インターン
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ミーティングルームに戻ると中にはまだナイトアイさんの姿があった。私を見つけると彼の方から近づいて来てくれる。
「わざわざ来てもらってすまなかった。久しぶりだから少しでも話をしておきたくてな。」
「いえ、こちらこそご無沙汰していて申し訳ないです。お話しできて私も嬉しいです。父の葬儀の時はありがとうございました。」
深々と頭を下げる。ナイトアイさんと会うのはお葬式の時以来だ。エンデヴァーさんほどではないけど彼も父と親交の深かったヒーローの一人。私のことも小さい頃から気にかけてくれている。先ほどまでの緊迫した雰囲気はそこになく、穏やかな顔で頭を撫でてくれた。
「なまえにも協力を要請することになるとは思わなかった。」
「私もびっくりです。」
「いい働きをしてくれそうだ。会議中も理解が早くて助かった。なまえが銃弾を保管してくれていたおかげで調査も進んだ。」
久しぶりだからだろうか。ナイトアイさんから次々褒め言葉が降ってくる。彼も私との再会を喜んでくれてるのかもと思って嬉しかった。
「いえそんな。銃弾が手に入ったのは切島くん……レッドライオットのおかげですし。でも、少しでもお役に立てるように私もできる限りのことはするつもりです。」
「……良い目だ。君の父親にも見せてやりたかった。」
私の返事を聞いて彼は目を細めた。嚙みしめるように呟いたその声が、なぜだか耳から離れない。
「近いうちにまた家にお邪魔させてもらおう。今回の件でのなまえの頑張りを、タイフーンにも報告せねばならないからな。」
「ふふ、楽しみに待ってますね。」
再びナイトアイさんの綺麗な指が私の頭を撫でる。小さい頃を思い出すようで温かい気持ちになった。にっこり笑って返せば彼も少しだけ微笑んでくれた。
「呼び止めてすまなかった。今後もよろしく頼む。」
「こちらこそ、精いっぱいやらせていただくのでよろしくお願いします。」
もう一度お辞儀をして、その後はあっさり帰された。本当はもう少し話したかったけど、そうもいかない。この案件が終わったら一緒にお茶でも飲めるかなあ。
「挨拶だけだっつったろ。」
「本当に他に用事なかったのかな、ナイトアイさん。」
「あの人もおまえさんが可愛いんだろ。汲み取ってやれ。」
「そう、なのかなあ。」
消太くんに見送られながら事務所を出る。彼はまだヒーローたちと話があるらしい。バイバイするとちゃんと手を振り返してくれた。なんか可愛い。
空を見上げていると、さっきのナイトアイさんの顔がぼんやり浮かんできた。久しぶりに彼と話せて嬉しかったけど、少し寂しい気持ちもある。
父と仲が良かったヒーローはみんな私に優しくしてくれる。単純に昔から知っている子を気にかけてくれてるのもあるんだろうけど、みんなどこか私の向こうを見ながら話している。今日のナイトアイさんはそれが顕著に出ていたような気がした。
亡くなった人は戻ってこない。だからこそその面影を重ねてしまうのかもしれない。みんな父を忘れたくないのだ。その視線が自分にとっていいものなのか悪いものなのかはわからない。複雑な気持ちではある。けれど彼の積み重ねてきたものは大きかったのだと今更ながら思い知る。ナイトアイさんの細められた目を思い出しながら、寮へと急いだ。
その後調査の間、私たちはいつも通りの学校生活が続いた。エリちゃんの居場所が特定できるまでは待機ということになったのだ。インターンに関しては一切の口外を禁止され、誰にも話すことができなかった。どこから漏れるかもわからないので、事情を知っている四人とも事件について話せない。不安にも近いモヤモヤした気持ちを抱えたまま、来るべき時に備えて訓練を続けるしかなかった。
私はあれから寝不足だった。気を抜くとエリちゃんの話が思い出され、その度に気分が沈んだ。まだ彼女の顔すら見たことがないのに、怯えた表情や銃弾の実験台にされている姿が浮かんできてしまう。そしてそれが夢にまで出てきた。見たことないその女の子の顔は自分の顔へと変わっていき、身体を引き裂かれて泣き叫んでる自分の声が頭に響いた。よっぽど彼女の方が辛い目に遭っているのに、やっぱり重ねてしまってるのか。繰り返される悪夢に焦る気持ちは募っていくばかりだった。
今日の放課後は心操くんとの訓練。消太くんがインターンのことで忙しいため二人だけだけど、いつも以上に気合が入った。ある程度対人訓練をして今は休憩中。
「なんか、鬼気迫ってるね。」
「え、そう?怖い?」
「いや……。わかんないけど、思い詰めてる感じ。」
心操くん鋭いな。普段通りに努めてたはずだけど見破られてしまった。私がわかりやすいのかもしれない。情けないなあと肩を落とす。
訓練に身が入らないことはない。むしろ没頭した方が気が紛れるし、インターンに向けて集中力も上がってる。だからこそ力が入りすぎてしまう。それに気づくんだから心操くんやっぱり侮れない。もしかしたらヒーロー科以上に観察眼があるのかもしれない。
「確かに煮詰まってるかもなあ。」
ため息を吐きながらその場に倒れ込む。大の字になって天井を見ていると心操くんが心配そうに覗きこんだ。
「俺なんかが言ってもだけどさ、そういう時って視野狭まるからもうちょい肩の力抜いてもいいんじゃない。気晴らしなら付き合うから。」
彼の優しさがありがたかった。危うく涙が出かけたけど事情を話せない彼の前で泣くわけにもいかない。ぐっと飲みこみわざと笑顔を作った。
「じゃあ、鬼ごっこ一緒にしてもらおうかな!」
「なんか久しぶりだな。いいけど。」
とにかく今できることは限られてる。その中で最大の努力をしなくちゃ。勢いよく体を起こして心操くんの腕を引っ張る。困ったように笑った彼はそれでも私に応じてくれて、しばらく何も考えずに追いかけっこに興じた。
夜になりお風呂に入ったあと共同スペースに来てみた。あまり一人になりたくなかったのだ。だけどこんな時に限って誰もいない。なんだかなあと思いながら不安な気持ちのままソファに倒れ込んだ。
緑谷くんたちもみんなこんな感じなんだろうか。周りにばれちゃいけないから彼らの気持ちもわからない。それぞれが普段通りを装って過ごしている。せめて消太くんの部屋に行って落ち着かせてもらおうかなあ。いや任務でいないか。
今日何度目かわからない大きなため息を吐いた。このまま待っても誰も来ないかもしれないし部屋に戻ろう。寝転んでいた体を何とか起こそうとしていた時、今あまり会いたくない人が現れた。
「お、みょうじ一人?」
いつもと同じ飄々とした様子の瀬呂くん。彼は私を見つけると迷うことなく声をかけてくれた。
「うん。ソファ一人占めしてた。」
「リッチかよ。」
自然な流れで彼が隣に座る。なんか顔見るだけで泣きそうだ。それでも心の動揺を悟られないよう普段通りに努める。
どうしたのって聞かれたら思わずしゃべってしまいそうで、彼の優しさに甘えてしまいそうで。二人きりになりたくなかった。けれど私の気持ちを知るはずもない瀬呂くんは気にせず笑いかけてくれる。
「インターン組今日すげえ頑張ってたな。放課後自主練もしてたんだろ?エライエライ。」
ポンポンと彼の大きな手が私の頭を撫でる。いつもなら子ども扱いだって笑顔で返すところなのに、今日はそうはいかなかった。泣いちゃ駄目だと思えば思うほど感情に制御が効かなくなって、一瞬で視界が滲む。突然ポロリと零れた涙にさすがの彼も目を見開いた。
「……どした。」
「ごめ、何でもない。」
「何でもなくないでしょ。瀬呂くんとの約束忘れた?」
両腕を掴まれて顔を覗き込まれる。こうなるってわかってたから泣いちゃいけなかったのに。つくづく瀬呂くんの前だと情けなくなってしまう。
「……っ本当にごめん。言えないの……。」
涙が次々に溢れてくるけどもちろん事情は話すわけにいかなくて。決して口を割ろうとしない私の意志が伝わったのか、瀬呂くんはすぐに手を解放してくれた。
「わかった。じゃあ無理には聞かない。その代わり、はい。」
瀬呂くんが目の前で両手を広げる。理解が追いつかずに呆けているといつのまにか彼の腕の中に閉じ込められていた。
「え、」
「瀬呂くんの胸貸したげるから。泣きたいときは泣いときゃいーのよ。」
あやすように背中をトントンしてくれる。その手から温かさが伝わって一気に涙が溢れてきた。頑張って止めようとするけどできなくて、せめて誰にも見られませんようにと必死で祈った。瀬呂くんは事情を知らないはずなのに、私が泣いてる間ずっと大丈夫と唱え続けてくれた。
しばらくして涙が引っ込むと恥ずかしさが込み上げてくる。そろりと瀬呂くんの胸から顔を離す。こんなに距離が近かったのかと今更ながら熱くなった。
「お、もう平気そう?」
「……うん。ありがとう。服汚しちゃって、ごめん。」
「いーのいーの。勲章ってことで。ちょっとはスッキリした?」
そう言われて頭のモヤモヤがいなくなってることに気づく。必要以上に思い詰めてた悪いものが涙と一緒に流れていったような気がした。
「お、おかげさまで。ごめんね何も話せなくて……。」
「そのことはもう謝んないの。話せる時が来たら話してくれるんでしょ。」
瀬呂くんは特に気にする様子もなく笑ってくれた。その言葉から信頼してくれてるのがわかって、じんわり胸が温かくなっていく。
「うん。」
「んじゃそれまで待つわ。」
彼はそっと私の涙を掬った。何も聞かずに側にいてくれることが本当にありがたかった。
「今日はもう寝なさいよ。睡眠大事、な。」
「……ん、そうする。」
「目冷やしてからな。」
私の頭を撫でたあと共同キッチンに向かっていく瀬呂くん。タオルを水に濡らして持って来てくれた。至れり尽くせりで申しわけない。
濡れタオルを目元に当てるとひんやりして気持ちよかった。腫れが引くまでと言って彼はずっと隣にいてくれた。早く寝なくちゃいけないのにこの時間を終わらせたくないと思ってしまう。今だけは瀬呂くんで頭がいっぱいで、他のことを考えずにいられた。