仮免試験
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仮免試験が終わったあと、寮に戻ってきた。疲労でクタクタだったため、さっさとごはんもお風呂も済ませてあとは寝るだけ。自室のベッドでゴロンと横になっている。
もらったばかりの仮免許を手に取りぼんやりと眺める。さっきまではもっと晴れ晴れとした気分だったはずなのに、今私の心の中はもやついていた。さっきの共同スペース。爆豪くんと緑谷くんの会話が聞こえてしまった。
「後で表出ろ。てめェの個性の話だ。」
あの様子だと、きっと爆豪くんも緑谷くんとオールマイトの関係に気づいてる。緑谷くんの個性の話。わざわざ誰もいないところに呼び出してそんな話をするということはほぼ間違いないだろう。私はこのことを消太くんに言うべきだろうか。
さっきの爆豪くんはいつもと少し雰囲気が違った。いや、緑谷くんと接してるときは大体変か。それでも普段より怖かった。珍しく怒鳴らず、静かに怒ってるみたいな。上手く言えない凄みがあった。あの二人が夜に抜けだして話だけで済むとは到底思えない。何があったのかわからないけど本当にに歪な関係だよなあ。
何度も寝返りを打ちながら頭を悩ませる。けれど答えは一向に出てくれそうにない。駄目だ。このままじゃ寝られない。あとやっぱり見てしまった以上知らないフリもできない。どうせなら、核心に迫ってしまおうか。
自室を抜け出し、ある場所を訪ねた。自分にこんな行動力があったなんて知らなかった。内心ドキドキしながらドアの前に立っている。これから話すこと、はぐらかさないで聞いてもらえるだろうか。緊張を誤魔化すように深呼吸をした。
決死の覚悟でノックをすると幸いすぐ扉が開いた。もしかしたらいないかと思ってた。彼はかなり忙しい人だから。これはもう今がその時だと神様に言われてる気がする。
「こんな時間にどうしたんだい。」
「お話があります。中に入ってもいいですか?」
案の定オールマイトは戸惑っていた。それでも部屋に入れてくれるあたり甘やかされてるなあと感じる。これ消太くんだったら危機感が足りないとか言って多分怒られてた。
「それで、話って何かな。」
「さっき爆豪くんが緑谷くんに話があるって言ってるの聞いちゃったんです。後で表出ろって。」
とりあえず二人のことを報告する。今はオールマイトも雄英の先生だ。不穏な空気を醸し出していたクラスメイトのことを伝えても何の問題もない。
「それは……喧嘩かい?」
怪訝な視線のオールマイト。わざわざ私がそれを言いに来たのが謎なんだろう。消太くんと仲良いのは知られてるし、担任でもない自分に相談が来るとは考えづらい。
「わかりません。ただ爆豪くんは、緑谷くんの個性の話だと言ってました。」
「!」
水色の瞳が揺れる。これで私が部屋を訪ねた理由に気づいただろう。私も入寮前はこんなに早くこの話をする時が来るとは思ってなかった。けど今日仮免も取って、少しだけど私もヒーローの手助けをできる力を手に入れることができた。
オールマイトは緑谷くん以外に話すつもりはないのかもしれない。それでも、確認だけでもいい。クラスメイトの肩に乗っているかもしれない重圧の大きさに、気づいてしまえば見過ごすことはできなかった。
「オールマイト、緑谷くんの個性はあなたが与えたものですか。」
「それは……。」
私の質問にオールマイトは黙り込んだ。簡単に答えてくれるとも思ってないので、そういう結論に至った経緯を説明していく。
「初めて違和感を覚えたのは入学当初の戦闘訓練の時です。あの時緑谷くんも私も保健室に運ばれた。私が保健室から出ようとした時、オールマイトはトゥルーフォームで現れました。」
「あれは小休止をしていただけで、君に見られたのも想定外だったんだよ。」
「私もそう思ってました。緑谷くんが目を覚ましたらマッスルフォームに戻るのかなと思ってそんなに気にしてなかったんです。でも、その後も緑谷くんとオールマイトはいつも仲がよさそうで。私だけじゃなくて、周りから見てもオールマイトが緑谷くんを特別気にかけているのは一目瞭然だったと思います。」
オールマイトがグッと言葉に詰まる。元々噓が付けるタイプじゃない。緑谷くんも正直な人だ。だから私にも、多分爆豪くんにも気づかれた。
「体育祭の時、緑谷くんが焦凍くんと話をしていたのを私偶然聞いちゃって。その時緑谷くんはオールマイトの隠し子なのかって聞かれて"そんなんじゃない"って言ったんです。否定はしてるけど何か繋がりがあるというのは明白でした。」
「それは……。」
「この前の神野で、オールマイトがトゥルーフォームに戻ったとき。緑谷くんは真っ青な顔で"秘密"と呟いてました。そこでやっぱり彼もトゥルーフォームのことを知ってたんだと確信しました。あとはオールマイトの最後の言葉。次は君だって指さしたやつです。その時周りは大盛り上がりでした。でも緑谷くんだけは、本当につらそうな顔をして泣き崩れてました。あれは、オールマイトの真意を知ってたからじゃないんでしょうか。もう自分は出し切ってしまった、次は君の番だと。少なくとも私はそういう風に感じました。」
いつになく饒舌な私にオールマイトは驚いているようだった。額には汗も滲んでいる。まるで犯人を追い詰めてる刑事のようで心が痛んだ。けどこっちだって必死だ。今しかないチャンスを逃すわけにはいかない。論理的に逃げ道を潰していかないと、真面目に答えてはくれない気がした。
緑谷くんと爆豪くんが二人で抜け出していることは後回しになってしまっている。それでも無理に終わらせず私の話を聞いてくれるのは、オールマイトの人柄だ。
「緑谷くんの個性は増強系の超パワー。オールマイトと似ているものです。加えて彼の個性が発現したのは雄英入試前。かなり出来過ぎた話だと思います。今話したことも考えると、オールマイトが入試前に個性を譲渡したとしか思えない。」
「それは……非現実な話だ。」
「私もそう思います。でも、この前の神野でオールフォーワンは個性を奪ったと言ってました。実際ラグドールさんは本当に個性を奪われてます。しかもオールフォーワンは奪うだけじゃなく譲ることもできると聞きました。人から人への個性の移動は不可能な話じゃないんでしょう。」
一通り話し終えて、私はオールマイトからの返事を待っている。誤魔化すこともなくなり黙りこんでしまったということは、ほぼ肯定の意なんだろうけど。しばらくの沈黙のあと、オールマイトは大きく息を吐いた。
「……君の言う通りだ。緑谷少年の個性は私が譲った力だよ。」
「やっぱり、そうなんですね。」
「まさかばれてしまうとは。みょうじ少女は頭がいいな。」
観念した様子のオールマイトは私の頭を優しく撫でた。その手は温かくて、こんな重大な話をしてるとは思えないほど穏やかな空気が流れる。
本当は自分の推理が当たってほしくない気持ちが半分あった。No.1の力。そんな重たいものが緑谷くんの肩に乗っていたなんて。責任感の強い彼のことだ。必要以上に追いつめられることもあるだろう。
「こんな大切なこと、話していただいてありがとうございます。当然ですけど誰にも言いません。ただ、」
「ただ?」
「爆豪くんは気づいてると思います。」
「!」
だからわざわざ個性の話だと言って緑谷くんを呼び出したんだ。オールマイトは考え込む様子を見せたあと静かに立ち上がった。
「君はもう部屋に戻っておきなさい。こんな時間なのに送っていけなくてすまない。」
「オールマイトは。」
「私は二人のところに行ってくるよ。喧嘩してたら大変だからね。相澤くんには君がここに来たことは内緒にしておくよ。」
「……すみません。爆豪くんのことよろしくお願いします。」
「ああ、任せたまえ。」
二人でオールマイトの部屋を出る。消太くんと鉢合わせないようそっと自室への道を辿った。今思い詰めてるのは多分爆豪くん。私もオールマイトの秘密に気づいた時はかなり悩んだ。加えて爆豪くんは責任も感じてるはずだ。彼も緑谷くんに負けず劣らず、オールマイトファンだから。
緑谷くんと改めて対峙したことで、彼は何か掴めるのだろうか。少しでも気が楽になるだろうか。優しくて口の悪い爆豪くんの顔が浮かんで、思わずぎゅっと拳を握った。