仮免試験
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訓練の日々はあっという間に過ぎていって、今日はいよいよヒーロー仮免許取得試験当日。私たちはバスに乗って試験会場となる国立多古場競技場までやってきた。
「緊張してきたァ。」
「私も。ちょっと胃が痛い。」
響香と一緒に掌に人を書いて飲み込む。固くなった体をほぐすように深呼吸したけどやっぱりちょっとお腹痛い。落ち着け自分。
「試験て何やるんだろう。ハー、仮免取れっかなァ。」
「峰田。取れるかじゃない取って来い。」
「おっもっモロチンだぜ!!!」
峰田くんの弱気発言にぬるりと現れた消太くん。いつになく強気だ。それを受けて峰田くんは峰田くんで変なこと口走ってる。いやいつも通りか。
「この試験に合格し仮免許を取得出来ればおまえらタマゴは晴れてヒヨッ子……セミプロへと孵化できる。頑張ってこい。」
なんか、柄じゃない。とか思ってしまうのはかなり失礼なんだけど。それでも消太くんがこんなにストレートに応援してくれることってないからなんだかテンション上がってしまう。担任からの鼓舞にクラスのみんなも気合が入る。緊張ムードが明るくなって、いつも通りの空気になっていく。
「っしゃあ!なってやろうぜヒヨッ子によォ‼」
「いつもの一発決めて行こーぜ!」
「せーのっ!Plus……」
「Ultra‼」
「!?」
円陣も兼ねたプルスウルトラ。切島くんの掛け声に合わせていつもの台詞をみんなで言おうとしたところ、知らない人から発せられた爆音にかき消された。見ると帽子をかぶった大きな人がそわそわ顔で立っている。えっと誰だろう。みんなポカンとしてそちらを見る。
「勝手に他所様の円陣へ加わるのは良くないよイナサ。」
「ああしまった‼どうも大変!失礼!致しましたァ!!!」
同じ学校らしき人に咎められて目の前の彼が思い切り謝ってくれた。お辞儀深すぎて頭が地面にめり込んでる。ひい、怖い。雄英側はみんな引いていて、異様な雰囲気の彼に圧倒されつつある。
「なんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は!?」
「飯田と切島を足して二乗したような……!」
「あ、あれ血が出てるのでは……?」
いまだ頭をめり込ませたままの彼に少々恐怖を覚える。けれど彼の被っていた帽子、彼の後ろに立っている人たちの制服を見てただの変な人じゃないと気づく。
東の雄英、西の士傑。世間でそう謳われている雄英に匹敵するほどの難関校。士傑高校の人たちだ。
「一度言ってみたかったっス‼プルスウルトラ‼自分雄英大好きっス!!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス!よろしくお願いします‼」
顔を上げた彼からはやっぱり血が出ていた。お腹に響くほど大きな声。怖い。彼はそれだけ言うと謎のインパクトを残して他の人たちと一緒に去って行ってしまった。まるで嵐のようだ。何だったんだろう。ただ者じゃないのだけは伝わったけど。
「夜嵐イナサ。」
「先生知ってる人ですか?」
透ちゃんの質問に消太くんの顔が真剣味を帯びる。
「ありゃあ……強いぞ。夜嵐。昨年度……つまりおまえらの年の推薦入試。トップの成績で合格したにも拘らずなぜか入学を辞退した男だ。」
え、あの人一年生だったのか。大きかったから先輩なのかと思ってた。それにしても推薦入試でトップってことは、実力は百ちゃんや焦凍くん以上ってこと?確かに得体が知れない感じではあった。どんな個性なんだろう。
「入試の時あの人の個性見た?」
「いや、覚えてねえ。」
「そっかあ。目立ちそうなのにね。別のグループだったのかな。」
焦凍くんに聞いてみたけど情報はなし。推薦入試がどんな形で行われたのかはあんまりわからないけど、同じ会場なら絶対憶えてるだろう。なにせあの声あの見た目。個性使ってなくても派手だ。でも雄英好きって言ってたのになんで推薦は蹴ったんだろう。よくわからない人だなあ。
一人で頭を捻っていると突然消太くんを呼ぶ声が聞こえた。
「イレイザー!?イレイザーじゃないか‼」
「!」
そちらを振り返ると立っていたのは綺麗なお姉さん。Ms.ジョークさんだ。直接話したことはないけど消太くんから噂は聞いてる。なんか苦手な人種らしい。彼女の姿を捉えると消太くんはあからさまに顔を歪めた。そんなに嫌がらんでも。
「テレビや体育祭で姿は見てたけどこうして直で会うのは久しぶりだな‼結婚しようぜ!」
「しない。」
「わあ‼」
出会いがしらのプロポーズ。びっくりして目をぱちくりさせてしまった。三奈ちゃんは箸が転んでも恋バナのお年頃。ワクワク顔で二人を見つめる。
「しないのかよ‼ウケる!」
「相変わらず絡みづらいなジョーク。」
消太くんの声が一気に不機嫌。お互い全く配慮がない物言いなので親しくはあるんだろうけど。三奈ちゃんが期待してるような甘酸っぱい関係ではなさそうだ。
ジョークさんの個性は爆笑。近くの人を強制的に笑わせて思考・行動共に鈍らせる能力だ。いつも仏頂面の消太くんにとっては確かに天敵とも呼べる相手かもしれない。
「私と結婚したら笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞ。」
「その家庭幸せじゃないだろ。」
「ブハ‼」
消太くんのツッコミにすぐさま爆笑するジョークさん。本当によく笑う人だ。日常会話でもこんな感じなんだなあ。ひざしくんといい消太くんの周りって賑やか。本人迷惑そうだけど。
「仲が良いんですね。」
「昔事務所が近くでな!助け助けられを繰り返すうちに相思相愛の仲へと」
「なってない。」
夫婦漫才のようなテンポの良さに思わず笑ってしまう。聞こえてたみたいで消太くんに睨まれた。ごめんて。
「何だおまえの高校もか。」
「そうそうおいで皆!雄英だよ!」
彼女に呼ばれてやってきたのは傑物学園高校の二年生。ジョークさんの受け持ちらしい。その中でもひと際爽やかな男の子がいきなり緑谷くんの両手を掴んで握手した。
「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね。」
「えっ、あ。」
「しかし君たちはこうしてヒーローを志し続けているんだね。すばらしいよ‼」
他のみんなとも次々握手を交わしていく。雄英にはいないタイプで若干戸惑う。なんか会場に来てから大胆な行動の人ばっかだなあ。勢いに押されてはいけないと思いつつも対処の仕方がわからない。
「不屈の心こそこれからのヒーローが持つべき素養だと思う‼」
爽やかな発言と共にウィンクをする真堂さん。私のところにも来て手を握られる。迷わず女子とも握手できる人。整った顔立ちだしモテそうだな。
「体育祭見たよ!君もとても強い心の持ち主だね。今日は正々堂々よろしく頼むよ!」
「あ、えっと。こちらこそ……?」
じっとこちらを見る彼の目にはなぜか違和感があった。なんかこの人、笑ってない気がする。笑顔に見えるけど目の奥が怖い。少し父と重なって後ずさる。息が浅くなってきた。
「……離せや。」
「おっと。」
握ったままになっていた私たちの手を爆豪くんが乱暴に引き離す。そのまま瀬呂くんに肩を引かれた。
「君は神野事件を中心で経験した爆豪くんだね。君は特別に強い心を持っている。」
「あ?」
「今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ。」
凄まれたことも気にせず今度は爆豪くんの前に手を差し出す真堂さん。けれど爆豪くんはその手を振り払った。
「フかしてんじゃねえ。台詞と面があってねえんだよ。」
爆豪くんも私と同じことを思ってたようでちょっとホッとした。けど失礼な態度を取ってしまったことに変わりはない。慌てて切島くんが謝ってくれてその場は何とか収まる。真堂さんはその間ずっと貼り付いた笑顔を崩さなくて、私は直視することができなかった。
大丈夫、落ち着け。肩には瀬呂くんの手がのっていて、見上げれば安心する顔。力が抜けて呼吸がいつも通りに戻っていく。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう瀬呂くん。爆豪くんも。」
「簡単に隙見せてんじゃねえ。」
そう言ってすぐにそっぽを向く爆豪くん。口の悪さは相変わらずだけど、困ってたらやっぱり助けてくれるんだよなあ。彼も相当優しい。瀬呂くんと顔を見合わせて肩を竦めた。
ひと悶着あったけどなんとか傑物学園の人たちとも別れる。その後は消太くんから指示があってコスチュームに着替えに向かった。
「なんか外部と接すると改めて思うけど。」
「やっぱけっこうな有名人なんだな雄英生って。」
響香と上鳴くんの言葉に頷く。クラスでひとかたまりになってるだけで色んな人に注目されてしまった。体育祭ってやっぱりみんな見てるものなんだなあ。呑気に考えていたけどはたと気づく。
あれ、でもそれって戦い方とか見られてるってことか。っていうか、もしかして私たちだけ個性割れてる?
重大な事実に今さら気づいて冷や汗が出る。これ、狙い撃ちにされるんじゃないだろうか。試験内容がどんなものかはわからないけど、確実に潰しに来られる。まだ見ぬ困難に思わず渇いた笑いが零れた。