文化祭
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ナイトアイさんの葬儀から数日経ち、ようやく私たちも落ち着いてきた。インターンもしばらくお休みということで、より一層学校生活に身を入れて取り組んでいる。それでもやっぱり息抜きは必要で。今日は気晴らしってことで女の子みんなで響香の部屋に集まって楽器を触らせてもらっている。
「んで、ここを押さえて。」
「……こう?」
「そうそう。」
「薬指はここ。」
「はい。」
ギターのコードを一つ一つ丁寧に教えてくれる響香。みんなも興味津々に覗いている。
「それで音鳴らしてみて。」
「わかった。」
ジャーンと試しに弾いてみると綺麗な音が重なった。人生初ギターだけど響香の教え方が上手くて何とか様になってる。みんなからもおお!と声が漏れた。
「いい感じじゃん。」
「ゆ、指が攣りそうです……。」
「上達してるってことだよ。」
響香は私の頭を撫でながら笑った。透ちゃんが私も弾きたいと手を挙げると別のギターを持ってきてくれる。
「耳郎教えるのうまいよね。」
「ほんまやなあ。なまえちゃんもすぐ弾けるようなったし。」
「先生向きですわね。」
三奈ちゃんたちが褒めると響香は顔を赤く染めた。
「ちょ、やめて。なまえたちが呑み込み早いだけだってば。」
「いやいや、響香先生のおかげですよ。」
「そうそう!ギターもプロ並みだしほんとかっこいい~!」
ブンブン首振る響香が可愛くて、透ちゃんと一緒に追撃する。響香はイヤホンジャックをくるくるさせながらジロリとこちらを睨んだ。
「でも本当に素敵よね。CDが出せそう。」
梅雨ちゃんがそう言うと響香はまさかって笑ったけど、実際プロ並みの腕前だし全然現実離れした話じゃないと思う。三奈ちゃんもどうやら冗談として受け取ってなかったみたいで何やら考え込んだ。
「三奈ちゃん?」
「ねえ、ちょっと思いついちゃった。」
「え。」
黙った彼女に呼びかけると返ってきたのはワクワク顔。ちょっと嫌な予感がする。それは響香も同じだったようで顔を引きつらせながら目が合った。
「SNSに投稿してみない?」
「と、投稿?」
「そう!簡単なコードならなまえも弾けるし耳郎は歌ってさ!」
「ええ?」
予感は的中。私がギター、響香がボーカルで1曲完成させてみないかというお誘いだった。響香も私も目立つのが得意なわけじゃないから乗り気ではない。けどみんなはちょっと面白そうといった様子で、意外にも一番目を輝かせたのは百ちゃんだった。
「でも危ないんじゃないの?体育祭でウチら顔バレしてるし。特になまえは変なファンとかつきそうじゃん。」
「確かにそれはそうですわね。あまり派手なパフォーマンスをして学校に迷惑をかけるわけにもいきませんし……。」
響香の指摘にしょんぼりと肩を落とす百ちゃん。うーんそんなに悲しそうな顔をされると胸が痛い。でもやっぱり雄英に許可なく勝手なことするのも憚られるからなあ。
「だから顔出しなしでさ!白い壁だけ映してやるってのはどう?アカウントもばれないように新しく作ってさ!」
「……顔出さないの?」
「うん!声と音だけ!」
なるほど。ちょっと納得してしまった。体育祭で声までばれてるのは私だけだし一般の人には歌ってるのが響香だってわかんないはず。新しいアカウントだったら身バレも防げるし大丈夫かも。
「それならまァ……ねえ?」
「うん……やってみる?」
二人で顔を見合わせると部屋が沸いた。早速取り掛かろー!とみんな張り切ってる。盛り上がるみんなが可愛くてなんだか私もちょっとテンション上がってきてしまった。
響香の部屋はあんまり白いところがなかったので、ギターを持って同じ階の透ちゃんの部屋へと移動する。
「じゃあちょっと練習してみよっか。」
「うん。」
ベッドに座らせてもらって二人で曲を合わせてみる。楽譜は響香チョイス。簡単なコードが3つだけの易しい曲だ。
響香が歌い出し私がそれに合わせる。本当に綺麗な声だなあ。ずっと聴いてたくなる。少し苦戦しても響香がその度に教えてくれるからどんどんスムーズに弾けるようになっていく。やばい、これ楽しい。
「今のかなりええ感じちゃう?」
「ほんと!素敵だった!」
何度か通して曲を演奏したところでお茶子ちゃんと透ちゃんが絶賛してくれた。みんなからも好評で、このまま収録しちゃおうという話になる。相変わらず展開が早いなあ。
「なんか……緊張する。」
「まァ顔バレないしさ。気楽にやろ。」
響香が肩を叩いて緊張をほぐしてくれる。みんなに見守られながら弾くっていう今まで体験したことのない状況だけど、おかげで力が抜けた気がした。
「じゃあいくよー?」
三奈ちゃんがスマホを構えて合図を出す。私はじっと響香の歌いだしを待った。澄んだ声が耳に流れて、私もそれに合わせてギターを弾き始める。響香いい顔してるなあ。隣の彼女が目に入り、その表情に思わず私も笑みが零れた。
短い曲だったので演奏はすぐに終わってしまったけれど、なんだか夢中で弾いてしまった。今までで一番よく弾けたかも。
「カーット!いい感じなんじゃない!?」
急いでみんなで三奈ちゃんの周りに集まる。今撮影した動画を再生してみると、思った以上の出来だった。何よりボーカルが良い。さすが響香。
「……すごない?」
「ええ。スマホで撮ったとは思えないわ。」
お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが感嘆の声を漏らす。確かにこれはすごいかも。私は素人丸出しだけど響香の歌はプロ並みだ。むしろこれアカペラの方がよかったんじゃないか。
「なまえの演奏、今までで一番いいね。」
「う、え。どう考えても響香の歌の力だと……。」
「すーぐ謙遜する。」
ほっぺをむにっと掴まれた。嬉しいのと恥ずかしいのでなんだか顔が熱くなる。それを誤魔化すように響香の肩に頭を預けた。
「それじゃ今からアカウント作って投稿するね~。」
「え、もう?」
「善は急げ、ですわ!」
「乗り気だねヤオモモ……。」
やっぱり三奈ちゃんは行動力の化身だ。あっという間に段階が進む。スピード感に振り落とされそう。百ちゃんがかなり前のめりなのも気になるけど。
言葉通りアカウント作成は秒で終わってしまい投稿もあとはボタンを押すのみとなった。
「私が押していい?」
「そこはやっぱ二人ちゃう?」
「え、私たちはいいよ。」
「うん、恥ずい……。」
「じゃあみんなで押しましょ。」
「名案です!」
「それじゃあ一緒に~!」
三奈ちゃんのスマホの画面に7人分の指が重なる。みんなテンションが上がっていたこともあって、お茶子ちゃんの「絶対一人でよかったやろ」ってツッコミにゲラゲラ笑った。
「これほんとに聞いてくれる人いるのかなあ。」
「そこはハッシュタグ作戦よ。多分誰かの目には止まる!」
ひとしきりお腹を抱えたあと素朴な疑問を投げかけると、三奈ちゃんから力強いお言葉と共にウィンクが返ってきた。あ、ときめいちゃった。
「そんじゃまあ一仕事終えたところで今度はお菓子パーティーだあ!」
三奈ちゃんの掛け声にみんなから拍手が起こる。各自部屋からお菓子を持ち寄って今度はお茶子ちゃんの部屋に集合ということになった。女の子って本当に楽しい。
それからしばらくお菓子を食べながらガールズトークに華を咲かせた。夕方になって夕飯前にお風呂に入ろうということになり、みんなで部屋を後にする。
さっぱりして脱衣所に上がり、みんなで共同スペースに向かう準備をしていると突然三奈ちゃんが声をあげた。
「うわ!?」
「どしたの?」
その声に反応してわらわら彼女の周りに集まる。三奈ちゃんは焦った様子で画面を見せてくれた。
「な、なんか……万バズいっちゃってるんだけど……!」
「え!?」
慌てて確認するとさっきの動画にとんでもない数の閲覧数。軽く眩暈がした。ほんの好奇心で出した投稿がまさかこんなに拡散されるなんて。響香と二人で青ざめる。
「こ、これまずくない?」
「だよね。こんな短時間で……。」
コメントを見てみると歌を絶賛するものがほとんどの中顔出ししてほしいという意見もチラホラ見られる。このままだと特定されるかもしれない。段々恐怖が湧いてくる。
「消そう。」
すぐに真剣な顔の響香が三奈ちゃんのスマホを取り上げた。私もそれに同意する。
「うん、消そう。すぐ消そう。」
「ええ!もったいない!」
「だめだめ!これは危ない!」
三奈ちゃんがスマホを取り返そうとしてくるけどそこは断固阻止。事が事なだけに他のみんなも賛同してくれた。
やっぱり身バレは怖い。雄英にも迷惑かかるし。烈火のごとく怒り狂う消太くんの顔が浮かんだ。響香と一緒にもう一度画面をのぞき込む。いまだ増え続けている閲覧数。ぶるぶる震えながら二人で投稿を削除した。
「よ、よかった……。」
「これで一安心だね。」
響香に抱き着いてため息を吐く。なんかどっと疲れた。三奈ちゃんは不服そうに口を尖らせている。
「投稿は削除しても動画自体は削除しないでください!あれ気にいってるんだからね。」
「まあ誰にも見せないならいいけど。」
「うーん?」
「その反応は一体……。」
響香が渋々オッケーすると三奈ちゃんはまた不穏な返事をした。え、すでにもう誰かに送ったりしてる……?冷や汗が出てきた。
「悪いようにはしてないから!」
悪びれる様子もなくあっけらかんと笑って見せる彼女。その無邪気さに私と響香は項垂れるしかなかった。
「あー、芦戸。あれありがとな。」
「いい仕事したでしょ!瀬呂にも見せたいと思ってさあ。」
このあと私の知らないところで繰り広げられていた会話。私のギター練習を三奈ちゃんがこっそり撮影してたらしい。彼女が動画を瀬呂くんに送ってたことも、彼がそれを黙って保存してたことも、私が知ることになるのはずっと後の話だった。
1/18ページ