インターン
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次の日私たちインターン組はオールマイトと消太くん引率のもとナイトアイさんのお葬式へ参列した。棺の中のナイトアイさんはとても安らかな顔をしていて、死んだという実感がまるで湧かないほど綺麗だった。彼のその表情はいつも家に遊びに来てくれていた幼い日の記憶と同じもので、堪えることができず私はまた泣いてしまった。
ナイトアイ事務所はサイドキックのセンチピーダーさんが引き継ぎ、雄英を休学することになった通形先輩の帰りを待つことになったそうだ。先輩の個性が回復する目途はまだ立っていないけど、いつになったとしてもあの二人なら温かく出迎えてくれるだろう。
インターンは学校とヒーロー事務所の話し合いの末、しばらく様子見になった。ファットさんは眉を下げながら謝ってくれたけど、彼のせいじゃない。しばらく会えないのは寂しいけど、事の大きさから考えて私たちも受け入れるしかなかった。
エリちゃんはようやく意識が戻ったらしい。けれどまだ精神的に不安定で、いつまた暴走してしまうかわからないため面会はできないのだと消太くんが教えてくれた。エリちゃんの個性は額の角から放出されていたようで、その角は熱が引いていくにつれ縮んでいったんだそうだ。今はほとんどコブくらいの大きさになっているらしい。このまま制御可能なくらい力が収まれば、強力すぎる個性に悩まされることもなくなるだろう。彼女の未来は、もう大人に振り回されるものであってほしくない。エリちゃんの無事と平穏を願わずにはいられなかった。
お葬式が終わって学校に戻ったけど、寮に帰る気にはなれなかった。雄英の敷地内をぼんやりしながら散歩する。休日というのもあってほとんど人がいない。それが今の私にはありがたかった。
朧くんの時は行けなかったから、今回は私にとって二度目の葬儀。前を向こうと思っていても動かないナイトアイさんを目の当たりにすれば再び涙がこぼれた。人の死と向き合うというのはとても怖い。それを一人で噛みしめる時間が必要だった。
校舎裏に回っているとふと猫の姿が目に入った。綺麗な白猫。思わず近づいてみると逃げもせずこちらに向かってくる。人慣れしてるなあ。
「にゃあ。」
「どしたの。ごめんね今何も持ってなくて。」
しゃがんで手の甲を差し出せばすり寄ってきてくれた。何かあげられるもの持ってたらよかったなあ。いやこういうのってあげちゃ駄目なんだっけ。
その子の耳を見ると一部が欠けて桜のような形になっていた。そっか、この辺の地域猫ちゃんなんだ。みんなに可愛がってもらってるから人懐っこいんだなあ。喉の下を撫でてあげるとゴロゴロと鳴らしながら気持ちよさそうに目を細めた。可愛い。
「あれ、みょうじ。」
急に後ろから呼ばれて振り返ると見覚えのある紫。
「心操くん。」
立っていたのはなんだか久しぶりな気がする訓練仲間。自主練中だったんだろうか。体育着の上に消太くんみたいな捕縛布を巻いてる。心操くんは私の足元に猫がいるのに気づいて隣に屈んだ。
「……可愛いな。」
「ね。人慣れしてるみたいで全然逃げないの。」
彼も猫ちゃんの背中を撫でる。それに反応して猫ちゃんはにゃあと鳴き、心操くんの口元が穏やかに緩んだ。
「大変だったね。」
猫ちゃんをかまいながら、心操くんは目線を合わせずそう呟いた。それは恐らくインターンのことで。彼が私を気遣ってくれているのだとすぐにわかった。
「……さっき、ナイトアイさんのお葬式だったの。」
ポツリと零せば彼の瞳が揺れた。だけど、「そう」と相槌を打ったきり心操くんは何も言わなかった。労うわけでも気まずくなるわけでもない。黙って耳を傾けながらただ側にいてくれる。静かな彼の隣は居心地がよかった。
「心操くん。私、強くなるよ。」
彼にまっすぐ向き直ってそう言えば、心操くんは何を聞くでもなく頷いてくれた。多くを語らなくても汲み取ってくれる。そして人の決意を決して馬鹿にしない。今日会えたのが彼でよかった。
「俺も、負けない。」
彼は私の目を見て勝気に笑った。撫でる手が止まったのが不満だったのか、猫ちゃんは私たちに向かってまたにゃあ!と鳴いた。それがなんだかおかしくて、二人で顔を見合わせる。しばらくその子を撫でながら、気持ちが穏やかになっていくのを感じていた。
夜、共同スペースにいると消太くんから呼び出された。みんなの輪の中をこっそり抜け出し玄関の方へと急ぐ。寮の前のベンチに到着すると、すでに消太くんが腰かけていた。
「どうされたんですか?」
私も並んで座ると彼は少し躊躇いながら口を開いた。
「お前に頼みがある。」
飛び出したのは意外な言葉。なんとも珍しい。面と向かってこんな風にお願いされることなんて滅多にない。何か重要な事柄だろうかと身構えてしまう。
「何ですか。」
「エリちゃんのことだ。」
「エリちゃん?」
「ああ。近々会いに行ってやってほしい。」
予想してなかった頼みごとに怪訝な顔を向けてしまう。私は遠くから彼女の姿を確認しただけでほぼ面識ゼロだ。エリちゃんに至っては私の顔すら知らないだろう。それなのになんで私に依頼?
「え、私が?緑谷くんじゃなくて?」
「ああ。緑谷はエリちゃんの精神が安定してない以上会わせるわけにはいかない。事件に関連する記憶は呼び起こさせない方がいい。」
ますますわからない。だからといって私が呼ばれる理由はないはずだ。頭にはてなをたくさん浮かべていると消太くんがそれを察して説明してくれる。
「少しでもエリちゃんの気持ちを安定させるためだ。お前なら顔も割れてないし女性に対しては警戒心も薄いそうだ。それに……。」
「それに?」
「なまえならあの子が今どんな風に声をかけてもらいたいのか……知ってる気がした。」
消太くんは少し言いづらそうに視線を逸らした。なるほど、ようやく自分が呼ばれた理由がわかった。メンタルケアなんて絶対その道のプロに任せた方がいいと思うけど、お医者さん側も必死なんだろう。尽くせる手は尽くしておきたいってところなのかな。
「何でそんな気まずそうなの。」
「……普通そんなことで駆り出されたら気分悪いだろうが。」
「気にしなくて大丈夫だよ。私もエリちゃん助けたいし、出来ることがあるなら協力する。」
私が特に怒ることも悲しむこともなくそう伝えると、消太くんは意外そうな顔をした。いや頼んできたのそっちではって思ったけど、彼があまりに気にしてそうなので黙っておいた。
「ほんとにいいのか。」
「私も自分なりに折り合いつけてるから。」
「……エリちゃんと話してお前の方が辛くなったらちゃんと言え。」
「過保護だなあ。」
ずっと疑わしげな眼を向けてくる消太くんが可笑しくて笑ってしまう。本当に大事にされてるんだなあ。こっそり嬉しくなっちゃう。
エリちゃんに会いに行く日程はまた後日教えてくれることになった。なるべく彼女の体調に合わせて決めるらしい。それに了承して共同スペースに戻ろうと腰を上げる。
「みょうじ。」
「ん?」
呼び止められて振り向くと仏頂面の消太くん。
「寮では口調ちゃんとしろよ。」
「消太くんもなまえって呼んでたけど……。」
「……言ってない。」
「嘘つくじゃん。」
子どもみたいな反応に口元が緩む。軽口を叩けばもういいと言って先に自室へと帰ってしまった。ずるいなあ。
消太くんは家庭訪問で私と母のやり取りを見てから、父のことを何となく察したらしい。多分オールマイトもそう。だから今回私のところに来たのだろう。
私がエリちゃんの気持ちに寄り添えると思われてるのは、きっと喜ばしいことだ。悪い気なんて全然しない。小さな女の子に勇気を与えられる存在になれているのだと言われたようで嬉しかった。
自分が過去を乗り越えられているだなんて思ってない。父のことを背負っていくだけで精いっぱいだ。それでも、何か私に出来ることがあるのなら。
泣いている女の子を救う為なら何だってしよう。きっとそれが過去の自分を救うことにもなるのだと信じて。
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