エンデヴァー事務所
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片付けもすっかり終わってみんな解散ムードになってる頃、私は外の空気が吸いたくてこっそり寮を出た。一人で備えつけのベンチに座ってぼんやり空を見上げる。辺りはキンキンに冷えていてすぐに指先が冷たくなってきた。だけど何故かこの寒さが心地いい。
「風邪ひくでしょ。」
突然首元が暖かくなったかと思ったら同時に香る私の好きな匂い。振り向かなくても誰が来たのかわかった。
「ふふ、あったかい。ありがとう。」
「んな薄着で外出ないの。」
私の隣に腰かけたのはやっぱり瀬呂くん。後ろから巻いてくれたマフラーは彼がよく身に着けてるものだ。わざわざ部屋に取りに行ってくれたのかな。嬉しい。
「瀬呂くんは寒くない?」
「俺はコート着てるしへーき。みょうじこそ無理すんなよ?」
「うん。凍えないうちに戻るよ。」
いつものように心配してもらったあと二人で星空に目を移す。空気が冷たいから綺麗に見えるなあ。彼と一緒だから特別に感じるのかもしれないけど。
少しの沈黙のあとどちらからともなく手が重ねられた。じんわり伝わる瀬呂くんの体温。くすぐったくなるような距離間に心臓が速くなった。幸い今は、寒いからという言い訳が立つ。
「……こんな風に二人で話すの久しぶりだね。」
「ん、確かにそーだな。インターンの日程ばらばらだったし寮戻ってからもあんま顔合わせてなかったもんなぁ。」
そうなのだ。この冬休み瀬呂くんとはなかなか予定が嚙み合わなかった。インターン中一度だけ電話はできたけどそれから二人きりにはなれていない。だからちょっとだけ緊張してしまう。
「今日の報告会すごかったな。すげー速くなってた。」
「あ、ありがとう。瀬呂くんも迅速で行動に無駄がないって感じだった。ちょっとシンリンカムイさんっぽい動きあったよね?」
「そーなのよ。やっぱ学ぶこと多くてさ。参考にさせてもらってんの。」
瀬呂くんは上鳴くんと峰田くん、それに塩崎さんと一緒にチームラーカーズのところにインターンに行ってた。以前にも増して機動力が上がってる。授業中思わず見惚れてしまったのは内緒の話。
「みょうじもエンデヴァーのとこで揉まれたんだろ?スピードもだけど攻撃力も倍くらいになってたもんなあ。」
「うん、相当きつかったよ。三人がぐんぐん成長してくから置いてかれないように必死だった。エンデヴァーさんかなりスパルタだし。」
「想像つくわ。でもやっぱNo.1間近で見れんのは羨ましい。」
本当に貴重な体験をさせてもらってると自分でも思う。エンデヴァーさんの凄すぎる仕事ぶりを伝えると瀬呂くんはすげえと感嘆の声を漏らした。
彼がインターンの話題を選んだのは、恐らく私を気遣ってのことだ。電話した時も心配してくれてたし、ここ最近溜め込んでることを察して話しやすいようにしてくれてるんだろう。
いつだって誠実な彼に私もちゃんと応えたい。まだまだ自分の中でまとまってないけど、それでも瀬呂くんには胸の内を明かしておきたかった。
「……この前、焦凍くんの家に行ったの。」
私が小さく呟くと、瀬呂くんはほんの少し手を握る力を強めた。それだけでちゃんと聞いてくれてるのだとわかって泣きそうになる。
「もちろん爆豪くんと緑谷くんも一緒にね。エンデヴァーさんが誘ってくれて、焦凍くんのお姉さんとお兄さんともお話しして。」
「へえ、轟お姉さんとお兄さんがいるのか。ってことはみょうじにとっては久々の再会?」
「あ、ううん。その、小さい頃は遠くからしか見たことなくて。だから話したのも初めてだったし実質初対面だったんだけど。」
瀬呂くんはただ「そっか」と相槌を打っただけでそれ以上追及はしてこなかった。焦凍くんの家が複雑なのはクラスのみんなも気づいてる。私も彼の家族事情を勝手に話すつもりはなかったし、瀬呂くんもわざわざ詳しく聞くようなことじゃないと判断したのだろう。彼のこういうところ、とても好きだ。
「焦凍くんの家見てると……色々思い出しちゃって。ちょっと苦しかった。」
素直な気持ちを吐き出せば彼は私の頭をゆっくり撫でた。いつだって安心させてくれる大きな手。おかげで取り乱さずに話を続けることができる。
「なんか余計に父がもう戻ってこないのを実感したっていうか……うん。もう一回だけでいいから会いたいなって、やっぱりちゃんと話がしたかったなって思っちゃった。」
夏雄さんと向き合うエンデヴァーさんの背中。それがどうしようもなく羨ましかった。こんな未来は私には来ないのだと現実を突きつけられた途端に、自分が父親を欲していることを自覚してしまった。
「今さらなんだけど、私寂しいんだなって。お父さんに愛されてたって事実が欲しかったんじゃないかって気づいて……だから今、日記読むの怖くなってる。頭では向き合わなきゃってわかってるのに、本当のこと知って耐えられなかったらどうしようって思ってる。お父さんが私を愛してくれてなかったら、自分の望む父親像がどこにもなかったら、とか……そんなことばっかり考えちゃう。」
詰まりながらも私ははっきり怖いと告げた。弱音を吐くのが上手じゃないらしい私からすれば、結構勇気のいること。でも瀬呂くんになら。どれだけ不格好な姿でも見てほしいと思う。
彼は少し考える仕草を見せたあと自分の肩にそっと私を引き寄せた。手を握ったまま彼に頭を預け地面へと視線を落とす。
「みょうじの気持ちに合わせてゆっくりやってきゃいい。答え急ぐ必要もねーんだしさ。もし耐えられる自信ないってんならいつでも俺のこと呼んでいいし。好きなように使って。」
包み込むような温かい言葉にポロリと涙が零れた。きっと瀬呂くんも私の答えを待ってくれてるだろうに。私は彼のためにもなるべく早く決着をつけなきゃいけないのに。その優しさにいつだって甘えてしまう。
「それにしてもちゃんと苦しいって言えるようになってんな。えらいえらい。前だったらもうちょい我慢してたんじゃない?自分の中でまとまるまで言えないつってさ。」
やっぱりお見通しな彼に何も反論できない。今回も爆豪くんとの一件がなければ話してなかったかもしれないし。あの時怒られといてよかった。
「爆豪くんに頼るの下手ってキレられました……。」
「……爆豪が?」
鼻をすすりながら白状すれば瀬呂くんは目を丸くした。そりゃそんな反応になるよね。私もびっくりしたもん。
「うん。甘えるならちゃんと甘えろって。だから今日はちょっとその反省も兼ねてる……。」
私が項垂れると瀬呂くんは嬉しそうに目を細めた。
「んじゃ今甘えてくれてんのね。」
「そ、ういうことになりますね。」
「はは、可愛い。」
反応に困って敬語になると瀬呂くんは静かに笑った。恥ずかしさもあったけど彼が幸せそうにしてるから私もつられて頬が緩む。
「そろそろ中入ろっか。」
「冷えちゃったな。部屋でもちゃんと暖房つけて温まんなさいよ?」
「はあい。」
二人でベンチから立ち上がって玄関の方へと向かう。そういやずっとマフラーしたままだったな。おかげで首元ぽかぽか。
「ちゃんと話したいこと全部話せた?」
ドアを開ける前に瀬呂くんがくるりとこちらに向き直った。私は少し視線を逸らしながらも頷く。
「……今のところは。」
「心配になる返答やめて。」
冗談だよと笑えば彼は肩を竦めた。寮の中に入ると暖かい空気がぶわりと流れ込んでくる。瀬呂くんの手が離れてしまったことに寂しさを覚えながらも今日彼からもらった言葉を噛みしめていた。
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