インターン
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次の朝すっきり目が覚めた。身支度をパパっと済ませて部屋でリストを眺めていたけど、どうにも決まる気配がない。どうしよう、もう学校行っちゃおうかなあ。そう言えば今日授業当たるんだっけ。課題見直しとかないと。教室の方が集中できるのでいつもより早めに寮を出ることにした。
下駄箱に向かっているとなぜか玄関前にノートやら文房具やらが散乱している。近くにはおろおろとそれらを拾っている人がいた。かなり派手に鞄の中身を落としてしまったらしい。大変だ。すぐに側に寄って拾うのを手伝う。
「どうぞ。」
「ひ、」
教科書とシャーペンを拾って渡せば相手からなぜか悲鳴が漏れた。え、怖かっただろうか。あんまり初対面の人に怖がられるタイプではないんだけどなあ。制服を見るとどうやら彼もヒーロー科らしい。顔見たことないから先輩のはずなんだけど。怯えられるようなことしたかな。後ろに爆豪くんがいるのかもと思って振り向いたけど誰もいない。
「あの、大丈夫ですか?」
「ひ、あ、ああ……すみません、大丈夫。ぶちまけて……しまったんだ。鞄が開いていて……。目立ちたくないのに、どうして俺はこう……。」
「あ、あの?」
自分の世界に入って行ってしまった。どうにかしようと声をかけると再び揺れる肩。若干涙目の相手に私も少なからずショックを受ける。
雄英ヒーロー科の先輩だからきっとすごい人なんだろうけどそんな空気が感じられない。不思議な人だ。とにかく周りに散らばっているものを全部拾って彼に渡す。
「あ、ありがとう。助かり、ました。」
「お役に立てたならよかったです。」
「何か……あげられるものが、あればよかった……。」
「いえ、気になさらないでください。」
「……じゃあ、俺は、これで……。」
「はい、私も失礼します。」
その人は脱兎のごとくその場からいなくなってしまった。そんなに私が嫌だっただろうか。好かれるためにやったわけじゃなかったけど、ちょっと傷つく。
すぐに豆粒ほどの大きさになってしまった背中を呆然と見送りながらも、段々好奇心が沸いてきた。あの人、どんな個性なんだろう。怯えていたのは何か個性に起因するものなんだろうか。気になる。インターンとかやってたらいつか会うこともあるかもしれないなあ。ぼんやりとさっきの不安そうな顔を思い浮かべながら、私も教室へと向かった。
夕方寮に戻ると共同スペースが盛り上がってる。玄関までその声が聞こえてきていた。どうしたんだろう。気になって見に行くとソファにいたのは響香・三奈ちゃん・透ちゃん・上鳴くん・瀬呂くん。浮足立った感じの雰囲気。これはまずい話題かもしれない。急いで自室に戻ろうとくるりと背を向けたけど時すでに遅し。三奈ちゃんに見つかって声をかけられてしまった。
「なまえ逃げるなー!」
「ニゲテナイヨ。」
「片言じゃん。」
瀬呂くんがケラケラ笑ってる。だって絶対恋バナしてる感じなんだもん。おもちゃにされる未来しか見えない。
「ねえねえ、もしかしてなまえの初恋って相澤先生だったりする?」
「え?違うけど、急にどしたの。」
「初恋何歳?って話よ。」
上鳴くんが俺はねーって話し始めたけど興味ないって響香に止められてた。聞いてあげてよ。私としては彼が話してくれてた方がいいし。
それにしても初恋か。なんでみんなそんな話になったんだろう。過程が気になる。
「でも相澤先生じゃないのかあ。てっきりね。」
「ね。小さい頃から知ってるって言ってたし今も仲いいし。そういうこともあるのかなって思ってたんだけど。」
透ちゃんと響香がちょっとがっかりしてる。なぜ。横で瀬呂くんが楽しそうにしてるのもよくわからない。けど逃げられないのは承知してるので渋々私もソファに腰かける。
「残念ながら違います~。」
「んじゃ初恋いつよ。」
「2歳。」
「はやっ!」
「覚えてねーだろ。」
瀬呂くんの質問に正直に答えるとみんな意外だと言わんばかりに驚いてる。実際2歳の頃の記憶なんてほとんどないけどね。それでも初恋だけはよく覚えてる。忘れたくない彼の笑顔もはっきりと思い出せる。それくらい私の中では鮮烈な存在だったのだ。
「その人のことだけは覚えてるんだよね。」
「え、同い年?」
「いや、年上。」
「ウチら知ってる人?」
「知らない人。」
「……どんな人だった?」
「えー、優しくて明るくて頼りになるお兄ちゃん。」
予想はしてたけどかなり質問攻めだ。三奈ちゃん・響香・瀬呂くんの順に次々はてなが飛んでくる。小さい頃の話だから普段よりは慌てずに答えられてる。顔も熱くないしちゃんと冷静だ。
「それ聞いたら相澤先生へこみそうじゃない?」
「いや、どうだろ。むしろ相澤先生と山田先生には気づかれてたと思うけど。」
「……え、それってどういう。てかマイク先生のこと山田先生って言う人初めて見たわ。」
「私も私しか知らない……あ。」
上鳴くんから華麗なツッコミを受けてるとちょうど消太くんが共同スペースに現れた。噂をすれば影だ。
「あーいいところに!相澤先生質問が!」
「……なんだ。」
三奈ちゃんがソファから身を乗り出して消太くんに詰め寄る。女の子相手にちょっとたじたじなの面白いな。消太くんは共同の冷蔵庫にゼリー取りに来たみたいだ。
「なまえの初恋知ってますか?」
「何の話してんだ。」
「いいから!」
冷蔵庫を探りながら片手間に聞いてくれてる消太くん。お目当てのものが見つかると面倒くさそうにソファの近くにやってきてくれた。
「まァ、知ってはいる。」
「あは、やっぱり。」
10秒チャージしながら質問に答えてくれる。恋バナに巻き込まれてる消太くん大分面白いなあ。話題の中心が自分だってことを忘れてニヤニヤしちゃう。消太くんはやれやれって感じだけど付き合ってはくれるようだ。なんだかんだ面倒見がいい。
「どんな人!?」
「あー、俺の同級生。」
「え、ほんとにめちゃくちゃ年上じゃん。」
「そうなの。二回り以上?」
あんまり年齢差考えたことなかったけど、口に出してみると彼がかなり年上なことを実感する。それは消太くんとひざしくんにも言えることだけど。まあ、幼稚園の先生に恋する人もいるって聞くし初恋なんてみんなそんな感じだよね。憧れみたいなやつ。
「あれだな。そいつが俺の嫁に来るかってノリで聞いた時、みょうじはよろしくお願いしますって全力でお辞儀して頭打って泣いてたな。」
「ちょっと勝手に話すのやめてください。」
「血出てたろ。あれは笑った。」
「相澤先生笑うんだ。」
思わぬところで幼い日の痴態を晒されて消太くんを睨む。全然気にした様子もなく話を続けるのが恨めしい。あれは本当に嬉しくて舞い上がっちゃったんだもん。仕方がない、まだ2歳だし。
「相澤先生の同級生だろ?そんじゃあ今ヒーローだったりすんの?」
「んー、ご想像に任せます。」
「かっこよく成長してたらそれこそ本気で好きになっちゃったりしないの!?」
「しないなあ。」
「何で!?」
三奈ちゃんと透ちゃん圧がすごい。咄嗟に後ろにのけぞる。上鳴くんの質問は曖昧に濁してしまい、隣の瀬呂くんがちょっと不思議そうな顔したのが見えた。消太くんは面白そうに笑ってる。だけどその笑顔が少しだけ寂しく見えた。
「今その人遠くにいるの。会えないんだよね。」
「そっかあ。相澤先生も会ってないんですか?」
「ああ。俺も随分会ってない。」
「会ったら好きになる可能性ある?」
「うーん、どうだろう。わかんない。」
「えー、つまんなあい。」
三奈ちゃんが頬を膨らませる。ご期待に沿えなかったみたいだ。私は久しぶりに彼の話ができて嬉しかったけど。
消太くんはもう自室に戻るらしく、私たちもお風呂に入ることになった。さっぱりしたあとはご飯が待ってる。部屋に戻ろうと立ち上がれば、不意に瀬呂くんに呼び止められる。
「どうしたの?」
「んー。いや、初恋の人ってさ。俺にも詳しく言えない?」
さっきかなり濁して答えたからだろうか。気になったらしい。瀬呂くんの目は面白がって話を聞いてた時とは違ってどこか真剣だった。だけど彼の望む答えが今は出せない。
「……今はまだ内緒かな。いつか話せる時が来たら話すよ。ごめんね。」
「いんや、俺の方こそ立ち入って悪かった。気長に待つわ。」
ひらひらと手を振って彼も男子棟に帰っていく。そう、今はまだ内緒。別に整理がついてないとかそんなんじゃないけど、瀬呂くんにもなんだか言いたくなかった。キラキラ光る彼の笑顔。太陽みたいな明るい人。お願い、まだ私だけの思い出でいて。
朧くん、私ヒーロー目指してるよ。心の中で語りかけた私の声は誰にも届かず消えていった。