二章
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忍術学園が夏休みに入って1週間が経った。ほとんどの忍たまは里帰りしてしまっていて、あれほど賑やかだった学園はまるで火が消えたように静かだった。今朝もじわじわと蝉の声だけが校内に響いている。
「……見つからないね。」
立花くんと二人きりの図書室で私は小さくため息を零した。
「何分数が多いですからね。手掛かりの場所はやっぱりあそこで間違いありませんか。」
「うん、多分……いや、どうだろ。」
歯切れの悪い返事しかできないことが情けない。しかしこれだけ情報量が少ないとそれも仕方がないのではないかと思えてしまう。
中在家くんから衝撃の事実を聞いたあの日、私は回らぬ頭で心配してくれている彼に何とか事情を伝えた。私の世界に存在した日記が私と瓜二つの綺姫の物だったということ。そしてその日記が現れたのはどこかの山寺だったということ。
結論として私達が辿り着いたのはその山寺こそがこちらとあちらを繋ぐゲートのようなものになっているのでは、という推測だった。一体どうしてそんな答えに至ったのか。その根拠は姫様の日記に記されていた。
彼女の日記には一箇所だけ、いやに情景描写が細かいページがあった。まるで自身の目で見ているかのような錯覚に陥るほど、何故だかそこだけ詳しく書かれている。思い返せば、あれは姫がどこかの山寺にお花見に行った時の記事だった。
中在家くんに山寺について何か心当たりはないかと聞かれた時、初めに思い浮かんだのがそのページのことだった。自分でも不思議な感覚だったが、姫様がお花見したその場所を探し当てれば元の世界に帰れるとどこか確信めいた直感がそう告げていた。
しかし困ったことにこちらの山寺とあちらの山寺、そっくり同じ場所には建っていないようなのだ。
私のいた世界で日記が見つかったのは四国の山寺だった。にも拘らず姫様の日記には遠くに旅をしたという記述は一切出てこない。つまりそれぞれ別の場所にある山寺同士が何らかの形で繋がっているということらしかった。
すぐにその結論は学園長先生に報告され、全校生徒の知るところとなった。各自夏休みの間手がかりを集めるということになったのだが、ここ数日進捗はない。彼女の城の近隣にはたくさんの山寺が建っており、その中のどれか一つを探し当てねばならないという気が重くなるような現実に私は項垂れていた。姫様がどこでお花見をしたのか明記してくれていれば。考えても仕方のないたらればが頭をよぎる。
「うーん、大分地図はまとまったからあとは現地調査しかないかなあ。」
山寺のある場所に印をつけた地図と睨めっこする。これ全部調べなくてはならないのかとその数の多さに自分の体力が心配になった。しかし泣き言を言っている場合ではない。姫様のお城周辺を探し尽くすくらいの気概で臨まなければ。学園のみんなに迷惑をかけてまで協力してもらっているのだから。
「ですが私も昼から里に帰りますし、実際に調査するのはもう少し先の話になりそうですね。」
立花くんは夏休みの課題が学園近くのお城であったらしく、しばらくここに残っていた。けれど優秀な彼のこと。昨日早々に任務を終え荷造りも済ませてしまったらしい。今日のお昼に学園を発つと聞いている。
「そうだね……。とりあえずできるところまで自分で頑張ってみるよ。彼女の日記ももう一度しっかり読んで見落としがないか確認してみる。」
地図を畳んで自分のノートに挟んでいると立花くんは思い詰めた表情で私を見つめた。
「せっかく帰れる算段がつきそうだという時に夏休みなど……申し訳ありません。」
「え、そんな。立花くんが謝ることじゃないよ。それに……。」
「それに?」
「ううん、何でもない。」
もう少しここにいたいから。その言葉をぐっと吞み込んだ。私がそれを言ってしまうのはずるい気がして。
帰る方法を見つけておかなければと意気込んでおいていざ元の世界に戻ることに現実味が帯びれば寂しいなんて。そんなの、あまりに都合が良すぎる。特に立花くんの前では言いたくなかった。それが何故だか、今は考えない。
「そろそろ時間でしょ?門まで送るよ。」
「暑いですしなまえさんが外に出る必要はないですよ。」
「ううん、送らせて。」
お願い、と彼の目に訴えかければ立花くんはこちらの意図を汲み取ったかのように「ありがとうございます」と頷いてくれた。帰れるかもしれないとわかってから、私の中でずっと恐ろしさが渦巻いている。一体いつこの世界から私は消えてしまうのだろうか。いつが、彼らとの一生の別れになるのだろうか。予測できない未来がたまらなく怖かった。
夏の日差しを浴びながら、門の前で立花くんを待つ。しばらくすると荷物を背負った彼が現れた。
「……見送られるというのは、どこか妙な気持ちになりますね。」
「妙な気持ち?」
「嬉しいような、寂しいような。何とも言えない心持ちです。」
困ったように眉を下げて立花くんが笑う。その顔はいつもより幼く見えた。彼の言わんとしていることはわかったけれど「私も」と答えることはしなかった。
「……大丈夫だよ、きっとまた会えるから。」
「ええ、待っていてください。」
ふわりと彼が近づいてきて私の髪を撫でた。これが最後になりませんようにと祈りながら、その温もりを精一杯噛みしめる。
「ではまた、新学期に。」
「うん。道中気をつけて。」
お互い名残惜しさを感じながら手を振る。彼は何度もこちらを振り返ってくれたし私もその背中が見えなくなるまでずっとその場に立っていた。
じりじりと眩しい太陽が照りつけ汗が滲む。彼のいなくなった学園を前にぼんやりとしてしまうのは、夏の暑さのせいだけではなかった。