仮免試験
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あれから四日。相変わらず体育館γで圧縮訓練中だ。
ここ数日はもっぱら空中でバランスを取りながら攻撃する練習をしている。集中して足で空気操作し、体を地面から浮かせる。空中での動きを保ったままセメントス先生に作ってもらった障害物を壊す。粉砕した瓦礫を片手で巻き上げ周りへの被害は最小限に。
一連の流れに大分慣れてはきたけどエクトプラズム先生との対人訓練になると精度が落ちる。もっと空中でもうまく立ち回る練習をしないと。仮免試験で落下して退場は避けたい。
ふと遠くを見ると分厚い壁を壊している爆豪くん。彼の爆破もどんどん威力を増してる。さすがだなあ。私も負けてられないと再び空中に飛ぼうとした瞬間、彼が爆破した壁にひびが入り大きな瓦礫が落下していくのが見えた。下にいるのは病み上がりのオールマイト。
「あぶな……!」
咄嗟に風を送ろうとしたけどそれより早く飛び出した人影。緑谷くんが素早く反応してシュートスタイルで瓦礫を破壊、オールマイトに怪我はなかった。
一部始終を見ていた何人かが彼の元へ集まる。オールマイトの安否確認はもちろんだけど、今までパンチスタイルだった緑谷くんの初めて見る戦い方。私も興味津々だ。ふよふよと空中を飛んで彼のいる場所に着地する。
「何緑谷!?サラッとすげえ破壊力出したな!」
「おめーパンチャーだと思ってた。」
「キックスタイル初めて見たかも。」
「上鳴くん、切島くん、みょうじさん。」
緑谷くんは合宿の敵襲撃で両腕をかなり酷使してしまったようで、足を使う戦闘に方向性を変えたのだそうだ。以前よりパワーが上がってるのは発目さん考案のソールのおかげで、体の使い方は飯田くんに教わったらしい。
「それより……皆もコスチューム改良したんだね!」
「あ!?気付いちゃった!?お気づき!?」
「ニュースタイルは何もおめーだけじゃねえぜ!俺ら以外もちょこちょこ改良してる。気ィ抜いてらんねえぞ。」
ドヤ顔でコスチュームを見せてくれる上鳴くんと切島くん。クラスの皆もサポートアイテムが増えたりしてそれぞれ前進してるようだ。
私もこれまで履いていたブーツを風が送りやすいよう改良してもらった。見た目はあまり変わってないけど、空気の通り道をいくつも作って空中での移動のしやすさがアップしてる。足での空気操作が可能になった分、緑谷くん同様キックスタイルで攻撃のバリエーションも増えた。けどまだ戦い方は模索中。私も飯田くんに体の使い方習おうかなあ。
さらに発目さん考案でサポートアイテムも追加した。青色の手袋。風を集めやすくなって攻撃の威力が上がるらしい。彼女の優秀さは体育祭で証明されてるので、お言葉に甘えて意見を採用させてもらった。あとは騎馬戦の時に彼女のベイビーを壊してしまったので断れなかったっていうのもある。結構恨み言を言われた。ごめん。
「つーかさ、スタイル変わってんのみょうじもじゃねえ?」
「あ、確かに!なんか前とは違う飛び方してない?」
「ふふ、お気づきで。実は足でも空気操作できることに気づいちゃって。かなり素早く空中で攻撃できるようになってるんだよね。」
「それとんでもなくすげえ進歩なんじゃねえのか!?」
「つーか今まで気づかなかったのかよ。」
「いやほんと青天の霹靂でして……。お父さんも腕しか使ってなかったから既成概念に囚われちゃってたんだねえ。」
みんな私の変化にかなり驚いてくれた。自分自身こんなに戦い方の幅が広がるなんて思ってもみなかった。心操くんには頭上がらないなあ。改めて心の中で感謝を唱える。
上鳴くんが俺のも見て!とスタイル自慢しようとしたところで、急に体育館の入り口から声が響いた。
「そこまでだA組!!!今日は午後から我々がここを使わせてもらう予定だ!」
声の主はブラド先生。交代の時間だったようでB組の面々が続々と入ってくる。明け渡すにはまだ10分弱あると消太くんは不満そう。担任同士でバチバチ状態。仮免試験まで時間がないからかいつもより険悪ムードだ。
「ねえ知ってる!?仮免試験て半数が落ちるんだって!A組全員落ちてよ‼」
彼はいつも通りだなあ。体育館に入って早々喧嘩売ってきたのはもちろん物間くん。感情がストレートすぎてちょっと笑ってしまった。彼のコスチュームは黒のタキシードでなかなかかっこいい。本人は煽りながらひたすら高笑いしてて怖いけど。
「しかし……もっともだ。同じ試験である以上俺たちは蟲毒……潰し合う運命にある。」
珍しく物間くんの意見に賛同する常闇くん。蟲毒って日常会話で初めて聞いた。
でも確かに仮免試験一緒に受けるのならその可能性もあるんだよね。合格しなきゃいけないからって拳藤さんたちと戦うのは嫌だなあ。同じ会場に同じ学校の人が41人もいたら仕方ないのかもしれないけど。
「だから、A組とB組は別会場で申し込みしてあるぞ。」
「え、そうなんですか?」
「ああ。ヒーロー資格試験は毎年6月・9月に全国三か所で一律に行われる。同校生徒での潰し合いを避ける為、どの学校でも時期や場所を分けて受験させるのがセオリーになってる。」
消太くんとブラド先生の説明にちょっと心が軽くなる。それは彼も同じだったようで、私以上に大きな息を物間くんが吐いた。
「直接手を下せないのが残念だ‼」
「ホッ、つったな。」
「素直じゃないよね。」
「病名のある精神状態なんじゃないかな。」
明らかに安心してる様子なのにまだ煽ってくる物間くん。強気なのは良いことだよね。上鳴くんと切島くんとひそひそ話す。
「どの学校でも……。そうだよな、フツーにスルーしてたけど他校と合格を奪い合うんだ。」
「しかも僕らは通常の修得過程を前倒ししてる……。」
瀬呂くんと緑谷くんの発言に背筋が伸びた。当たり前だけど半数以上は私たちより先輩なんだ。その分長く個性を使う練習をしてきてる。そしてその中で私たちは戦わなきゃいけない。
「1年の時点で仮免を取るのは全国でも少数派だ。つまり君たちより訓練期間の長い者、未知の個性を持ち洗練してきた者が集うワケだ。試験内容は不明だが、明確な逆境であることは間違いない。意識しすぎるのも良くないが忘れないようにな。」
訓練の期間が人より短いということはそれだけ試験には不利だということ。自分たちの置かれている状況を理解するのに消太くんの言葉は十分すぎるくらいだった。試験まではあとたった数日。けれど泣き言なんて言ってられない。絶対合格してやるという気持ちはこの場の全員同じだ。死ぬ気でやらなきゃと改めて気合が入る。
その後も空いているグラウンドを使って各自訓練した。もう時間がないのもあってみんな必死で技を模索してる。私もさらに安定した攻撃ができるよう、何度も空中での動きを確認した。
その夜の共同スペース、女子だけでソファに集まっている。こうやってすぐにみんなと情報交換できるのは寮生活の良いところ。あと単純に女子会みたいで楽しい。
「フヘエエエ、毎日大変だァ……!」
「圧縮訓練の名は伊達じゃないね。」
「あと一週間もないですわ。」
「焦っちゃうよね。」
連日の訓練でクタクタだけど、今は休んでもいられない。正直スタイルを固めるのに焦りもある。それはみんな同じようで、今日も暗くなるまでそれぞれ別のグラウンドにいた。
「ヤオモモは必殺技どう?」
「うーん、やりたいことはあるのですがまだ体が追いつかないので、少しでも個性を伸ばしておく必要がありますわ。」
「わかる。私も対人での空中戦かなり苦戦中……。」
「前とスタイル変えたんだっけ?」
「そう。体使いこなせるようになれば前より有効な空中戦出来るようになるんだけど、如何せん慣れなくて。」
「ウチもコスチューム改良したしもっと動き方考えないと。」
響香と一緒に項垂れる。頭でこうしたいっていうのはちゃんとあるけど、イメージ通りに体を動かすのってかなり難しい。何度も落下しそうになるし、怪我をしないように必死だ。
「梅雨ちゃんは?」
「私はよりカエルらしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもびっくりよ。」
梅雨ちゃんの訓練はなかなか順調みたい。カエルらしい技。どんなのだろう。みんなのパワーアップした技も早く見てみたいなあ。
「お茶子ちゃんは?」
声をかけたけど反応がない。お茶子ちゃんは私たちの呼びかけに気づかずぼんやりジュースを飲んでいる。そういえばさっきから発言してなかったな。どうしたんだろう。
「お茶子ちゃん?」
「うひゃん‼」
梅雨ちゃんが不思議そうに肩をつつくとお茶子ちゃんが飛び上がった。完全に別のところに意識があったようで予想以上の反応を見せる。ありゃ、ジュース零れちゃった。
「お疲れの様ね。」
「いやいやいや‼疲れてなんかいられへんまだまだこっから!」
気合十分な様子を見せてくれるお茶子ちゃん。けれどやっぱり何か思うところがあるようで。いつもの明るい笑顔から少ししおらしい表情に変わる。
「……のハズなんだけど。何だろうねえ。最近ムダに心がザワつくんが多くてねえ。」
「考えることいっぱいで焦るよね。」
「うーん。」
私も同意したけど彼女のザワつくの意味とは違ったようで曖昧に相槌を打たれた。
「わかった、恋だ。」
「ギョ。」
ギョギョ。三奈ちゃんの鋭い指摘にお茶子ちゃんがハコフグの人みたいになってしまった。途端に彼女の顔が赤くなり腕をあたふたさせる。
「な、何!?故意!?知らん知らん!」
「緑谷か飯田!?一緒にいること多いよねえ!」
「チャウワチャウワ!」
あ、なんかこのチャウワ前にも聞いたことある。青山くんとの期末試験の時だ。彼にも質問されてたけど、やっぱりお茶子ちゃん緑谷くんのこと好きなんだろうか。あまりに動揺しすぎて個性で浮かんでしまっている。
「誰ー!?どっち!?誰なのー!?」
「ゲロッちまいな?自白した方が罪軽くなるんだよ。」
三奈ちゃんと透ちゃんはともかく響香まで楽しみ始めてる。いつもは自分が追及される立ち位置なので人のこういう姿を見るのは新鮮だ。申し訳ないとは思いつつもちょっと楽しくなってしまう。
「違うよ本当に!私そういうの本当……わからんし……。」
お茶子ちゃんの語尾が段々尻すぼみになっていく。興味がないわけではないけどあまり追及するのも可哀想だ。こういう時になんて返したらいいのかわからないのは私も一緒だし。
「あの、その辺で……。」
「そうね、無理に詮索するのは良くないわ。」
「ええ。それより明日も早いですしもうオヤスミしましょう。」
私が声をかけると梅雨ちゃんと百ちゃんも賛同してくれた。けれど三奈ちゃんたちはかなり不満そうだ。
「ええー‼やだもっと聞きたいー‼何でもない話でも強引に恋愛に結び付けたい――!!!」
「じゃあ今度はなまえちゃんの話しちゃう!?」
「ナンカネムクナッテキタナー!」
流れ弾が飛んできたので全力で回避。捕まらないよう素早く立ち上がって女子棟に帰る準備に取り掛かる。解散ムードになり三奈ちゃんたちも渋々腰を上げて、ようやく部屋に戻ることになった。お茶子ちゃんは最後までそんなんじゃないと否定してたけど、顔を見れば何か特別な思いがあるのは明らかだった。
訓練も恋愛も、学生の身では悩みが多い。考えることがたくさんで頭がパンクしそうだ。しかも今は目の前に試験という高い壁が迫ってる。横を見るとやっぱり浮かない顔のお茶子ちゃん。真面目な分、きっと自分を追い詰めてしまうこともあるのだろう。彼女が後悔しない答えを出せるといいなと思いながら、自室へと向かった。