インターン
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ひとしきりみんなが労ってくれたあと、もう夜遅いこともあってお開きになった。砂糖くんのガトーショコラも百ちゃんのハーブティもおいしかったなあ。おかげでお腹が満たされた。空腹だとどうしても気持ちが悪い方に傾いちゃうから。自分を保つためにもおいしいものが食べられてよかった。
みんなにばれるとからかわれてしまうかもしれないので、一度自室に戻って辺りが静かになってから彼の部屋を訪ねた。連絡済みだったのですぐにドアを開けてくれ中に招かれる。
趣味の良いクッションが用意されていて私はそこに腰かけた。瀬呂くんもすぐ隣に座ってくれて私が口を開くのを待ってくれている。
「あの、早速なんですが……お話聞いてもらって大丈夫?」
「いつでもおっけーよ。まとまんなくても、泣いてもいいから。俺しか聞いてる奴いねーし。安心してお話しください。」
瀬呂くんは私の顔を覗き込みながら笑って見せた。いつもの安心する顔だ。きっと緊張とか嫌な思いを少しでも軽くするためにわざとおどけてくれてる。こんなに優しい彼が味方でいてくれることがとても心強かった。
「今回のことでちょっと……かなり落ち込んでるんだけど。」
「うん。」
「でもちゃんと次に繋げたいし、無駄にしたくないの。それで……今私が思ってる決意の話を、したいです。」
「ん、聞かせて。」
瀬呂くんは真剣な表情で向き合ってくれている。それだけでなんだか泣いてしまいそうだった。エリちゃんのこと、ナイトアイさんのこと。どれも無駄にしたくない。落ち込んで悔しくてそれで終わりにしたくない。たくさん考えて出した答えを一番に彼に聞いてほしい。私は大きく息を吐いた。
「今回、エリちゃんの……八斎會に捕まってた女の子の話を聞いた時、ほんの少し自分と重ねたの。」
その言葉に瀬呂くんの眉がピクリと動いた。私の父への思いを知っている数少ない人。明らかにその目に心配の色が滲んだのがわかった。
「エリちゃんは、誰かに支配されて、それを受け入れることしかできずに泣いてる女の子だった。だから絶対助けたかった。ほんの一欠片だけど、その苦しい気持ちはわかるから。」
私自身がその手を掴むことはできなかったけど、全員で協力してエリちゃんを助けることはできた。そこに悔しい気持ちはなくて、彼女を救う一端になれたことが素直に嬉しい。ちゃんと正規の活躍をして救出できたことは今後の自分にとっても自信になると思う。だけど。
「あの子を救い出してくれたのは緑谷くんで、全部解決して、私もそれにはほっとした。ちゃんと目的の子を助けられてよかったって。でも、全然気分は晴れなかった。」
「……ナイトアイ、か。」
「うん。助け出せる手があれば、すり抜けていく手もあること、嫌ってほど痛感した。私、あの時血だらけのナイトアイさん抱えてたの。どんどん呼吸が弱くなっていってそれが怖くて。でも、何もできなかった。それで自分を責める気持ちもあって。だけど、後悔してもあの時何をすればナイトアイさんが助かったのかもわかんなくて。」
また涙が滲んできた。瀬呂くんは私の頭を撫でて落ち着かせてくれる。もっと迅速に動けていれば、活瓶を素早く倒して加勢に行けていれば。取り返しのつかない後悔が頭を渦巻いている。だけど結局何もできなかった。駆けつけた時にはナイトアイさんは致命傷を負っていて。あの時私がどんな処置を施したってきっと助からなかった。それはちゃんとわかってるんだ。
「……手術室に入った時、私、ナイトアイさんのこと直視できなかった。ああ行ってしまうんだってわかって、自分でもびっくりだけど、お父さんと重ねた。」
「!」
瀬呂くんが目を見開いた。予想外の言葉に驚いてるんだろう。私も、父に対してそんな気持ちがあったなんて思わなかった。
父の死は私にとって悲しいものだったけど、もう受け入れてるんだと思ってた。父が死んだ時確かに喪失感はあったけどどこかほっとしている自分がいたのも事実で。彼の異常性を理解した今では謎の多い人といった印象になってる。きちんと話をすべきだったという後悔はあっても、いなくなって寂しいという気持ちがあったことに正直戸惑ってしまったのだ。
「置いていかないでって、言っちゃったの。ほんとはもっと笑顔で、ありがとうとか伝えなきゃいけなかったのに。出てきたのは自分勝手な言葉だけだった。寂しい気持ちが勝っちゃって……。」
涙が頬を伝うと瀬呂くんが拭ってくれた。彼は一つ一つ私の話を受け止めてくれながら一緒に考えてくれてる。
「……それは、自分勝手なんかじゃないでしょ。もう会えなくなるって直感的にわかっちゃってたんだろうし、二度と会えねー苦しさはみょうじが一番知ってんだろうしさ。ナイトアイとは面識あったんだろ?」
「うん……小さい頃から可愛がってくれてた。」
「そんじゃ嬉しかったんじゃねーかな。昔から自分の気持ち抑えてきたみょうじがちゃんと感情ぶつけてくれて。そんだけ自分のこと大切に思ってくれてたんだって伝わったんじゃねーの?少なくとも俺はそう思う。」
瀬呂くんの出す答えはいつだって明るい方を指し示してくれている。やっぱり私は彼に何度でも救われるんだ。
確かにナイトアイさんの前で駄々をこねる姿なんて見せたことなかった。あれが最初で最後の彼への我儘だった。あの状態で置いていかないでなんて、叶うわけもなくて残酷すぎるお願いだったけど。彼にとっては嬉しいものだったんだろうか。そうだったらいいな。最後に私を見て目を細めたナイトアイさんが頭から離れなかった。
涙が溢れて止まらなくなる。けれどまだ話は終わってなくて。ここからが本題。涙で言葉を詰まらせながら、それでもしっかりと瀬呂くんの顔を見た。
「ヒーロー、やってたら……この先こういうこと、いっぱいある。通形先輩も言ってたけど、人の死と向き合うこと、嫌ってほどあると思う。今回それが……痛いほどわかった。」
それは敵の死かもしれない。守るべき市民の死かもしれない。今回みたいに、仲間の死かもしれない。経験してしまったからこそ、それと向き合うことはどうしようもなく怖い。それでも。
「でも私、諦めたくない。悔しくて悔しくて、心が壊れてしまいそうだけど。それでも諦めたくないの。強くなって皆を守りたい。この先こんなつらいことの繰り返しでも、一人でも多く救う方を選びたいの。ここで諦めるってことは、誰かを見殺しにすることと同じ気がするの。助けられる力があるんだから、助ける方を選びたい。」
それは途方もない願いかもしれない。誰の手も取り零さず掴むなんて夢物語かもしれない。だけどもう絶対に諦めたくなかった。逃げずにもっと強くなる。後悔しないようにみんな助ける。それが私の答えだった。ぎゅっと拳を握ると瀬呂くんの手が優しくそれに重なった。
「俺も、同じ気持ち。現場行ってねーのに何言ってんだって言われっかも知んねーけどさ。でも本音。今回のナイトアイのこと聞いてずっと考えてた。多分みんなもな。」
私たちインターン組だけじゃない。自分のクラスメイトが関わった事件で知ってるヒーローが亡くなった。それはクラスのみんなにも衝撃を与えた。きっと心配して待ってくれてる間も、それぞれが思いを巡らせてたんだろう。
「俺らちゃんと皆で強くなっていこ。21人分の力あった方が心強ェーだろ?数多い方が守れる範囲も広がるしさ。」
瀬呂くんの言葉は、私が一人で突っ走ってしまわないように諭してくれてるみたいだった。彼が隣にいてくれたら、きっともう一人で戦ってるだなんて思わない。こんなにも心強い仲間がいることを、いつだって彼は教えてくれる。
「ちゃんと話してくれてありがとな。」
「瀬呂くんも聞いてくれてありがとう。ちょっとは成長できたかなあ。」
「充分すぎんだろ。成長著しくてえらいえらい。」
いい子いい子と頭を撫でられる。彼の優しさが温かくて、まだ涙は止まってくれそうになかった。
「瀬呂くんの胸貸しましょうか?」
「……いいの?」
「いつでもどうぞ。ここみょうじ専用だから。」
「それは……照れる。」
彼は笑いながら私を抱きしめた。瀬呂くんの香りが胸いっぱいに広がって落ち着く。そろりと背中に手を回せば彼の手にも力が入った。
「……無事に帰ってきてくれて、サンキュな。」
ぼそりと呟かれた声は先ほどとは違って弱々しくて。彼がとても心配してくれていたのだとわかった。
瀬呂くんは私が落ちつくまで背中をさすってくれていた。まるで赤ちゃんみたいで恥ずかしくもあったけど、今の私には心地よかった。
散々泣き腫らしたあと瀬呂くんが部屋まで送ってくれると言ってくれたけど丁重に断った。あらぬ誤解を生んでも困るし消太くんに見つかって怒られるなら私だけで充分だ。
彼に話を聞いてもらって気持ちの整理も出来た。まだナイトアイさんのことは悲しいしこの心の鉛は一生なくならないと思う。けれど前を向かなくちゃ。いつまでもしょぼくれているとナイトアイさんに怒られてしまう。元気とユーモアのない社会に明るい未来はやって来ないのだから。
窓の外を見ると綺麗な夜空に一筋の星が流れていった。