番外編
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
放課後泡瀬に対人訓練を頼んでグラウンドで自主練。しばらくやり合ったあと空が暗くなってきたので帰るかということになった。
明日の授業について確認しながら下駄箱に辿りつくと、そこにいたのは憧れの彼女。みょうじさんだ。結局敵の襲撃があって合宿でも話せなかった。思わず固まってしまう。まさかの彼女から声をかけてきてくれ、俺の緊張に拍車がかかる。
「二人も今帰り?」
「ああ。みょうじネットニュースになってたな。見たぜ。」
「ええ、恥ずかしい。」
「記事スクショした。」
「な、なんで。」
初会話のはずの泡瀬が間髪入れずに話題を返す。切島と一緒に写っていた彼女のサイドキックとしてのデビュー記事。泡瀬はスマホのスクショを見せて笑っている。すげえなこいつ。俺もその記事は黙って保存したけどそんなこと本人に言えるわけない。コミュ強すぎるだろと距離の詰め方に唖然とする。
それにしても恥ずかしがってるみょうじさん、可愛い。その顔が向けられてるのが俺じゃないっていうのはこの際無視したい。
「あれは切島くんがすごかったんだよ。私後方で避難誘導しただけだもん。」
「謙遜すんなって。」
「いやほんとなんだって。」
みょうじさんも泡瀬に絆されていってるのか段々口調が砕けてくる。中学同じだったのかと錯覚するレベルで打ち解けてる。百戦錬磨かよ。
泡瀬はチャラくねえのに女子ともすぐ仲良くなれる。女友達も多い。見習いたいとか羨ましいとかいう気持ちはあるけど到底俺には真似できそうにない。
泡瀬がしゃべればしゃべるほど俺が黙ってるのが浮いてしまう。けど何も話題浮かばねえし相槌打つのがやっとだ。なんとなく一緒に寮まで帰る流れになって、心の中では死ぬほど舞い上がってんのに言葉はそれについて来ない。やばいぞ、このままじゃつまんねえ奴だと思われる。まだ会話すらまともにできてないのに嫌われるのだけは避けたい。
「回原借りてきた猫みたいになってんな。」
「……なってねえ。」
突然泡瀬に話を振られる。ずっと緊張したままの俺に気遣ってくれたんだろうけど茶化すなよ。今俺いっぱいいっぱいだぞ。面白がってる様子が恨めしくなり思わず睨んでしまう。
「あんまりこんな機会もねえし何か聞きたいこととか聞いとけば?」
「聞きたいことって……。」
漠然としたパスに戸惑う。聞きたいことって何だよ。色々ありすぎてまとまらない。瀬呂のことどう思ってんのとかほんとは聞きたい。でも話したことないやつにそんなこと急に言われても不審がられるだけだろう。どうする。なに聞けばいい。
ちらりと彼女の方を見ると視線がぶつかる。俺の答えを待つようにじっと見つめられて一気に顔が熱くなった。耐えきれずにすぐに顔を背ける。
「好きな食べ物とか……?」
「お見合いかよ。」
なんとか絞り出せたのは小学生並みの質問。泡瀬が横で噴き出した。あ、終わった。そう思って半ば絶望に包まれながら彼女の様子を窺うと、馬鹿にすることもなく真剣に考えてくれていた。女神か。
「なんだろ、甘いものかなあ。チョコとか。」
「そう、ですか。」
チョコ。あまりに想像通りの可愛い答え。よくわからないけど心の中でガッツポーズした。
「ふふ、敬語じゃなくていいよ。回原くんは何か好きなものある?食べ物じゃなくても。」
「カ、カメラ。」
「カメラ?撮る方?」
口をついて出たのは趣味のこと。彼女が俺に向かって笑いかけてるのが夢みたいで正直ちゃんと答えられてるかわからない。頭がフワフワしてる。彼女は嫌な顔一つせずテンポの悪い俺との会話を受け止めてくれている。
「あ、ああ。得意とかじゃなくて、趣味でやってるだけなんだけど……。」
「すごい。」
ぱあっと彼女の顔が明るくなる。大きな目に見上げられて心臓がうるさい。直視できずに思わず目を瞑った。
「今度みょうじも撮ってもらえよ。」
「え、いいの?」
泡瀬がからかうと彼女はそれを真に受けてくれた。キラキラした瞳に見つめられて俺は頷くだけで精いっぱいだ。
「みょうじさんが良いなら。」
「嬉しい。本格的なカメラで写真撮ってもらうのはじめてかも。」
心なしかテンションが上がってるように見える彼女。あまりに可愛い。俺も彼女の写真手に入るし最高。あとで泡瀬に何か奢ろう。
「よかったなみょうじ。俺とみょうじのツーショットも頼むわ。」
「泡瀬のはいらねえ。」
泡瀬のボケにほとんど反射で返してしまった。舞い上がってたのかもしれない。やばいと思った時にはもう遅くて。取り返しのつかない事態に心臓がバクバクと鳴った。泡瀬のはいらねえって。みょうじさんの写真だけでいいって言ってるみたいじゃねえか。こんなのほぼ告白だ。最悪すぎて泣きたくなってきた。必死で言い訳を探す。
「あ、いや。今のは違う。」
「うん、あの。大丈夫。わかってる。」
顔が熱いまま半泣きで否定すれば彼女からも歯切れの悪い返事。不思議に思って顔を見るとみょうじさんも真っ赤だった。え、何だこれ可愛い。俺のやらかした発言に対して照れてるのがわかって余計に熱が上がった。隣の泡瀬は面白がってるようでニヤニヤ俺の方を見てくる。その顔やめろ。
学校から寮の距離なんてたかが知れてて。すぐに目的地は見えてきた。もっと話したい気持ちはあったが引き止めるわけにはいかない。この後会話続けられる自信もねえし。
1年全員同じ棟ならなあと叶うはずのない夢を見てしまう。名残惜しいが彼女から挨拶が切り出されたので仕方ない。項垂れながらポケットに手を入れるとがさりと何か手に当たった。
そう言えば今日持って来てた。これもしかしてチャンスなんじゃねえのか。
「じゃあまた明日ね。」
「おう今日はありがとな。」
「こちらこそ。話せて嬉しかった。回原くんも、今度カメラお願いします。」
「あ、ああ。」
彼女の声に意識が引き戻される。悪戯っぽい顔が可愛くて二つ返事で了承した。彼女はおやすみと言ってくるりと向きを変える。
仕方なく俺たちも反対方向に歩き始めた。どうする俺。また千載一遇のチャンスを逃してしまう。いやでも今さらこれだけ渡されても謎だろ。今回も諦めるしかないかとため息を吐いたら、横から泡瀬に小突かれた。
「お前なあ、もうちょい頑張れよ。」
「え。」
「俺にとってみょうじは可愛いと思うだけだけどさ。回原はそうじゃねえんだろ。」
「……ああ。」
「んじゃちゃんとやってこい。」
背中を叩かれる。こいつこんなに男前だったっけ。助言に突き動かされて、っていうのが少々癪だが俺はようやく走り出した。すぐに彼女に追い付いて声をかける。驚いた様子で彼女は振り返った。
「……これ。あったから。」
言葉足らずにそう絞り出す。俺の手にはチョコの包み。今日たまたま持って来ていたものだ。何でもいい、彼女ともっと仲良くなれれば。
「え、くれるの?」
彼女はまじまじと俺を見ていた。当たり前だ。わざわざ走ってきてこれだけ渡すなんて状況によっちゃ事案だ。断られたらどうしようかと嫌な汗が滲んでる。
「うん、良かったら食べてくれ。いらなかったら捨てていい。」
「捨てない捨てない。ちゃんと食べるよ、ありがとう。」
照れ隠しの為にそう言えば彼女は慌てて受け取ってくれた。ほっとして思わず口許が緩む。しっかりと彼女の手に握られた俺の渡したチョコ。たったこれだけのやり取りなのに満足感が出てきてしまう。とことんポンコツだ。
今度こそ別れを告げてお互いの寮へと帰る。ありがとうと笑った彼女が頭から離れなかった。上手く顔が見られなかったけど、なんだか彼女の顔も赤かった気がする。思わず鼻歌を漏らしながら、俺は泡瀬の後を追いかけた。
1/7ページ