二章
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どぉん、どぉん。真夏の昼下がりには似つかわしくない爆発音を響かせながら的に向かって何度目かの砲撃を完了した。無論ユリコに不具合などあるはずもないが定期的な調整は行っておくというのが優秀な火器使いの鉄則だ。
「ふぅ……。」
それにしても暑い。真上から照りつけてくる忌々しい太陽を睨みつけて首筋の汗を手拭いで払った。
このままでは体力を奪われるばかりではないか。ちらりと下を見ると自分より地面に近いユリコが疲れている。この後の練習のことを考えると今休憩を取っておくのが得策か。まだやれると言うユリコを優しく窘め一先ず一緒に休憩を取ることにした。
砲撃場の隅までやってきて置いていた水筒に手を伸ばす。するりと喉を通っていく水は生温くてあまり清涼感は得られなかった。
屋根がないから陰もない。じりじりと自身の肩が焼かれるのを感じながらその場に屈みこんで只広い四角をぼんやり眺めた。
「……?」
不意に誰かの足音がして首を傾げる。夏休みだというのに来客だろうか。もしかすると照星さん。急いで立ち上がり可能な限り身なりを整える。
しかし目に飛び込んできたのは照星さんよりも遥かに華奢な、壊れやすい硝子細工のような人。
「あ、三木ヱ門くんお疲れ様。西瓜食べない?」
言葉通り彼女の手にはお盆が握られていてその上には真っ赤な西瓜が並んだ皿が乗っていた。何か返事をしようと口を開きかけたが夏の暑さのせいか思考が止まる。気の利いた言葉なんてまるで出てきそうになかった。
「……三木ヱ門くん?」
不思議そうにこちらを覗きこむ彼女に名前を呼ばれて我に返る。くりくりとした瞳が愛らしい、なんて一瞬でも頭に浮かんだ自分が恥ずかしかった。
「た、食べます。わざわざありがとうございます。その、なまえさんはどうしてここに私がいると……?」
気持ちを誤魔化すように慌てて皿から西瓜を取る。「それじゃあ私も」と三角の頂点を齧る彼女に素朴な疑問を尋ねるとなまえさんは私に向かって柔らかく笑った。
「朝からユリコさんの砲撃の音が聞こえてたからね。随分長いこと頑張ってるみたいだったし水分摂ってるか心配になって様子見に行こうかなって。でも西瓜冷やすのに時間かかって遅くなっちゃった、ごめんね。」
申し訳なさそうに眉を下げる彼女に胸が苦しくなった。まさか私一人の為に井戸で冷やしてきてくれていたとは。その気遣いを噛みしめるべく私も西瓜を口に入れてみたが速まる鼓動のせいで正直味などわからなかった。
「お手を……煩わせてしまって申し訳ありません。」
「いやそんな。私がしたくてしてることだから気にしないで。」
「ですが……。」
「本当に大丈夫だから。それより邪魔しないからしばらくここにいてもいい?三木ヱ門くんとユリコさんの練習見てみたくて。」
すぐに話題を切り替えた彼女は相も変わらず優しさの塊だ。私は大したお礼も言えないまま手の中の西瓜を頬張るしかなかった。きっとこれから先もこの人には一生敵わない。
「ええ、構いませんが……暑いですよ?」
日陰がどこにも見当たらない現状を説明すると彼女が「そうだね」と懐から布を取り出した。
「手拭い持ってきたから平気だよ。これ頭に被せて陽射し除けにする。」
おどけたように表情を緩める彼女に自分の意思とは関係なく心臓が跳ねる。ひらひらと手拭いを靡かせる彼女はまるで空から舞い降りた天女みたいでどうしたって目を奪われた。
「……わかりました。では食べ終えたら再開しますね。」
「ありがとう。しっかり水分摂ってね。」
今が夏真っ盛りで良かった。火照る体も赤い顔も全て気温の所為にしてしまえる。私は内心彼女に不審に思われているのではないかと怯えながら皮だけが残った西瓜を皿の上に置いた。
「あっ。」
その時突然強い風が吹いて彼女の持っていた手拭いが飛ばされた。ふわりと空中に舞った細長い白を追いかけなまえさんが立ち上がる。
「っ。」
途端に言い知れない焦りが沸き起こり気づけば自分の腕を伸ばしていた。手を取られた彼女が驚いた顔でこちらを振り返る。
「あ、いや……すみません。」
自分でも何が起こったのか分からなくて言い訳することもままならない。意識が現実に引き戻された私は急いで彼女から手を離し行き場を失くした視線を地面に落とした。
今、一瞬彼女が消えてしまうのではないかとこの上ない不安に駆られた。手拭いを取った先でみょうじなまえという存在まるごとこの世界から失くなってしまうのでは。そんな恐怖に私は突き動かされたのだ。
彼女の体温はまだ、ちゃんとここにあるというのに。
「三木ヱ門くん。」
「はい。」
名前を呼ばれて恐る恐る顔を上げると嬉しそうな、泣きそうな。複雑な表情を浮かべた彼女と目が合って上手く言葉が出なくなる。
「追いかけてきてくれてありがとうね。」
「……!は、い。」
どういう意図で彼女が私に謝意を述べたのかはわからなかったが何故だが私まで涙が溢れてきてしまいそうだった。行かないでほしいと思わず口に出してしまいそうな。まるでもうすぐそこまで別れが迫ってきているような。悲しくて寂しい、儚げな笑顔。
ああそうか。私は彼女がいなくなることがこんなにも怖い。その事実を今初めて自覚した。
まだ彼女の話を聞いていたい。まだ一緒に笑っていたい。まだ教えてもらいたいことが山程ある。まだ、まだ何も伝えられていない。
一生分の我儘が心の奥から噴き出してきて叫んでしまいそうだった。でもできない。こんな身勝手な自分を彼女に見せることなど。私の欲望に任せて彼女をこの時代に縛りつけておくなど。
到底、無理な話だ。
「練習、再開しますね。」
風に流された手拭いを拾ってきて彼女に渡すとなまえさんはまた「ありがとう」と呟いた。この時には数分前の泣き出しそうな笑顔はすっかり消えていて。いつものように穏やかな彼女だけがそこには佇んでいた。
やはり、私には寄りかかってくれない。
彼女自身の線引きにより冷静さを取り戻す。途端にいくらか涼しくなった気がした。期待も自惚れも、私には不相応な感情だ。頼るべき相手として彼女の選択肢にも入っていないような私には。
茹だるような暑さを掻き分けユリコと共に定位置へと歩く。遠くから嬉しそうに私達を眺めている彼女は、やはり美しい天女のようだった。