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大通りで天喰先輩の姿を見つけ、無事合流することができた。全員揃ったところで切島くんと私はさっきの男が使用していた薬らしきものについて説明した。
「個性がパワーアップか……。そのクスリは日本じゃ禁止されとるヤツやな。効果の短さから見てアジア系の粗悪品や。米製なら一~二時間はキく。」
ファットさんは腕組みしながら難しそうな顔をした。粗悪品であの威力ってことはもっと質の高いもの使われてたら負けてたかもしれない。不幸中の幸いってやつだ。
「詳しいンスね‼すげえ。」
「俺昔はポリと協力してそういうんばっか捕まえとったんやで。」
「薬物の捜査って刑事ドラマみたいですね。」
せやろとファットさんはどこか誇らしげ。やっぱりかっこいいなあプロヒーロー。警察との連携もスムーズだし信頼されてるって感じ。街の人がファットさんの顔を見るだけで安心する。私もそんなヒーローになりたい。
「ファット‼奴が発砲した拳銃やけど!」
報告を続けていると後ろから警察の人が走ってきた。手には破片が入った袋が握られている。
「個性で粉々に砕いとった!弾はなかった。あとこれ普通のチャカやないで。とりあえず色々調べて報告するわ!」
「わざわざありがとな。そうか……。」
警察の人の説明に神妙な面持ちになるファットさん。わざわざ銃を破壊したってことは、相当ヤバいところから入手したのかもしれない。銃本体がばらけてしまってる以上重要な手掛かりはさっきファットさんに渡した弾。切島くんが使用前に弾いてくれたおかげで綺麗な状態で残ってる。こちらも警察で解析を進めてくれるようだ。
「天喰先輩は具合大丈夫なんですか?」
「……辛い。」
先ほどから黙り込んでいる先輩の顔を覗き込むと、彼はコスチュームのフードを目深に被った。まだ個性使用ができない状態は続いているようで、その表情は暗い。咄嗟に反応できなかった自分が悔やまれた。
「個性が出ねえなんて……。ヒーローにひでえ仕打ちだ。」
「それより……君は俺を庇ってくれた……。ミリオと同じ……太陽のように輝かしい人間だ君は……。」
「それはちょっとわかります。」
「みょうじさんも……俺なんかを心配してくれて……。」
「ええ、私は今回ほんとに役立ってないですよ。」
天喰先輩は私たち二人を褒めてくれたけど一切目は合わない。切島くんが眩しいって意見は先輩と同じなんだけどなあ。一向に縮まらない距離に頭を悩ませる。
「んなこと言ったらここ紹介してくれた先輩も太陽っスよ。」
「眩しくて目が潰れた。」
「えっ、大丈夫かみょうじ!?」
「それだよ……すごいんだよ……君……。」
切島くんのストレートな善意に私も先輩もやられそうになる。裏表のないまっすぐな性格は彼の長所だ。やっぱりヒーロー向きだなあ。合宿の時の鉄哲くんとその笑顔が重なる。
切島くんはクラスでもいつもこんな感じだと伝えると先輩は心底同じクラスじゃなくてよかったという顔をした。波動先輩の朗らかさも変わんないと思うけどなあ。完全に陽側の人。私の性格はどちらかというと天喰先輩寄りだと思う。
三人で話していると警察とのやり取りが終わったファットさんが口を開いた。
「病院で検査してもらおか。俺も調べたいことがあるしな。とりあえずいったん事務所経由で。」
「……ハイ。」
「はい。」
「オス‼」
コスチュームを着替えに一度ファットさんの事務所に戻ることになる。天喰先輩はもちろん、私と切島くんも念のため擦り傷を見てもらうことになった。そういえばさっき刃がかすった腕から血が滲んでる。
ファットさんからは明るい笑顔が消え何か考え込んでいるようだった。個性をリブートさせる薬物に個性を消せる銃弾。そんなもの誰が売り捌いてどこまで広がっているのか。不透明なことが山積みだ。けれどとにかく今は天喰先輩の体が心配。モヤモヤしたものを抱えながら事務所へと急いだ。
病院の検査を受けてファットさんの事務所へと帰ってきた。幸い天喰先輩の体に異常はなし。ただ個性はまだ発動できないままなので明日まで様子を見ることになった。私と切島くんもかすり傷以外に問題はない。
シャワーを浴びて髪を乾かし事務所内の様子を見に行くと、そこにはファットさんだけだった。何やら難しそうな顔でパソコンとにらめっこしている。病院に行く前に言っていた調べたいことというのを調査してるんだろうか。
「お先に頂きました。」
そーっと部屋の中に入るとパッと顔を上げてくれるファットさん。明るい調子が返ってきて内心ほっとする。
「お、さっぱりしたな。切島くんと環もお風呂行ったで。俺もちょっと休憩しよかな。」
ファットさんは背伸びをしてパソコンを閉じた。もしかしてお仕事の邪魔をしてしまっただろうか。話しかけてしまったことが申し訳なくなってきた。
「ちょっと待ってな。なんかあったかな女の子が好きそうなもん。うちの事務所男所帯やからなあ。」
いそいそと給湯室へと向かって行くファットさんを慌てて止める。これ以上気を遣わせるわけにはいかない。ファットさんはきょとんとした顔でこちらを見た。
「あの、お気になさらないでください。さっきコンビニでお茶も買ってきたので。」
「しっかりしとんなあ。お父さんそっくりや。」
「!」
その言葉に思わず固まってしまった。父に似てるというのは多分褒め言葉。誠実で真面目だという意味で、私もそれを否定したいわけじゃない。けれどやっぱりその背中を追いかけてしまってるんじゃないかという不安も湧いてきて。突然だとうまく受け取ることができない。以前ならきっと笑って流せてたのに。
「……ごめん。地雷やった?」
「えっと……。」
微妙な反応を見せた私にファットさんが口元を抑える。ああ、また余計な気を遣わせてしまった。情けない。
「あかんなあ、思ったことなんでも口にしてまうねん。悪い癖や。」
「いえそんな。ファットさんは褒めてくださったんですから。」
「そう言うてくれるとありがたいけどな。」
事務所内の椅子に腰かけ二人で向き合う。なんだか微妙な空気の中、困った顔のファットさん。けれどこれはチャンスかもしれない。幸い今は切島くんたちもいない。せっかく父の話題が出たんだから、この流れで聞いておきたかった。
「ファットさんから見て、父ってどんな人でしたか?」
ベストジーニストさんにもしたこの質問。あの時は謎が増えただけだったけど、今回はどうだろうか。ファットさんは腕を組みながら父のことを思い出してくれているようだった。
「せやなあ。ザ・ヒーローって感じで俺ら後輩からしたら憧れしかなかったわ。たまにしか顔合わさんかったけど、面倒見良ォて飲みに連れてってくれることもあったなあ。」
「そうだったんですね。」
ジーニストさんの回答と同じような、優しい父の姿。やっぱり彼の根本はヒーローなんだろう。予想通りの返答になんだか力が抜けていく。
「せやけど酔うと影差すいうか、なんやろな。よう心配しとった。みょうじちゃんのこと。」
「え?」
これは初めて聞く話だ。私の知らない父の一面に思わず前のめりになる。
「普段は穏やかで強い人なんやけどな。酒入るとなまえがヒーローならんかったらどうしよ言うて弱音吐いとったわ。えらい教育熱心やなあ思てたけど。」
「そう、ですか……。」
父にとって私がヒーローになることはやっぱり決定事項だったらしい。それはもう十分わかっていたので特に驚きはない。けれどなんだろう。お酒の席で後輩相手につい弱音を吐いてしまうなんて、よほど切羽詰まっているように感じる。人前で泣いちゃいけないと私に教えていた父が簡単に弱さを見せるなんて信じられなかった。それほど私への期待は大きいものだったのだろうか。もはや私がヒーローにならない未来に怯えさえしているようで違和感が残る。
そういえば、父はなぜ私をヒーローにさせたがっていたのだろうか。そこまで異常な熱量で私を閉じ込めたのはなんでだろうか。ヒーローとしての自分を次世代にも繋げたかったのか。エンデヴァーさんみたいに夢を託したかったのか。よくわからなかった。また彼への疑問が大きくなる。
「見習うべきも悪いも、自分で考えたらええ。」
黙り込んでしまった私にファットさんは優しく声をかけてくれた。顔を上げると穏やかな笑顔。ファットさんの大きな手が私の頭を撫でた。
「みょうじちゃんはちゃんと正しい道に向こうとる。」
「……そうでしょうか。」
「ファットさんの折り紙つきや。今日見て思うた。その年であんだけ人を守ろういう意識が強いのも珍しい。迅速な判断もできるしホンマ助かったで。」
先ほどの避難誘導のことだろうか。結局私は切島くんの背中に守られてただけなのに、今日は自分の頑張り以上に褒められてる気がする。だけどファットさんはお世辞を言ってるようにも見えなくて。なんだかむず痒くなる。照れてしまった私を見てファットさんはかわええなあと呟いた。
「あ、あかん。これもセクハラやな。」
「いえ!ファットさんとお話しできて嬉しいですし、大きい手で頭ポンポンされると落ち着きます。」
「ほんまに?」
「はい、親しくなれたみたいで嬉しいです。」
笑って上を見上げるとなぜか無表情のファットさん。あれ、距離感間違えただろうか。急に不安になってきた。
「なんか、同級生男子の気持ちがわかるような気するわ。」
「え、どういう。」
「気にせんでええ、気にせんでええ。そのままでおってくれた方がファットさんは嬉しい。」
「は、はい……?」
理解が追いつかないまま再び頭を撫でられる。ちょうどそこに二人が戻ってきて、ファットさんはまた天喰先輩に叱られていた。