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ある日の放課後消太くんから呼び出しがあった。理由は多分この前話していたことだろう。あれから色々考えてたけど、小さな女の子と面と向かって話す機会なんてないからかなり悩んだ。エリちゃんは洸汰くんとも性質が違うだろうしどんな口調で話していいかもわからない。とにかく無言になることだけは避けたいので、最近は話題作りのために必死で折り紙を練習していた。
「来たか。」
指定された場所に行くともうすでに消太くんの姿があった。手に持ってるものに気づいてちょっと心が弾む。
「消太くんの運転で行くの?」
彼が握っていたのは車のキー。助手席に乗るのは随分久しぶりだ。
「ああ。タクシーだと話が漏れる危険性もあるからな。念のためだ。」
一応極秘任務だからなと付け足して彼は車に乗り込んだ。私も助手席のドアを開ける。
エリちゃんの存在は敵にとっては都合のいいものだ。敵じゃなくても、その力を悪用しようとする輩は出てくるだろう。保護したからには私たちヒーローが責任をもって秘密を厳守しなければならない。
シートベルトをすると車が動き出して景色が流れ始める。揺れのない心地いい空間にどこか懐かしさを覚えた。
「私消太くんの運転好き。」
ぼんやり横顔を見ながら呟けば彼の口元が少しだけ緩んだ。免許取りたての頃から彼は安全運転。横にいるといつのまにか寝てしまう。消太くんが初めて助手席に乗せた女の子は私だ。あの時は確か小学生くらい。何てことない話だけど私のちょっとした自慢。
「俺に運転手させるのなんてお前かマイクくらいだ。」
「じゃあほとんどひざしくんだけだね。」
思わず吹き出してしまってジロリと睨まれた。ごめんて。二人とも仲いいから微笑ましくなっただけ。言い訳すると消太くんは不満そうにただの腐れ縁だと呟いた。
その後渋滞することもなく病院に到着する。なんだか緊張してきた。エリちゃん受け入れてくれるだろうか。ドキドキしながら病室へと向かう。
お医者さんにも話は通してあるようで、消太くんは受付で少しだけ話したあと一緒について来てくれた。ノックをして中へと入る。
「はじめまして。こんにちは。」
赤い瞳と目が合ってなるべく優しく微笑むと、彼女の小さな肩が揺れた。
「だあれ?」
エリちゃんは不安そうにこちらを窺っている。人見知りなのか、知らない人に対する恐怖が消えないのか。前者だったら覚えがあるなあと昔の自分を思い出していた。
「雄英高校1年A組のみょうじなまえです。今日はエリちゃんとお話ししたくて来ました。」
「ゆーえー?」
「うん。ヒーローになるための学校だよ。」
ベッドのそばに腰かけ目線を合わせる。消太くんは入り口付近の椅子に座って待機することにしたようだった。エリちゃんはヒーローという言葉に反応して少しだけ明るい表情を見せる。
「ヒーロー……。ルミリオンさん……?」
「そう!そのヒーローだよ。」
「髪が……ふさふさの人も……?」
「あ、緑谷くんかな?そうそう、二人も同じ学校に通っててね、緑谷くんとは同じクラスなんだ。」
そう言うと彼女はほっとした顔を見せた。精神的に不安定で事件を思い出させるような話題は避けるようにと注意されてたけど、意外にも彼女の方から緑谷くんたちの名前が出た。反応から見ても二人のことは嫌な記憶ではないようだ。
「お姉さんは……二人のお友達?」
「そうだよ。それで、エリちゃんともお友達になりたいな。」
「私と?」
大きな目がさらに大きくなる。零れ落ちそうな綺麗な瞳。もう二度と曇らないようにと祈る。
「エリちゃん折り紙できる?」
「わかんない……。」
「それじゃあ一緒にやってみよっか。机移動させるね。」
近くの机を動かし私と彼女の間に置く。まずは簡単なものからと猫を作ってみた。
「猫さんだよ~。」
「可愛い。これ、私もできる?」
「できるよ!一緒にやってくれる?」
「うん……!」
一つずつ工程を教えながら折り紙を完成させる。それからはチューリップやカエル、ツルなど色々作っていった。エリちゃんは丁寧に私を真似して、どんどん色んな形が折れるようになっていく。呑み込みが早い。
「できた……!」
「ふふ、ハートだね。」
「なまえ……さん、魔法使いみたい。」
「魔法使い?」
「何でも作れるから……。」
キラキラした目で控えめにはにかむ彼女が可愛い。思わず抱きしめたくなる衝動を必死に抑えた。だめだめ。怖がらせちゃいけない。
「魔法使いかあ……。それじゃあ、エリちゃんの願い事魔法で叶えちゃおうかな?」
「え?」
にっこり笑うと不思議そうな顔が私を見上げた。
「エリちゃんは何かやりたいことある?何でも叶えるよ。魔法使いだから。」
私の言葉に彼女が戸惑いの表情を見せる。エリちゃんの今の気持ち、多分わかる。今まですべてを拘束されてきて、急に何がしたいって言われてもわかんないんだ。自分が欲を見せていいのか不安になる。誰も咎める人はいないはずなのに、わがままを言うことがたまらなく怖い。
「エリちゃんは今何がしたい?どこに行きたい?誰に会いたい?どんなことでもいいから、エリちゃんの気持ち教えてほしいな。」
彼女が自分の気持ちを言いやすくなるように言葉を付け足す。すると彼女は何か思い当たる節があったらしく、恐る恐る口を開いた。
「ルミリオンさんと……み、みどり?」
「緑谷くん?あ、ヒーロー名の方がわかりやすいかも。デクっていうんだよ。」
「デク……さん。あの、二人に会いたくて……。メガネの人も……。」
彼女はそういうと目を伏せた。どこか後ろめたい思いがあるのかもしれない。通形先輩が個性を失った瞬間に彼女が立ち会ったと聞いていた。メガネの人っていうのはナイトアイさんのことだろう。エリちゃんにはまだ彼が亡くなったと伝えられていないんだそうだ。
「謝りたくて……。私のせいで、ルミリオンさんは力をなくして……。みんなに、苦しい思いを……。」
ああまだ。この子は全然救われてなんかない。お前のせいだという言葉で大人に呪いをかけられ続け、自分を責める癖が抜けないのだ。胸がぎゅっと締め付けられた。
「エリちゃんは悪くないよ。」
「え……。」
「エリちゃんは絶対に悪くない。これはね、みんな思ってる。ルミリオンもデクも、相澤先生も私も、みーんなエリちゃんの味方だよ。」
エリちゃんは信じられないといった目で私を見上げた。疑ってしまう気持ち、何を信じていいかわからない瞳。過去の自分を見ているようで苦しかった。けれど私は今前に進めてる。エリちゃんにも、後悔なく自分の未来を見てほしい。
「あの二人なら、エリちゃんの笑顔が見たいんだ!ってきっと笑い飛ばしてくれるよ。」
「でも……。」
「ふふ、やっぱり直接会った方が信じてもらえるかな?近いうちに会いに来てもらおう。」
「できるの?」
「もちろん!ね、先生。」
話題を振ると消太くんが立ち上がってゆっくりこっちに来た。
「まあお医者さんと相談ってとこだろうが、大丈夫だろう。」
肯定の返事にエリちゃんは目を丸くした。これからもっと、自分の気持ちを大切に思ってくれる人がいるのだと知ってほしい。
「ほら、だから大丈夫。きっと二人とも飛んでくるよ。」
「飛んで?」
「うん、エリちゃんに会いた過ぎて飛んできちゃう。」
「そうなのかな……。」
「そうだよ。お姉さんが保証する。」
約束のために小指を差し出すと戸惑いながらも重ねてくれた。小さな指に込められた願いを、絶対に叶えると誓う。
エリちゃんは二人に会えることにほっとしたのかさっきよりも柔らかい表情になった。もっと話していたかったけど、そろそろ面会の時間も終わりだ。
「今日は、ありがとう、ございました。」
「こちらこそお話ししてくれてありがとう。すっごく楽しかったよ。」
「ほんと?」
「ほんと。またお姉さんとお話ししてくれる?」
「うん……!」
今日話した中で一番元気なエリちゃんの返事。自然と口元が緩んだ。今ならもう少し踏み込めるかもしれない。半分賭けだけど思い切って聞いてみる。
「エリちゃん、頭撫でてもいい?」
「?……はい……?」
はてなを浮かべながら、案外あっさり彼女は許してくれた。私は彼女の横に腰かけ、なるべく優しく頭を撫でた。
綺麗な髪。思わず見とれながら何度か上下を繰り返す。こんなに小さくてかわいい女の子を、よくあんなひどい目に遭わせられたものだ。改めて治崎への怒りが込み上げてくる。
「ありがとう。絶対また来るからその時はよろしくね。」
「私も、また、会いたい。」
「ふふ、嬉しい。ありがとう。」
そう言ってもう一度彼女の頭を撫でて病室を後にした。外はもう暗くて、消太くんと二人で車へと乗りこむ。
病院に来る時よりも静かな車内で、彼女の顔を思い浮かべた。
「……エリちゃん、まだ救われてないんだね。」
「そう思うか。」
「うん。本当の意味で解放される日っていつになるんだろう。」
私の問いかけに消太くんは答えなかった。代わりに片手で私の頭を撫でた。
「でもお前は救われたんだろう。」
「……そうだね。みんながいてくれたから。」
「だとしたら、重要なのは環境だ。今日なまえがエリちゃんの頭を撫でてフラッシュバックが起きなかったこと。これだけでも前進だ。」
これまで優しく扱われてこなかったエリちゃん。どんなに時間がかかったとしても、周りが大事にしてあげることが大切なんだ。少なくとも今日私のことをエリちゃんは拒否しなかった。彼女の勇気に私も報いたい。受け入れてもらえるなら精いっぱい愛したい。彼女が自分の価値に気づいてくれるまで、何度でも。
「今度エリちゃんの服見繕ってくれ。いつまでも病院服ってわけにもいかん。」
「消太くん女の子の服とか疎そうだもんね……。」
「だからお前に頼んでるんだろう。」
渋い顔の消太くんに苦笑する。不服そうだったけど彼もエリちゃんのことをとても気にかけているのだとわかった。なんだかお父さんみたいだとその横顔を見て思う。寮につくまではまだ時間があって、しばらく二人だけの静かなドライブを楽しんだ。