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そのまますぐに病院へ向かった。受付の人に尋ねてみたけれどナイトアイさんはまだ手術中。予断を許さない状況だと聞いて胸が詰まった。どれだけ悔しくても、苦しくても、今の私には何もできない。縋るような思いでただただ彼の無事を祈っていた。
これからどれくらい手術に時間がかかるかわからない。きっと待合室で待っていても不安が募るだけだ。看護師さんに他のみんなのことも聞いてみると、ファットさんの治療が終わっていることを教えてくれた。先にそちらのお見舞いから行くことにしよう。歯痒い気持ちを抱えたまま、私はファットさんのいる病室を目指した。
「お、みょうじちゃん来てくれたん?」
「え?あの……?」
言われた部屋に入るとイケメンのお兄さんがいた。明るく挨拶されたけど誰だろう。部屋を間違えたかもしれないと思い謝るとお兄さんが急に爆笑し始める。
「間違うてへん!ファットさんやファットんさん!」
「え!?」
思わず目を疑ってしまった。私の知ってるファットさんはまんまるの可愛いフォルム。だけど今ベッドにいるのは端正な顔立ちの細マッチョお兄さん。顔も小さくてモデルさんみたいだ。声が同じだから本人なんだろうけど頭が混乱する。どうやら激しい戦いで脂肪が燃焼されるとこの姿になるらしい。
「かっこいい……。」
戸惑いながらも本音を零すと彼の顔が綻んだ。
「ええ子やなあ!アメちゃんやろ!せやけど普段のファットさんもかっこええやろ?」
「あ、それはもちろん。あの、いつもと違ってまた一段とかっこいいという意味です。」
「そーかそーか、ほんまかわええなあみょうじちゃんは!わざわざお見舞い来てくれるし。」
そこ座りと促されてベッドの横の椅子に腰かける。いつもと違う外見のファットさんと話をするのはなんだか不思議な感じがして緊張してしまう。知らない人みたいだ。
「コスチュームのまま来てくれるくらい心配してくれとったんやな。目的はナイトアイなんやろうけど。」
「う、いえあの……。みんなのことも心配で。」
「わかっとるわかっとる。ナイトアイ以外は皆治療終わったみたいやで。切島くんは全身の打撲酷おてミイラになっとるけど命に別状はなし。環も顔面にヒビは入ったものの遺るようなもんやないそうや。俺は骨折何個かしとるけど一番軽傷。もう腹減ってしゃーないわ。」
ファットさんは私が急いで病院に来た理由を分かってくれてるみたいだった。一通りみんなの容体を説明してくれる。消太くんは10針縫ったけどもう動き回っているらしく、さっきこの病室に来ていたらしい。トガヒミコに刺されたロックロックさんも大事に至らない傷だった。エリちゃんは熱が引かず眠ったまま。起きて個性が暴走してはいけないので今は隔離状態らしい。
ファットガム事務所で唯一無傷の私。一緒に先頭に行けずにみんなが傷ついているのがたまらなく悔しかった。ファットさんはどうやらそれがお見通しのようで、沈んだ私を気遣ってくれる。
「みょうじちゃんはみょうじちゃんにしかできんことを精いっぱいやったんやから、そんなに気ィ揉む必要ないやろ。これは全員が限界超えて戦った証拠や。自分責める必要なんてどこにもない。」
涙がぽたりと膝に落ちた。俯いている私の顔を、ファットさんが覗き込んで笑った。
「女の子泣かせてしもたなァ。拭いてあげられる腕があったらよかったんやけど。」
ギプスが巻かれた腕を無理矢理動かそうとしていててと叫ぶファットさん。いつも通りに振る舞ってくれる彼の優しさがありがたかった。その温かさにじんわりと心が溶かされ、少しだけ口元が緩む。
「笑えるんなら大丈夫やな。その調子でナイトアイにも挨拶したり。」
「……はい。」
ファットさんはここに来てずっと暗い顔をしていた私の背中を押してくれているようだった。現実から逃げ出したくなってしまっていることに気づかれていたのかもしれない。向き合う覚悟を持たなくちゃ。涙を拭って彼を見据えると、「その意気や」と言って笑ってくれた。
勇気をくれたファットさんに頭を下げて病室を出る。それでも手術室に向かう足は震えていた。血だらけのナイトアイさんの姿が浮かんでは消える。駄目だしっかりしろ。私が希望を持たないでどうするんだ。必死で自分に言い聞かせていた。
エレベーターを降りると手術室の前にはすでに人がいた。バブルガールさんとセンチピーダーさん、リカバリーガールさん、そしてオールマイト。
「みょうじ少女も来ていたのか。」
「オールマイト、あの、ナイトアイさんは。」
嫌な予感がして容態を尋ねたけれど、答えを聞く前に緑谷くんと消太くんが現れた。
「オールマイト……!リカバリーガール!……何で。」
驚いた様子の緑谷くん。彼の問いかけにバブルガールさんの瞳がゆらゆらと揺れる。
「私が呼んだの。だって……。サー、いつもオールマイトの事……。」
顔を覆う彼女にセンチピーダーさんがハンカチを差し出す。それ以上は聞かなくてもわかってしまった。耳を塞ぎたくなる現実がお医者さんから告げられる。
「手の施しようがなく……正直……生きているのが不思議なほど……。」
「こうもなってしまっては治癒では何ともならないな……。」
リカバリーガールさんも眉を下げる。さっきファットさんから勇気をもらったばかりなのに。覚悟を決めたはずなのに。頭は真っ白で何も考えることができなかった。足が床にくっついたように動かない。
「残念ながら……明日を迎える事は……かなわないでしょう……。」
その言葉を信じたくなかった。急な吐き気に襲われて口元を抑える。倒れそうになった私の体を消太くんが支えてくれた。
最期の挨拶をと言われ、消太くんに寄り添われながら手術室へと向かう。全身がくがくと震えていて指先は冷たくなっていた。覚束ない足取りで部屋に入ると、そこにはお腹に無数の管を入れられているナイトアイさんが横たわっていた。直視できずに足が止まる。
オールマイトと緑谷くんがナイトアイさんに駆け寄り呼びかける。ナイトアイさんもそれに応えているようだけど、私の頭には何も入ってこなかった。
どうして。好きな人がみんな私の元からいなくなってしまう。今回私がこの件に関わってなかったら、こんな未来にはならなかっただろうか。駄目だと思っていてもそんなことばかり考えてしまう。自分の存在が恨めしかった。
「なまえ。」
静かな声が私の名前を呼んだ。ぼとぼと涙を落としながらそちらを見る。消太くんに腕を引かれて、ナイトアイさんの傍らに歩みを進めた。
私を見上げる彼の顔は穏やかだった。小さい頃よく遊んでくれてた時と同じ顔。余計に涙が溢れてくる。
「今日確信した……。君は……良いヒーローになれる。実直で誠実に正義と向き合うことができると……信じている。」
ゆっくりと確かめるように声を振り絞るナイトアイさん。けれど私はその言葉を素直に受け取ることができずに首を振る。やめて。最後みたいなこと言わないで。
「ナイトアイさん……お願い、いかないで……!誰も、っ置いていかないで……!」
たまらず叫ぶと彼は少しだけ眉を下げた。違う。こんな顔させたいわけじゃないのに。こんなこと言いたかったわけじゃないのに。それでも別の言葉は何も浮かばなかった。
「君を……残していくことがこんなにつらいとは……。彼に、なまえが頑張ってると……伝えておく……。」
ナイトアイさんが目を細めた。立っていられなくなって崩れ落ちる。
「サー!ナイトアイ!」
看護師さんの制止を振り切りながら通形先輩が走ってきた。彼はすぐさまナイトアイさんに駆け寄り、私は消太くんに抱きかかえられながら後ろに下がった。
「ダメだ!生きて下さい!死ぬなんてダメだ‼」
「ミリオ……辛い目に遭わせて……ばかり……。私が……もっとしっかりしていれば……。」
ナイトアイさんが後悔を口にすると通形先輩が悲痛に叫ぶ。
「あなたが教えてくれたから強くなれたんだよ!あなたが教えてくれたからこうして生きてるんだよ‼俺にもっと教えてくれよ‼死んじゃダメだって!!!」
その大きすぎる思いを聞きながら誰もが涙を流していた。けれどもう私たちの願いは届かない。彼と共に明日を迎えることは出来ない。約束したのに。一緒にお茶を飲みながら笑いあう未来。それが音を立てて崩れていく。
ナイトアイさんは最後の力を振り絞って通形先輩の未来を予知した。きっと誰よりも大切に思っていた愛弟子の行く末。彼にとっての希望。
「おまえは……誰より立派なヒーローになってる……。この……未来だけは……変えては……いけないな。」
その言葉に通形先輩の顔が歪む。ナイトアイさんは静かに続けた。
「だから、笑っていろ。元気とユーモアのない社会に明るい未来はやって来ない。」
何人もの嗚咽が重なる。ナイトアイさんは穏やかに笑ったあと事切れた。私はうまく現実を飲み込むことができず、消太くんの胸の中でわんわん泣いた。
救うことができなかったすり抜けていった手。今さら手繰り寄せてももう遅い。乗り越えられそうもない悲しみが波のように押し寄せて、胸が張り裂けそうだった。
部屋を出て待合の椅子に腰かける。横にはずっと消太くんがいてくれて、それが唯一の救いだった。ひとしきり泣いたあと、ぼんやりしながら彼の肩に頭を預ける。
「……私、何かできなかったのかなあ。」
ぽつりと呟くと消太くんはガシガシと私の頭を撫でた。
「私、抱えてたんだよ。ナイトアイさんのこと。お茶子ちゃんと一緒に抱えてたの。それなのに、何かもっと……っできることが、あったんじゃないかって……!」
また涙が滲んでくる。どれだけ後悔したってもうどうにもならない。死んだ人が戻ってこないことはよく知ってる。だけどやっぱり何かできることがあったんじゃないかって、一つ違えば別の未来もあったんじゃないかって、頭の中で思いが渦巻いて止まらない。
「お前らはみんなできる最善をやった。なまえもだ。今回のことで心に傷を負ってしまったのならそれは俺たちに責任がある。」
消太くんは慎重に言葉を選びながら慰めてくれた。だけど今は納得できなくて。彼が全ての責任を負おうとしていることが嫌だった。
「でも、」
「すぐに前を向けなくたっていい。お前のそれは忘れていい感情じゃない。ただ、今葛藤があるなら今後どうしたいのか考えてみろ。」
反論しようと口を開くと返ってきたのは意外な問いだった。今後どうしたいのか。そんなの決まってる。誰も死なせたくない。みんな助けたい。人の手を掴むことがこんなにも難しいということを、今日嫌というほど味わった。悔しい気持ちで誰かを見送るなんて、もう経験したくない。だから今度は誰もがこんな思いをしなくて済むように。その為に私は強くならなくちゃいけないんだ。
後悔も決意もぐちゃぐちゃで、言い表せるような感情じゃなかった。強くなりたいという意思はさらに固まったけれど、今日だけは前を向けそうにない。
朧くんもお父さんもいなくなって、ナイトアイさんも逝ってしまった。自分に関わったことで不幸にしてしまったんじゃないかと錯覚してしまう。それは間違いだってことはわかってるはずなのに、それでも自分を責める気持ちが消えない。罪悪感で押しつぶされそうだった。
「消太くん……。」
「なんだ。」
「お願いだからずっとそばにいて。いなく、ならないで。」
縋るような思いで呟けば、大きな手がさっきよりずっと優しい手つきで頭を撫でた。
「生憎いなくなる予定はない。安心しとけ。」
「……うん。」
不器用だけど優しい言葉。本気で言ってくれてるのかはわからないけど、気休めだっていい。今だけはこの脆い約束を信じていたかった。