一章
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私達が門の前に到着した頃には夕日が沈みかけていた。
「それじゃあまた食堂で。みょうじさん、今日は本当にありがとうございました。」
食満くんが善法寺くんと一緒に頭を下げて自室へと帰っていく。それに潮江くんとろ組の二人も続いた。
「私も早く食堂行かないと。後でね、立花くん。」
一度別れようと背を向けると温かい手が私を引き留めた。驚いて振り返れば優しく微笑む彼の姿。
「しばしお待ちを。」
そう言って彼は懐から何かを取り出した。小さな布の中から現れたものに私は目を瞠る。
「これ……どうして。」
「こっそり買っておいたんです。なまえさんに似合うと思いまして。……もらってくれますか?」
彼の手に乗せられていたのは私が諦めた櫛だった。一体いつの間に。恐る恐るそれに触ってみると夕暮れの中できらりと光る。
「……いいの?もらって。」
「ええ、是非。貴方の為の贈り物ですので。」
その時ふと別の時代の知識が頭によぎった。
違う。この時代はまだ思いを伝える為に櫛を贈る習慣はないはずだ。茹で上がりそうな頭を冷静に冷ます。
顔に出してはいけない。悟られてはいけない。この気持ちには蓋をしておくべきだ。自分で自分に警鐘を鳴らし、許されない感情を心の底に押し込んだ。
「ありがとう。大切にする。」
大丈夫。上手く笑えている。いつも通りに、何食わぬ顔で。そっと自分の巾着に櫛を仕舞い込んで、目の前の彼に手を振った。
「それでは、また食堂で。」
「うん、またね。」
今度こそ背を向けて彼と別れる。何故だか泣いてしまいそうだった。
本当はもう、溢れてしまいそうなこと。わかっている。わかっているのだ。それでも、この世界でこの思いに希望を持つわけにはいかない。
叶うはずのない未来に見ないふりをして、足早に食堂へと向かった。