番外編
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自分たちの寮でひとしきり夕食を食べたあと俺たちはA組の寮を訪ねた。玄関を開けると賑やかな声が響いており楽しそうな様子が窺える。ちらりと隣を見るとそわそわして落ち着かない回原の姿。まあ喋るの合同訓練以来だもんな。緊張もするか。
「お邪魔しま~っす。」
取蔭を先頭に次々に中へと入っていく。A組連中は何やらデザートの用意をしていて俺たちB組の分まで用意してくれてるらしかった。シュガーマンこと砂糖お手製のケーキ。その腕前はなかなかのものでこれが日常的に食べられるんだから正直羨ましい。
「む!来たか!ささ、こちらへ!小大くんもわざわざすまないな!」
飯田が手際よくスペースを開けてくれ、小大は個性で小さくしていたソファや椅子を指定の位置に配置していった。これで全員が座る場所も確保できたってわけだ。
「空いてる席適当に座って!どうせならA、Bバラバラでさ!」
芦戸に促されて俺たちはまばらに座っていく。ある意味ここが勝負だぞ、と回原に視線を送れば真剣な顔でこちらに全く気づいていなかった。鱗は読めないが円場も似たような表情をしていて苦笑してしまう。骨抜あたりにちゃっかり出し抜かれないよう頑張れよと心の中でエールを送った。
「全員分のお皿揃った~?」
「さすがに足りなくて百ちゃんに創ってもらっちゃった。」
「え、悪いな八百万。」
「いえ、このくらいお安い御用ですわ。」
芦戸がキッチンに向かって声をかけるとカチャカチャと音を立てながらみょうじと八百万が皿を運んできてくれた。拳藤がお礼を言ったのに便乗して俺も頭を下げる。
ようやく全員分の食器を配り終わった。砂糖がケーキを切り分けてくれていて、A組も自分の席に着き始める。ちなみに俺は回原・円場と同じソファに座っている。B組の中ではみょうじと絡みある方だしこっち来てくれると良いんだけどな。
「ここ座ってもいい?」
可愛らしい声が近くで響いたが質問されたのは俺らじゃない。彼女は俺たちの右隣のソファにちょこんと腰かけた。みょうじが明るい笑顔を向けた相手はまさかの柳。女同士嬉しそうに会話に華を咲かせている。
「ここ、いいか。」
「あ、ああ……。」
「どうぞ……。」
お前らあからさまにショック受けた顔すんな。テンションが駄々下がってしまった回原と円場を全く気にせず轟が俺たちの真ん中に座った。追い打ちで幼馴染様登場ってのは確かに酷だと思うけどな。みょうじもすぐそこのソファだし円場は実質隣みたいなもんだし、そこまで落ち込むことないだろ。席替えちゃいけねえわけでもないし。
軽く挨拶を済ませて砂糖からケーキを受け取って、なんだかぬるりと意見交換会は始まった。俺が一口ケーキを頬張っていると意外にも轟の方から話題を振ってくれる。
「泡瀬は……鱗と同じインターン先だったか。」
「ん?そうだよ。轟はエンデヴァーんとこだっけ。すげーな。」
「いや、すごいのは親父だ。俺はまだまだ追いつけそうにない。」
向上心たけーな。そりゃ強いはずだわ。轟のインターン先には他にも何人か行っていたようで、そのメンツを聞いて俺たちは驚きの声を上げた。
「え、みょうじさんも?」
最初に聞き返したのは円場。回原も目を見開いていた。あまりに予想外。エンデヴァーのいかつさとみょうじが全然結びつかねえ。まあ前にファットガムのとこ行ってたのも俺からしたら不思議だったけど。
「ああ。詳細はわかんねえが理由があっての選択らしい。俺たちと一緒に結構ボロボロになってた。」
スピードを上げるために何度も地面に落ちていたという話を聞いて回原は青ざめていた。好きな子のそんな姿想像したくねえってのはわかる。轟は回原たちの気持ちに全く気づくことなくそのままマイペースに続けた。
「最終日は家にも来てくれた。」
「「家に!?」」
「ああ、夕飯一緒に食べた。」
「「夕飯を!?」」
天然タチ悪いな。俺としては大分面白い状況になってんだけどこいつらの胸の内を考えるとさすがに不憫だ。幼馴染マウント取られまくりで息してない。
「あ、あの……。」
打ちひしがれてしまった二人の前に現れたのはなんとみょうじで。おずおずと控えめに声をかけてくれた。みるみるうちに表情が明るくなる回原と円場。お前ら現金だな。
「えっと、レイ子ちゃんと鉄哲くんが焦凍くんのお話聞きたいって。席交換しよっか。」
「ああ。なまえは良いのか?」
「うん。焦凍くんから聞いた方がエンデヴァーさんの強さも伝わると思うし。行ってあげて。」
「わかった。」
素直に頷く轟。なんつーか名前で呼び合ってんの直接聞いたの初めてだな。目の当たりにした横二人の顔がやばい。さっきからずっと百面相してて笑い堪えるのに必死だ。
それはともかく席の交換ってのはチャンスだな。回原と円場の間にみょうじが腰かけ一気にふんわりした空気が漂う。
「ごめんね急に入れてもらって。」
「い、いや。」
「全然!全然気にしないで!」
「うん……?」
久しぶりだからかこいつらテンションおかしい。なるべく出しゃばらずに黙ってるつもりだったけどこれ三人だけで話すの無理じゃねえか。
「みょうじ轟の家行ったってまじ?やっぱちっちゃい頃とかもよく遊んでたのか?」
恐らく二人が気になってるであろうことをぶつけてみる。みょうじはやっぱり、という顔で眉を下げて笑った。
「焦凍くん、というかエンデヴァーさんにお呼ばれしたのは事実だよ。でも爆豪くんと緑谷くんも一緒ね。さっきみんなの会話聞こえちゃって絶対あらぬ誤解生んでると思ってた。」
「ああ……!」
「なるほど。」
轟の言葉足らずにしてやられたな。席交換の申し出はこの誤解を解くためでもあったのか。さすが幼馴染。轟の言動を心得てる。
「5歳くらいまでは家が近所だったっていうのもあって頻繁に遊びに行ってたよ。私が引っ越してから会わなくなっちゃったから轟家は10年ぶりくらいだったなあ。」
家が近所。つまりは家族ぐるみの付き合いってことだ。自然な流れでいけば恋人とかそういう関係になってもよさそうなもんだけどな。仲良さそうだし。でも付き合ってないんだよなあ。つーかみょうじが好きなのって本当に瀬呂なのか?
「みょうじさんは、その……エンデヴァーからオファーもらったんだよな?」
インターンでエンデヴァー事務所が選択肢の中にあったってことは確かにそういうことだ。現No.1からの指名。すげえな。恐らくもっと聞きたいことは他にあっただろうがこれが回原の精一杯。頑張れ。俺は噴き出さないようにこっそり口許を抑えた。
「そう、だね。一応もらってたけど……多分身内票だよ。焦凍くんの幼馴染だから呼んでくれたんだと思う。」
「……いや、実力だよ。」
珍しくまっすぐ彼女の目を見つめる回原。みょうじもありがとうとはにかんだ。お、なんかいい雰囲気。円場は面白くなさそうだけど。
「みょうじさん地面に落ちてたって聞いたけど平気!?」
「ええ、焦凍くんそんなことまで話してたの……。お恥ずかしながら空気調節が上手くいかなくて。でも大体かすり傷だから何ともないよ。」
「大体って何だよ。」
円場の邪魔するつもりはなかったが思わずツッコんでしまった。さすがに骨折ったりとかはしてないだろうけど危なっかしいな。
「今はもうスピードに慣れたから大丈夫。地面すれすれで体勢立て直せるし。」
「本当に大丈夫なのかそれ。」
ウィンクをしながら自信満々に親指を立てるみょうじは単純に可愛い。横の二人も赤くなってる。でも頼むから怪我しないでくれ。
「みんなはインターンどうだったの?回原くんと円場くんは同じところだったんだっけ?」
「あ、ああ。」
「そうそう。」
ナイス質問。みょうじの気遣いによって話題はうまく二人の方に向いた。うんうんと耳を傾ける彼女に緊張がほどけたのか少しずつ饒舌になっていく回原たち。聞き上手だな。
段々夜も更けていってそろそろお開きの流れになる。結局ほとんどインターンの話だけして終わった気がすんな。健全かよ。
「みんな帰るぞー。」
拳藤がまだ居座ろうとするB組連中に声をかける。回原と円場も帰りたくなさそうだったがいつまでもここにいるわけにはいかない。
「また話そうね。」
俺たち三人が腰を上げるとみょうじはにっこり笑いかけてくれた。眩しい笑顔に二人がグッと言葉に詰まる。次の話をしてくれるってのはいい傾向だな。
そのまま玄関の方に向かおうとしたら回原だけが動こうとしない。おい、と肩を叩こうとしたがそれより先に回原がみょうじの腕を掴んだ。おいまじか。
真剣な瞳で彼女から視線を逸らそうとしない回原。一年弱一緒に過ごしてきて初めて見る表情だった。
「約束……まだ、果たせてないから。今度写真撮らせて。」
急な出来事に驚いた様子のみょうじ。彼女は少し呆けたあと嬉しそうに頬を緩めた。
「うん、楽しみにしてます。」
彼女の返事を聞いたあと回原はホッと肩を撫で下ろした。そして我に返ったのか素早くみょうじから手を離し、真っ赤な顔で「じゃあ」と玄関にダッシュする。
円場は呆然と一部始終を眺めていて、その結末に「は……?」と呟いたまま動かなくなった。ドンマイと肩を叩いて無理矢理歩みを進めさせる。
みょうじにまたなと手を振って俺も靴を履き替える。もう一度彼女を見れば今度は骨抜に何か耳打ちされていた。こいつらも敵が多すぎるよなあ。
対照的な顔の回原と円場。今からのろけと愚痴に付き合わされんのかな。俺もう眠いんだけど。容易に想像できてしまう今後の展開。深いため息を吐くと鱗がお疲れと苦笑していた。
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