文化祭
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「見て見てー!見てて―!」
朝から三奈ちゃんの元気な声が響く。クラスの注目を集めたあと彼女はアクロバティックな動きを始めた。ブレイクダンスってやつだろうか。
「ブレイキンブレイキン!」
掛け声と共に床でぐるぐる体を回してる三奈ちゃん。周りもそれを見て盛り上がっている。やっぱり体の使い方上手いなあ。
「砂糖のスイーツとかもそうだけどさ、ヒーロー活動にそのまま活きる趣味は良いよな!強い!」
三奈ちゃんのダンスにテンション上がり気味の上鳴くん。だけど響香は彼の言葉を聞いて複雑そうな顔をした。どうしたんだろう。
「響香、元気?」
「え、ああ。大丈夫。」
隣から覗き込むと曇った表情のまま返事された。あんまり大丈夫って感じには見えないけどな。無理に聞き出すのも良くないか。心配になりながらもそれ以上追及するのはやめておいた。
「趣味といえば耳郎のも凄えよな。」
「ちょっ、やめてよ!」
突然話題を振った上鳴くんを響香は間髪入れずに否定した。そこで彼女の浮かない顔に合点がいく。ああそうか。趣味の話が出たからあまり乗り気じゃなかったのか。私にとっては響香の個性から派生した素敵なものに見えるけど、彼女の捉え方は違うのかもしれない。
「あの部屋楽器屋みてーだったもんなァ。ありゃ趣味の域超えてる。」
「もおやめてってば。部屋王忘れてくんない!?」
「いやありゃプロの部屋だね‼何つーか正直かっ……!?」
かっこいい。多分そう言いかけたんだろうけど続きは響香のイヤホンジャックで阻止された。上鳴くんの目の前に突きつけられたそれは有無を言わさず彼の言葉を遮る。
「マジで!」
それだけ言い残して自分の席へと戻っていく響香。顔が赤いから照れ隠しもあるんだろうけどそれ以上にこの話題を切りたいという意図が見られた。響香の音楽、私も好きなんだけどなあ。人を笑顔にするって意味では十分ヒーロー活動に根ざしてると思うけど、響香はそうは感じてないんだろうか。上鳴くんは褒めたはずなのに突き放されてしまい困惑している。
「何で……?」
「わかんないね。踏み込み過ぎちゃったのかな。」
オロオロしている彼に私も眉を下げた。考え込むように自分の席で下を向いてしまった響香の背中がいつもより小さく見えた。
ホームルーム。寝袋姿の消太くんが教壇の前に立つ。久しぶりに見たなこの格好。
「文化祭があります。」
『ガッポオオオイ‼』
静かに告げられたその言葉に教室中が歓喜に沸いた。ガッポイは学校っぽいの略らしい。
「先生今日はエリちゃんのところへは?」
「ああ、その事については後ほど。」
みんなをよそに梅雨ちゃんが質問する。消太くんはちらりとこちらを見ながら答えた。私も頷いて返す。それ以上は今語るつもりはないようで、すぐに話題は文化祭へと移った。
「文化祭‼」
「ガッポいの来ました‼」
「何するか決めよー‼」
わいわい騒がしくなっていると珍しく抗議の声をあげたのは切島くん。
「いいんですか!?この時世にお気楽じゃ!?」
悪意と戦ってきたからこそ出る意見。上鳴くんは彼が変わってしまったと嘆いたけれど、敵の動きが活発化していることを肌で感じてきたのだ。自分たちが呑気に楽しんでていいのかという気持ちは私にもある。
「もっともな意見だ。しかし雄英もヒーロー科だけで回ってるワケじゃない。」
消太くんが言うには文化祭は他科が主役。体育祭の注目度には劣るけど彼らにとって楽しみな催しなのだそうだ。そして現状寮制度をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じている人も少なからずいる。そう簡単に自粛にするわけにもいかないらしい。
確かに私たちが巻き込んで結果的に変化を強いてしまっているのに、彼らの楽しみすら奪ってしまうことなんてできない。他の科の人たちが息抜きできるよう、私たちも全力で取り組まなきゃ。
「今年は例年と異なりごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になる。主役じゃないとは言ったが決まりとして一クラス一つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう。」
消太くんは説明が終わると教室の隅に寝袋姿のまま移動した。少しでも仮眠を取るつもりだろうか。代わりに飯田くんと百ちゃんがバトンタッチして議題に移る。
「ここからはA組委員長飯田天哉が進行をつとめさせて頂きます!スムーズにまとめられるよう頑張ります‼まず候補を挙げていこう!希望のある者は挙手を!」
飯田くんが作文のような決意表明のあとにクラスの意見を聞くと、勢いよく挙げられる数々の手。あまりの盛り上がりに委員の二人が押され気味だ。
「上鳴くん‼」
「メイド喫茶にしようぜ!」
「メイド……奉仕か!悪くない‼」
絶対上鳴くんと飯田くんの捉え方違うと思う。透けて見える下心に負けじと手を挙げた峰田くん。彼の希望はあまりにいかがわしかったので無事梅雨ちゃんから制裁を貰っていた。その後お茶子ちゃんから発せられたおもち屋さんという意見でようやくまともな話し合いになる。
腕相撲大会、ビックリハウス、クレープ屋さん、ダンスにふれあい動物園。様々な希望が飛び交う。常闇くんの暗黒学徒の宴は何だろう。お化け屋敷かな。青山くんの僕のキラメキショウもよくわからない。
「みょうじはなんかやりてーのある?」
「うーん、輪投げ屋さんとか?景品みんなで持ち寄るの。」
「それもいいな!」
瀬呂くんに聞かれて頭を捻ると飯田くんがすかさず拾ってくれた。これだけ騒がしい中地獄耳だ。さすが委員長。
先ほどコントという意見を出していた響香をちらりと見る。本当はもっとやりたいことが別にあるんじゃないんだろうか。彼女が無理に自分の好きなものを抑えているようで、なんだか少し胸が痛んだ。
「さァ他はないか?一通り皆からの提案は出揃ったかな。」
21人分の希望が黒板に連なってる。中にはかなり独創的なものもあって面白い。でもこれまとめるのすごく大変そう。
「不適切・実現不可・よくわからないものは消去させていただきますわ。」
爆豪くん・峰田くん・常闇くん・青山くんの提案した出し物が百ちゃんに消される。みんな文句垂れてたけど、爆豪くんに至っては殺し合い(デスマッチ)だからね。それでストレス発散できるの爆豪くんだけだから。峰田くんのは論外。
その後も郷土資料研究発表や勉強会が出し物としては地味だということで却下された。食べ物系は一つにまとめられるんじゃないかという意見を皮切りに再び議論が盛り上がり、どんどん白熱していく。
「だァからオリエント系にクレープは違うでしょー!」
「静かに!」
「やっぱりビックリハウスだよー‼」
「静かにィ‼」
平行線のまま誰も譲らないので教室内は喧々囂々として混沌を極めていた。飯田くんが必死で声をかけるけど冷静な話し合いはとてもできそうにない。結局まとまらないままホームルーム終了のチャイムが鳴る。
ゆらりと起き上がった消太くんは寝袋を小脇に抱えて静かに教室を出ていく。
「実に非合理的な会だったな。明日朝までに決めておけ。決まらなかった場合……公開座学にする。」
見開かれた目からかなりお怒りなのが伝わってくる。公開座学。それだけは避けたい。
このままでは埒が明かないということで、みんなそれぞれ意見をまとめてもう一度夜に話し合いを行うことになった。飯田くんが気疲れで倒れてしまってもいけないし、何とかスムーズに決まるといいなあ。
昼休み。ごはんを食べたあと自販機の前で響香と一緒にジュースを飲んでいる。外の陽射しは明るくて、こんなに穏やかな時間は久しぶりだなあとぼんやり彼女の顔を見つめた。
「……ねえ響香。」
「ん、なに。」
紫色の髪が揺れる。二人で壁にもたれかかり、私は彼女に頭を預けた。
「自分の趣味、好き?」
「……!そりゃ、好きだけど……。」
私の問いかけに口ごもる響香。少し視線を彷徨わせたあとぽつりぽつりと話してくれた。
「芦戸と砂糖のは、ちゃんとヒーロー活動に根ざした趣味だし……。ウチのは本当にヒーローとは関係なくて、ただの趣味で。だから表立ってあんま言えないし、上鳴みたいに騒ぎ立てられても困るっていうか……。」
いつもより自信無さげな声だった。彼女にはもちろん音楽の才能もあるんだろう。でも、響香の楽器の腕はピカイチだし造詣の深さも並大抵じゃない。才能だけでは片づけられない積み重ねが、彼女が生きてきた道の中にあるのだと思う。確かにあったその努力を、今の自分には役立たないと隠してしまうのはあまりにもったいない気がした。何より、彼女が好きなものについて話す時に苦しそうな顔をしなくちゃいけないのは悲しい。
「私ね、響香の歌声好きだよ。」
「え……。」
「ギターも好き。聴くと元気になるの。沈んだ気持ちの時も笑顔になれる。だからね、ヒーローと関係ないなんてことないよ。誰かを笑顔にできるっていうのは、ヒーローとしての素質でしょ。」
頭を預けたまま彼女を見上げると、響香は少し泣きそうな顔をしてた。
「文化祭、バンドも良いと思うよ?」
「……考えとく。」
響香は私のほっぺをもちもちと触りながら鼻をすすった。私はジュースを一口飲んで彼女にハンカチを差し出す。
「はあ、ウチやっぱなまえいないと駄目だわ。」
「ふふ、嬉しい。私も響香いないと駄目になっちゃう。」
ぎゅっと抱き着けば優しく頭を撫でてくれる。少しは元気が出ただろうか。その後歌のリクエストをしたら照れながらも受け入れてくれた。昼休みなのに穴場の自販機には誰も来なくて。心地の良い彼女の歌声を一人占めしながら流れる雲を眺めていた。