インターン
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その日はリューキュウさんの事務所で一夜を明かすことになった。フラフラになりながら帰ると、お茶子ちゃんたちが玄関で出迎えてくれた。私の泣き腫らした目を見て四人はナイトアイさんの死を悟り、ぎゅっと抱きしめてくれた。みんなポロポロと涙を流しながらしばらくくっついて離れなかった。
夜、ベッドに入っているとノックの音がした。ドアを開けるとそこにいたのはお茶子ちゃん。
「ごめん、寝とった?」
「ううん、横になってただけ。眠れないよね。」
「うん。」
明かりをつけて部屋に招く。きっと今日はみんな眠れない夜を過ごすんだろう。それぐらい、ナイトアイさんの訃報はショックが大きかった。
ベットに並んで腰かける。お茶子ちゃんの表情はいつもと違って暗かった。
「なんか、考えちゃってさ。出来ることあったんちゃうかって。」
「……私もだよ。ナイトアイさん抱えてた時、もっとちゃんと動けてたらってそればっかり考えてる。」
後悔しても仕方ないことはわかってる。だけど自分を責めずにはいられなかった。私たちはこの手に彼の命を抱いていた。それは揺るぎない事実なのだから。きっと彼女も同じ気持ち。お茶子ちゃんは自分の両手を静かに見つめた。
「ウチ、もっとちゃんと救けたい。」
その目は涙ぐんでいて、だけどとても強かった。私も決意の意味を込めて彼女の手をしっかりと握る。
「私も、もっと強くなる。一人一人、ちゃんと救けられるように。」
誰の手も離さないように。お茶子ちゃんは鼻をすすりながら眉を下げて笑った。
「まだまだやなあ、ウチ。」
「私もだよ。課題たくさんだね。」
笑顔で話してるけどお互い目には涙が溜まっていて。しばらくまた泣いたあとそのまま疲れて眠ってしまった。
次の日、ファットさんが退院したということでファットガム事務所と合流した。リューキュウさんは次回のインターンの時はうちの事務所に来てくれていいと言ってくれて、それが社交辞令でも嬉しかった。
「お三方回復早いですね。」
「おう!むっちゃ元気やでえ~!」
「俺は別に……元気ではない。」
「まあまあ先輩、なんともなくてよかったっス!」
「切島くんもね。全身包帯ぐるぐる巻きって聞いた時はびっくりしたよ。」
「おお、心配かけて悪かったな。でももう大丈夫だ、ほら!」
わざと硬化して見せてくれる切島くん。元気なのは良いことだけど病み上がりにあんまり個性使うの良くないんじゃないかなあ。天喰先輩顔青くさせながら引いてるし。
「今日は調査やらなんやらで時間かかる思うから覚悟しとってな。」
「わかりました。」
「了解っス!」
その言葉通り事件についての詳細などしばらく警察の人とのやり取りが終わらなかった。書類の量も多く、事務作業もヒーロー業務の一環だということを思い知る。
今は切島くんとファットさんが戦った相手について聞かれている。私と天喰先輩は待機の状態だ。警察の中の長椅子に座って自分の出番が来るのを待つ。
そう言えば天喰先輩と二人っきりって初めてかもしれない。思いっきり距離あけて座られるかもと思ってたけどそんなことはなかった。ちゃんと隣に座ってくれてる。ただかなり気まずそうでさっきから終始無言だ。このまま時が過ぎるのを待つのもあれなので、気になっていたことを聞いてみることにした。
「天喰先輩、あの、通形先輩って……どんな感じですか?」
彼は突然話しかけられてびっくりしてたけど、通形先輩の名前を出せば一気に沈んだ顔になった。
「ミリオは……個性が、完全になくなってしまったらしい。」
「そんな……。」
昨日は泣いていて聞く余裕がなかった通形先輩の容体。天喰先輩も被害に遭った個性を壊す銃弾の完成品が、彼に撃ち込まれてしまった。今通形先輩は無個性の状態らしい。
通形先輩は努力の人だ。生まれてからずっと努力を積み重ねて強くなった。難しい個性を使いこなせるようになった。それが、たった一つの銃弾で壊された。彼のヒーローへの道が閉ざされてしまった。ふつふつと怒りと悔しさが沸いてきて、ぐっと唇を噛む。
治崎の目的は、エリちゃんの力を使って超常社会を終わらせ再びヤクザが裏社会を牛耳る世界にすることだったらしい。極道が日陰に追いやられることが彼にとってどれだけ辛いものだったかはわからない。けれど、それが誰かの人生を壊していい理由にはならない。何の罪もない人たちに危害を加えていいことにはならない。エリちゃんも通形先輩も治崎に人生を狂わされた。到底許すことなどできそうになかった。
「大丈夫。ミリオは元気だよ。心配してる俺たちよりずっと……。強くて太陽みたいな人だから。その、君も……あんまり気に病む必要はない。」
私が黙り込んでしまったからだろうか。天喰先輩は心配そうに顔を覗き込んだ。きっと私なんかより何倍も悔しいはずなのに。気遣わしげな彼の目はいつものネガティブな先輩ともまた違っていて、そこに優しさを見た気がした。
通形先輩は昨日のナイトアイさんの言葉通り今はもう笑っているらしい。個性もなくなって最愛の師もいなくなった。それでも彼は前だけを見てるんだ。私も泣いてばかりいられない。先輩の強さに背筋が伸びた。
「それに、もしかしたら個性戻るかもしれないんだ。」
「え、本当ですか?」
「ああ。エリちゃんの巻き戻す個性。あれでどうにかできるかもしれないらしい。確証はないけど……今は彼女に賭けてみるしかない。」
そうか、エリちゃんは人の状態を巻き戻せる。通形先輩も個性があった頃まで巻き戻してもらえれば、またヒーローとして活躍できるんだ。個性を制御できてないみたいだったから、すぐにとはいかないかもしれないけど。それでもこれが希望であることに違いはなかった。
「少しだけ安心しました。天喰先輩はご自分を責めたりしてないですか?」
「それは……心配してくれてるのか。」
「もちろんです。通形先輩のこと一番大切に思ってるのは先輩でしょう。」
天喰先輩は今日一日難しい顔をしていた。きっと誰よりも大切な友達の頑張りを間近で見てきたからこそ複雑な思いがあるんだろう。
「……ありがとう。俺は何ともないよ。ミリオに比べたら……。」
「悲しみの大きさを比べちゃ駄目です。それが天喰先輩にとってつらいことなら、ちゃんとつらいって言っていいと思います。」
何ともないと言いながら先輩は目を伏せた。やっぱりその顔は辛そうで。生意気だとも思ったけど言わずにはいられなかった。先輩は少し驚いてこちらを見た後、どこか納得したように頷いた。
「……そうか。確かに思い詰めてたかもしれない。ちゃんとミリオにも気持ち伝えてみるよ。」
「そうしてください。話せる時に話しとかないと後悔することもありますからね。」
私の言葉に先輩はハッとした表情を見せた。昨日のナイトアイさんのことはもちろんだけど、父のことを言っているのだと察してくれたらしかった。
「君は……すごいな。気遣いの達人だ。」
「それなら先輩も達人です。」
気づいたはずなのに父について何も言及しなかった。それは天喰先輩が優しいからだろう。どこか穏やかな空気になって、思わず二人で顔を見合わせて笑った。天喰先輩と話すのは心地よくて、沈んだ気持ちが少しだけ浮上していく。彼の緊張した様子もなくなっていて、なんだか仲良くなれたみたいで嬉しかった。
学校に帰った頃にはもう夜だった。緑谷くんやお茶子ちゃんたちもなんだかんだ忙しかったようだ。インターン組全員揃って消太くんから連絡事項を聞いた後、一緒に寮へと戻る。
「帰ってきたアアアア!!!奴らが帰ってきたァ!!!」
玄関をくぐると峰田くんの大声が迎えてくれた。共同スペースにはなぜかクラス全員の姿があり、わざわざ待っていてくれていたのだとわかり心が温かくなる。
「大丈夫だったかよォ!!?」
「大変だったな!」
「ニュース見たぞおい‼」
「皆心配してましたのよ。」
「まァとにかくガトーショコラ食えよ!」
「お騒がせさんたち☆」
次々に繰り出される言葉の波に改めてすごい事件だったことを知る。みんなに囲まれる中、響香がまっすぐ私のところにやってきてぎゅっと抱きしめてくれた。
「心配した。どこも……怪我してない?」
「ありがとう。大丈夫だよ。今回は無傷です。」
何ともないことを報告すると彼女の目に涙が溜まっていく。相当心配かけたんだなあ。安心してもらえるように私も彼女を抱きしめ返した。透ちゃんもお茶子ちゃんと梅雨ちゃんに抱き着いてる。緘口令しかれてたとはいえみんなに何も話せなかったのは心苦しかったな。
「皆、心配だったのはわかるが‼落ちつこう‼」
飯田くんが私たちの前で盾になってみんなの動きを止める。
「報道で見たろう。あれだけの事があったんだ。級友であるなら彼らの心を労り静かに休ませてあげるべきだ。身体だけでなく……心も擦り減ってしまっただろうから……。」
その言葉には色々な意味が込められてるんだろうと思った。ナイトアイさんの訃報はニュースにもなっていてみんなも知っているだろうから。間近で死を見届けることになってしまった私たちへの配慮だ。飯田くんの気遣いが身に染みる。けれど大丈夫。私たちはそれぞれもう前を見据えている。
「飯田くん飯田くん。」
「ム!」
「ありがとう。でも……大丈夫。」
緑谷くんが代表して平気なことを伝える。擦り減った心も、後悔も、ちゃんと次へと繋げていける。飯田くんは彼の大丈夫を聞くとキョトンとしたあとすぐに態度を変えた。
「とっっっっっっっても心配だったんだぞもう‼俺はもう‼君たちがもう‼」
「おめーがいっちゃん激しい。」
遠慮なしに胸の内を見せてくれる姿に思わず笑ってしまう。瀬呂くんのツッコミも相まってようやく家に帰ることができたのだとほっとした。
百ちゃんがハーブティを入れてくれることになり、みんなも騒がしく労ってくれるけど隣のお茶子ちゃんの表情は硬かった。
「お茶子ちゃん、大丈夫……?」
梅雨ちゃんと一緒に顔を覗き込む。お茶子ちゃんは昨夜と同じように強い目で答えた。
「私、救けたい。」
それは決意の表れだった。
「……うん。」
「私もだよ。」
その手を取り一人じゃないことを伝える。私たちみんなで、助けられるようになっていこう。それを見ていた切島くんもどこか思うところがあるようで。いつになく真剣な顔の彼に三奈ちゃんが声をかける。
「切島ー、大丈夫?」
「……まだまだだわ。」
三奈ちゃんはそっかと言って口田くんのウサギさんを差し出してくれた。癒しのために連れてきてくれたらしい。二人がどんな関係なのかはわからないけど、さっきの大丈夫には深い意味が込められていた気がした。あの二人にしか通じない意図がそこにあったのだと思う。
「んで、みょうじさんはだいじょーぶですか。」
声をかけてくれたのは瀬呂くん。私の頭にポンと手を置いて覗き込まれる。その手はいつもみたいに優しくて肩の力が抜けていくのがわかった。
「あとで聞いてほしいこと、ある。」
「なんなりと。」
小さく呟けば快い了承の返事。彼の顔を見て心底安心してる自分がいた。気持ちを話したいと思える人がいることが、こんなに心強いだなんて。しかも瀬呂くんはいつだって私を受け入れてくれる。頼もしいことこの上なかった。
「おーいかっちゃん!何をフテクされてんだ!心配だったからここいんだろ!?素直になれよ!」
上鳴くんがソファに座っている爆豪くんに声をかけに行く。けれど爆豪くんは誘いに乗ることなく寝ると言って立ち上がった。
わざわざ待っててくれたんだろうか。優しいからなあ彼も。私たちの無事が確認できたから部屋に戻るんだろう。言葉にしないあたり爆豪くんらしい。一言お礼が言いたくて男子棟に姿を消した彼の後を追う。
「何ついて来とんじゃ。」
追いついて声をかけると振り向きざまにため息を吐かれた。ひどい。
「爆豪くん、待っててくれてありがとう。」
「誰も待っとらんわ。自意識過剰やめろ。」
めげずにお礼を伝えると流れるような暴言が返ってきた。心擦り減らしてきた人に何という仕打ち。しおらしくなられるのも戸惑うけどいつも以上に辛辣だ。しょんぼりしてると急に顔に手が伸びてきた。
「うぇ。」
「また泣いたんか。」
突然爆豪くんに顔を持ち上げられた。頬に彼の手があって目じりをこすられる。何この状況。
「ちょっとだけ泣きました……。」
「ちょっとっつー腫れ方じゃねえだろ。メソメソする癖はよ治せや。」
それだけ言うと手を離してさっさと部屋に帰ってしまった。なんだったの。急な展開に理解が追いつかない。触られてたところが熱いのだけはわかるけど。
彼なりの心配だろうか。慰め方が独特なんだよなあ。それでも乱暴には扱われてなくて。優しい手つきだったのが妙に感触として残っていた。
その後共同スペースに戻ろうとすると今度は焦凍くんが現れた。彼もどうやらもう寝るらしい。二人とも早寝だ。
「なまえ、大丈夫だったか。」
「うん、平気だよ。焦凍くんもお部屋戻るの?」
「ああ、明日仮免講習だからな。」
「そっか。頑張ってね。」
応援してると伝えれば焦凍くんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「あんまり一緒にいられなくてわりィ。」
「ううん、待っててくれただけで嬉しい。ありがとね。」
おやすみを言って別れようとすれば急に後ろに引っ張られた。焦凍くんの香りがして抱きしめられたのだとわかる。
「……無事でよかった。」
そのまますぐに体を離された。急いで後ろを振り向いたけどすでに焦凍くんの姿はなかった。へなへなと足の力が抜ける。びっくりした。あそこまで大胆なことをされたのは初めてだ。爆豪くんといい焦凍くんといい、よっぽど心配をかけてしまっていたらしい。普段なら絶対しないような彼らの行動に頭の中は大混乱だ。
顔の火照りを冷ましながら共同スペースまで戻る。出迎えてくれたみんなは「なんか顔赤いね?」と不思議そうにしながら頭を撫でてくれた。自分のことを気遣ってくれる人たちの温かさを改めて実感する。新たな決意を口にするなら、きっと今夜がいい。話を聞いてくれると言っていた彼を盗み見ながら、用意されたケーキに顔を綻ばせた。