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空中からだと瓦礫で何が何だかわからない。かろうじて緑谷くんの姿が認識できた。
「え、さっきの緑谷くんは……?」
応援を呼びに来ていたはずの彼は地下で戦っているようだった。一瞬で移動できるわけないしどういうこと?頭が混乱する。
「ね、私たちも行こう。」
「はい。」
不思議に思いながらも波動先輩と一緒に下に降りていくと聞き覚えのある声がした。仮面敵、Mr.コンプレスだ。
「敵連合……!」
消太くんの懸念していたことが現実になってしまった。まさか本当に連合がここにいるなんて。いやでもちょっと待って。もしかしてさっきの緑谷くんトガヒミコか。わざわざヒーローに加勢するような真似してどういうつもりだろう。やっぱり八斎會とは敵対してて、彼らを潰すためにヒーローを利用したってことだろうか。
情報量の多さに状況を把握できずにいると女の子の姿を見つけた。あれがエリちゃん。彼女の目は恐怖に染まっていた。
「ナイトアイの保護頼む‼」
どう動くべきか考えていると緑谷くんの声が響いた。慌てて周りを見て凍り付く。瓦礫の中、血だらけのナイトアイさんが倒れていた。
「っナイトアイさん‼」
急いで彼の元に着地する。梅雨ちゃんとお茶子ちゃんも一緒に来てくれた。ナイトアイさんのお腹には大きな棘のようなものが刺さっていて呼吸をするのさえ苦しそうだ。
「ナイトアイさん……ナイトアイさん……!」
ただ名前を呼ぶことしかできず視界はすぐに涙でいっぱいになる。彼は私を安心させようとボロボロのまま手をそっと握ってくれた。情けないことに私の手は震えていて、動揺でうまく頭も回らない。
人の死と向き合うことになる。突然通形先輩の言葉が思い出された。嫌だ。こんな形で、こんな風に向き合いたくなんかない。怖い、駄目。ナイトアイさんが死んじゃう。
「へい、きだ……。それより……みど、りや……。」
暗い気持ちでいっぱいになりそうだった意識がハッと引き戻される。そうだ緑谷くん。さっきエリちゃんを助けに行ってたけど。彼の方を見ると今まさに治崎とぶつかる瞬間で、緑谷くんの背中にはしっかりとエリちゃんの姿があった。
治崎の攻撃を躱そうと彼が足を踏ん張った途端、すごい音とともに天井が崩れた。瓦礫が降って来てリューキュウさんが私たちを羽で庇ってくれる。
「何、今の衝撃……。」
「デクくんは……!」
土煙でよく状況が見えない。緑谷くんの安否を確認しようと目を凝らす。けれど彼は上に飛んで行ってしまったようで地下からでは姿が確認できない。代わりに見えたのは瓦礫の中から立ち上がった治崎だった。
「だから……触りたくないんだ。使い方も能力も……教えてないのに。壊理……‼ダメだおまえは……俺のモノだ。オヤジの宿願を果たす為におまえがいるんだ壊理。」
治崎がうわごとのように何かを呟いている。禍々しいオーラに喉が鳴った。まっすぐこちらに向かってきて足が竦む。
「マズい!」
リューキュウさんの焦った声が響く。重傷のナイトアイさんにこれ以上近づいてほしくない。治崎の個性がどの程度のものなのかもわからないし、この場所での戦闘は避けたい。とにかく距離を取らなきゃ。恐怖と戦いながら、私も足に力を入れた。
「君たちは……大丈夫……だ……。」
「!」
聞こえてきたのはか細い声。ボロボロのままナイトアイさんが起き上がろうとしてた。すぐに梅雨ちゃんと一緒にその体を支える。
「駄目ですナイトアイさん、しゃべらないで……!」
「少なくとも……奴が今……君らを……標的にする……ことはない……。奴は……緑谷とエリちゃんを追って地上へ……出る……。そして……緑谷を……殺す。」
私の制止を無視して話を続けるナイトアイさん。最後まで彼の言葉を聞いた瞬間、息が止まったかと思った。緑谷くんが死ぬ。普段だったら全く現実味のない話。けれど治崎は私たちの近くで倒れていた活瓶のところにまっすぐ向かい、奴の体を破壊して自分と融合させた。そして治崎の体は形を変えながら大きくなっていく。とても人とは思えないような姿。目を覆ってしまうような邪悪さが、余計に緑谷くんの死を錯覚させた。
絶望的なナイトアイさんの言葉を聞いたお茶子ちゃんが急いで駆け出す。けれど活瓶の個性が聞いているようでうまく走れず倒れてしまった。
「それは……予知ですか……?」
「ああ……見たんだ……。」
ナイトアイさんは言っていた。予知で見た未来を変えることは不可能だと。今緑谷くんは生きてるのに、動いてるのに。私たちは何もできないっていうのか。ずっと一緒に笑って泣いて怒って、雄英で過ごしてきた彼がいなくなってしまう。そんなこと信じたくもない。それなのに。手も声も震えて涙が止まらない。
「君たちのその状態では……奴に向かっても……勝てない……。」
息も絶え絶えなナイトアイさんの言葉を、一筋の光が否定した。
「だからって何もしやんのはちゃうやろ!!?未来なんて何かせなかわらんやろ!」
はっきりと聞こえた彼女の叫び。頬を打たれたような感覚があった。駄目だ、まだここで弱気になんてなれない。起こってもない現実を嘆いて何もしないなんて、それこそヒーロー失格だ。いや、今はヒーローがどうとかいう話じゃない。ただ一人の友達を失いたくない。戦う理由なんてそれで十分だった。
お茶子ちゃんが瓦礫を浮かせて治崎を狙う。梅雨ちゃんにナイトアイさんを任せて私も横に並び立った。涙はいつの間にか止まっていて頭も冷静だ。私たちの敵はあいつ。まっすぐ治崎を見据えて腕を構えた。
すると後ろからまたナイトアイさんの声が聞こえた。彼もお茶子ちゃんの言葉に心を動かされたのだろうか。後ろを振り向いて彼の顔を見ると、今度は諦めたような表情ではなかった。
「壁の穴の先……ミリオがいるハズだ……フロッピー頼む。なまえ、ウラビティ、リューキュウ……私を……私と上へ向かってくれ。」
治崎はどんどん体を大きくしていき、とうとう地上まで到達した。もちろん緑谷くんのことは心配なままだ。けれどナイトアイさんには何か考えがあるのかもしれない。私たちは彼の言葉通りに動くことにした。
上では瓦礫の怪物のようになってしまった治崎と緑谷くんの戦闘がすでに始まっていて大きな音が聞こえてくる。地上であいつが暴れたら被害も大きくなる。なんとかすぐ倒さなきゃ。
「先行ってトルネード、ウラビティ!ナイトアイを救急車に‼お腹のトゲは抜かずに固定させて!さァ行って!」
リューキュウさんから指示を受けお茶子ちゃんと一緒に浮かぶ。彼女が個性でナイトアイさんの重力をなくしてくれているため、私はトゲが抜けないよう周りの空気を圧縮させて固定した。二人でナイトアイさんを抱えながら地上へと向かう。
地下から出ることができ、一度地面へと着地する。空を見上げて目に飛び込んできたのは、死闘を繰り広げる緑谷くんの姿だった。彼はエリちゃんを背負ったまま治崎からの攻撃を凌いでいた。瓦礫が無数の腕となり何度も緑谷くんを襲うけれど、彼には当たらない。ナイトアイさんが語った絶望的な未来とはまるでかけ離れた光景だった。
「ナイトアイ……デクくんが殺されるって……?本当……ですか。」
思わずお茶子ちゃんが口を開く。ナイトアイさんも信じられないといった様子で目を疑っていた。
「それが私の見た変えようのない未来。だが……これは……。」
緑谷くんの渾身の一撃が治崎に入る。そのまま奴の身体を投げ飛ばし、治崎はその巨体ごと地面に叩きつけられた。ナイトアイさんの予知とは違った未来。緑谷くんのエリちゃんを助けたいという思いが、絶望を捻じ曲げたのだろうか。
感動していたのも束の間、緑谷くんが地面に着地したけれど様子がおかしい。上手く動けず膝をついてしまい、周りには電磁波のようなものが出ている。もしかしてこれがエリちゃんの個性なんだろうか。
そんな二人を倒れたはずの治崎が最後の力を振り絞り巨大な腕で叩き潰そうとした。けれどその腕が電磁波のようなものに触れた瞬間、治崎は瓦礫の怪物から引き離され、元の人の姿に戻った。
「ウラビティ、ナイトアイさんお願い。」
急いで治崎のところまで飛んでいき風で身動きを封じる。すると地下から怪我人を救出したリューキュウさんたちが現れた。
「状況は!?」
「ナイトアイは後方でウラビティと一緒にいます。周辺住民には避難を呼びかけました。治崎は緑谷くんが気絶させてくれて今取り押さえてます。でも緑谷くんとエリちゃんの様子がおかしいんです……!」
治崎の個性が急に解除されたことといい緑谷くんが超パワーで怪我してないことといい、何かがおかしい。やっぱりエリちゃんの個性なのか。状況から察するに、巻き戻す力。このままじゃ緑谷くんが危ない。
「急に緑谷くんが苦しみ始めて……エリちゃんの力かもしれません!消太くんいますか!?」
治崎を抑えながらで余裕がなかったけど、彼はちゃんといてくれたらしい。泣き叫んでるエリちゃんの力が一瞬で抜けて二人は地面に倒れ込んだ。
「梅雨ちゃん治崎の拘束お願い!あとは警察の方……その前にナイトアイさん。お茶子ちゃんと一緒に救急車まで運びます!」
「任せたわ!他の動ける人は被害者がいないか確認を‼救急車ありったけ呼んで!敵連合メンバーが近くにいるかもしれない捜索を!」
リューキュウさんの指示を受けながらすぐに救急車へと向かう。ナイトアイさんはいつもより弱々しく見えて、また恐怖が戻ってきた。もう誰にも死んでほしくない。大事な人をなくしたくない。祈ることしかできない自分がもどかしかった。
救急隊員の方にナイトアイさんを送り届けた後、被害者の確認へと急いだ。どれだけ悲しくても苦しくても、私は今ヒーローだ。空中から巻き込まれた人がいないか探す。幸いこの十字路付近以外は建物の被害はない。緑谷くんが考えて戦ってくれたんだろう。あの状況の中よくそこまで気が回ったものだ。
「こちらには被害者はいませんでした。」
「ありがとうこっちもだよ!デクくんすごいねこの大穴。利用して大きいのと戦ってたんだ難しいのにね。」
「本当に。被害がこれだけで済んだのは彼のおかげです。」
報告のためにプロヒーローと警察の元へ戻る。治崎の分解による家屋倒壊は4棟。一般市民の被害はかすり傷程度の軽傷者が3名。人通りの少なかった時間帯だってこともあるだろうけど、本当に緑谷くんの力が大きい。
ナイトアイさん含め今回の戦いで怪我をした人たちは最寄りの大学病院へ搬送された。確認に追われて顔を見られなかったけど、切島くんや通形先輩も心配だ。
「こっちはもう大丈夫よ。お疲れさま。確認も済んだし事務所に戻りましょう。ファットも運ばれてしまったから、トルネードも一緒にウチにいらっしゃい。」
報告も終わり、リューキュウさんから指示が出される。ファットさんが病院に行き一人になってしまった私を気遣ってくれているようだった。けれど私は首を縦に振るのを躊躇ってしまった。治崎が捕まってこの事件は解決したと言っていいはずなのに、私の心は全然晴れない。
「リューキュウさん。あの、病院って行ってもいいですか……?」
「……心配なのね。」
「はい。みんなもですけど、私、ナイトアイさん知り合いで。小さな頃から可愛がっていただいてて……それで……っ。」
駄目元で聞いてみると、彼女はわかっていたかのように眉を下げた。それがあまりに温かい表情でどんどん涙が溢れてくる。リューキュウさんは困ったように笑って私の涙を拭ってくれた。
「行ってきなさい。ほら、涙拭いて。それじゃあ目を覚ましたナイトアイに笑われちゃうわよ。」
私を気遣ってくれる精いっぱいの言葉。だけどそこにはナイトアイさんが助かるという文言はなくて。どれだけ危険な状態なのか嫌でも理解しなければならなかった。
死穢八斎會治崎からのエリちゃん救出。とてつもなく長く感じられたけれどほんの1時間足らずで事件は解決に至った。けれど代償は大きい。突きつけられる無情な現実がもう間近に迫っていた。