?」
小首を傾げながら小さく呟かれたのはこの前の病院でした行為。覚えててくれたんだ。恐らくこれはステージを見に来てくれるっていう彼女なりの意志表示でもあって、それがたまらなく嬉しかった。
「そうだね。約束しよっか。」
思わず頬が緩みながら彼女に小指を重ねる。私にとってはエリちゃんを絶対に楽しませるっていう意味を込めた指切り。指を離したあとありがとうと頭を撫でるとエリちゃんは少しはにかんだ。
休憩時間も終わりが近づき、私と緑谷くんはそろそろ寮に戻らなくちゃならない。通形先輩が楽しみにしてると笑ってお見送りしてくれる。先輩にお礼を言ってエリちゃんにもバイバイと手を振ると、彼女は寂しそうに眉を下げた。
「なまえさんとデクさん……もう行っちゃうの?」
「ごめんね練習があるんだ。」
「私たちもエリちゃんと離れたくないんだけどね。」
あまり一緒にいてあげることができなくて心が痛い。だけど練習を疎かにするわけにもいかない。板挟み状態で困ってる私たちを見兼ねて通形先輩が助け船を出してくれる。
「当日緑谷くんとみょうじさんが終わったら3人でまた回ろう!」
言葉通りその場でクルクル回っている先輩。別れが寂しくならないように気遣ってくれているのだとわかってほっこりする。
「なまえさん、デクさん、ルミリオンさん。」
少し俯く彼女に名前を呼ばれた。しっかり目線を合わせて微笑むと、エリちゃんも私たちの顔をまっすぐ見てくれた。
「私、ワクワクさんだよ。」
頬を染めて見上げてくる彼女の目は期待に満ちていて。背筋が伸びた気がした。
「文化祭当日はもっとわくわくさせてみせるよ!」
「エリちゃんの想像以上の魔法使っちゃおうかな。」
緑谷くんと一緒に笑顔を見せればエリちゃんの表情も明るくなる。自分の気持ち、ちゃんと伝えられるようになってきてるんだなあ。今日一日で目を瞠るような成長ぶりだ。
離れるのは辛かったけどどうやらエリちゃんも納得してくれたようで、もう一度バイバイと手を振れば今度は彼女も控えめに返してくれた。どちらかというと私たちの方が後ろ髪を引かれつつ食堂を後にする。
文化祭、絶対に成功させてみせる。そして願わくばエリちゃんが笑ってくれますよう。ダンス隊の下へと向かいながら来る一か月後に思いを馳せた。
その日の夜お風呂に行く途中で瀬呂くんに呼び止められた。
「ちょーっと相談いい?」
「いいよ~、どうしたの?」
「演出の話でさ、力貸してもらえねーかなと思って。」
彼は今日演出隊で話し合ったであろう手元の資料をペラペラとめくる。色々案を出し合ってたようでその量はかなりのものだった。
「これね。麗日が観客浮かせるところ。みょうじも一緒にやってくんね?」
「了解です。」
「あ、即答なのね。」
瀬呂くんが若干申し訳なさそうだったから何かと思ったけど、開けてみれば演出のお誘い。個人的に初めから演出やってみたかったし抵抗なんてあるはずない。青山くんとお茶子ちゃんもダンスと演出兼任するみたいだし。役割が増えたらその分やれる範囲も広がるし万々歳だ。飛べるんだったらエリちゃんの喜ぶ顔も間近で見られる。
「うん、元々演出隊希望だったから。お茶子ちゃんが浮かせたお客さんと一緒に飛ぶみたいな形でいい?」
「ん、そんな感じ。怪我させねえよう誘導も頼むわ。あと轟の氷にしても青山のレーザーにしても、会場全体に降らせれば盛り上がるんじゃねーかって話になっててさ。」
「なるほど、風起こせばいいんだね?」
「そーいうこと。お願いできますかね。」
それはなかなか目を奪われそうな演出だ。スノードームみたい。安全性にさえ気をつければかなり幻想的な空間になるだろう。
「お客さん浮いてると危ないから会場全体に風起こすならその前後かなあ。」
「りょーかい。また演出隊に持ち返ってみるわ。芦戸にも相談しねーと。」
私の返事を聞いて瀬呂くんが資料にサラサラとメモを付け足していく。演出隊も頑張ってるなあ。バンドも白熱してるみたいだし。私ももっとダンス踊れるようにならないと。
「ふふ、なんか本番すごいことになりそう。好きに使ってくれていいからね。」
「ほんとありがてーわ。また色々決まったら相談する。」
「待ってます。」
おどけて笑うとメモを書き終えた瀬呂くんが私の頭にポンと手を乗せた。
「今日は楽しめた?」
優しく顔を覗き込まれてエリちゃんの学校見学のことだとわかる。私は自慢するようにエリちゃんのことを話した。
「うん。エリちゃんがね、私たちのステージ見に来てくれるって約束してくれたの。」
「そりゃ頑張んねーとな。」
彼の返事に腕まくりして応える。気合い十分だと伝えると頼もしいなって目が細められた。
「エリちゃん林檎好きらしくて、当日林檎飴の屋台探しに行こうと思ってるんだよね。」
「んじゃそれお供してもいい?」
「え。」
驚いて瀬呂くんを見ると右手をさっと取られた。
「文化祭、二人で回る時間ある?」
私の手に軽く触れたまま目線を合わせてくれる彼はまるで王子様みたい。こんなこと前もあったっけ。あの時は初デートのお誘いだった。今回も彼はそのつもりなんだろうか。急に顔が熱くなる。
「ど、うでしょうか……。エリちゃんと回ろうって約束してるから緑谷くんと通形先輩とも相談してみるけど……あの、えっと、一緒に回りたい気持ちはあります。」
エリちゃんのこともあって実現できないかもしれないから断ろうかとも思ったけど、結局素直な気持ちを白状することにした。瀬呂くんは戸惑っている私の手を離してまた頭を撫でた。
「その返事聞けりゃじゅーぶん。無理そうならエリちゃん優先でいいからな。」
彼の言葉がありがたい。今回の文化祭は何があってもエリちゃん最優先って決めてたから。どんな時でも私の気持ちを考えてくれてる。敵わないなあ。
「あ、ありがとうございます……。」
「また敬語ンなってる。」
小さくなってお礼を言うと瀬呂くんはケラケラと笑った。緑谷くんと通形先輩に相談って、これなんて説明したらいいんだろう。詳細を話すのは恥ずかしすぎる。
エリちゃんとのデートをたっぷり楽しんだ後、少しでも一緒に回れたらいいな。どんどん楽しみが増えていく。
瀬呂くんとの話も一区切りつき、私は顔の火照りを誤魔化すようにそそくさとその場を後にした。まだお風呂には入っていないのに、なんだかのぼせたみたいに熱かった。