一章
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そのうち喜八郎くんの目がとろんとしてきて、気づけばみんなすうすう寝息を立て始めた。私は小さくおやすみと呟き、彼らに布団をかけてそろりと部屋を後にする。障子を閉めて明るい方を見上げると満天の星空が広がっていた。
「あれ、みんな寝ちゃった?」
お手洗いに行っていたタカ丸くんが戻ってきた。静かに頷くと彼は部屋の前の縁側へすとんと腰を下ろす。
「ちょっと二人でお話ししよ。」
生温い風が頬をそよぐ。私は彼に促されるまま隣に座った。
「今日はありがとね。僕達の我が儘聞いてもらっちゃって。」
「ううん。こっちこそありがとう。みんなともっと仲良くなれた気がして嬉しかった。」
「僕もだよ。」
ふんわりと目を細める彼はやはり同級生より大人びている。敢えて敬語を使わないタカ丸くんとはとても話がしやすかった。
「なまえちゃん、随分よく笑うようになったねえ。」
夜空を眺めながらタカ丸くんが呟く。遠い目をしている彼はあの日の夜のことを思い出しているようだった。
「そう、かな。自分では無意識だけど。そうだったら嬉しい。」
「ふふ、前よりずっと可愛いよ。少なくとも僕にはそう見える。」
彼はこちらに手を伸ばして私の髪を耳にかけてくれた。じっと覗き込む瞳や自然な仕草はさすがくのたまのみんなの憧れといった感じだ。彼が本気を出せばどんな女性の心も奪ってしまえるんだろう。
「……立花くんのおかげかな?」
彼がぽつりと零した言葉に息を呑んだ。まるで時間が止まったかのような静寂の中、風だけが通り抜けていく。
彼の指摘した事柄に、私は口がきけなかった。
「櫛、立花くんにもらったんだよね?」
「どう、して……。」
次々と言い当てられて頭が真っ白になる。ようやく絞り出した声は震えていた。
「んー、何となく。二人のこと見てたらそうかな?って。」
必死で隠しているのに、私はそんなに分かりやすいだろうか。善法寺くんにもばれていた。もっと彼と距離を置いた方が良いんだろうか。いやそれでは怪しすぎる。立花くんに不審に思われてしまっては元も子もない。
胸が詰まって上手く呼吸ができない。いつの間にか視界がじわりと滲んだ。
「わ、ごめん。泣かせるつもりじゃなかったのに。」
タカ丸くんの綺麗な手が私の目尻を撫でる。その温かさに余計に涙が込み上げてきた。
「ごめんね。大丈夫、僕はいつでもなまえちゃんの味方だよ。」
壊れ物を扱うかのように彼は指で私の髪を梳いた。目の前の笑顔には偽りなどなく、本心で勇気づけてくれているのだとわかる。
「なまえちゃんがどんな選択をしても、応援する。」
タカ丸くんはまるで妹を宥めるかのような柔らかい表情をしていた。世界の悪意から守ろうとしてくれているかのような。立花くんの名前は出すのに核心を突かずにいてくれるところも、きっと私を気遣ってのことだ。
「……ありがとう。」
鼻をすすりながら私は彼の肩に頭を預けた。こんな風に露骨に甘えるのはここに来て初めてかもしれない。
タカ丸くんはそれから何を言うわけでもなく私が泣き止むまで隣にいてくれた。彼と別れて自室に戻った頃にはすっかり夜が更けていた。
涙と一緒にこの気持ちも洗い流せればいいのに。暗い部屋の中でいっそ忘れてしまいたいとあまりに悲しいことを考えていた。