一章
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「なまえちゃん、可愛いな!」
「ありがとう小平太くん。」
六年生のみんなが待ってくれてる場所に到着すると、開口一番小平太くんが褒めてくれた。
「本当、よくお似合いです。」
「……とても、素敵です。」
「町で変な奴に声かけらんねえよう気をつけないとですね。」
続いて善法寺くん、中在家くん、食満くんからも嬉しいお言葉。ただ一人潮江くんだけは所在なさげに視線を彷徨わせていた。
出門表にサインをして町へと向かう。みんな私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていた。こういう気遣いができる辺りさすが上級生だ。
「みょうじさんは町へ行くのは初めてですよね?」
「うん。どんなものがあるのか楽しみ。」
隣の善法寺くんに聞かれて私は顔を綻ばせた。この時代の文化に肌で触れることができるなんて、想像しただけで胸が躍る。
「今日は結構色んな店が出てるようですよ。」
「そうなの?」
「美味しいうどん屋にも行く予定ですので期待していてください。」
立花くんからさらに気分の上がる報告を受ける。こっちに来てからお店でごはん食べるのって初めてだ。お昼まだだったからお腹もすいてる。
しばらく歩くと周りが賑やかになってきた。人々は活気に溢れていて町に到着したのだとわかる。
野菜、魚、花、染め物。様々なお店がずらりと並んでいて目移りする。これがカメラで収められたらどんなに良かったか。ついないものねだりしてしまう。
「まずは腹ごしらえだな。みょうじさん、こっちです。」
食満くんに案内されたのは多くのお客さんで賑わっているうどん屋さん。並ぶかもと思ったけど幸い全員座れる席が空いていた。
一つの机を七人で囲む。私の横には立花くんと七松くんの姿があり、向かいには硬い表情の潮江くんが座っていた。
「なまえさん、何になさいます?」
壁にかかっている札を指さして立花くんがこちらを窺う。結構種類が多くて迷ったけれど結局卵の誘惑には勝てなかった。
「月見うどんにしようかな。」
「わかりました。」
すみません、と店主に向かって声をかける。立花くんと食満くんが手際よく注文してくれ、私達の机にはすぐにうどんがやってきた。
「美味しそう……!」
「味は保証するぞ!」
小平太くんが歯を見せて笑う。どうやら彼も以前このお店に来たことがあるらしい。私は立ち上る湯気に我慢できず早速手を合わせた。
「いただきます。」
六年生のみんなも口々にいただきますを唱えてそれぞれ注文したものを啜る。お出汁がじんわりと口に広がって、麵はつるつるもちもちだ。どうしよう、このうどんすっごく美味しい。
「お、美味しい……!」
思わず感動を口にするとその場の全員が目を細めた。何だかはしゃぎすぎてしまっているようでちょっと恥ずかしい。
「そうでしょう。ここのうどんは評判なんですよ。」
善法寺くんがお揚げを食べながら教えてくれる。彼のうどんもなかなか美味しそうだ。次は私もきつねうどんにしようかな。
「文次郎もこのうどんには鉄粉かけないな!」
「……別に何にでもかけるわけじゃない。」
小平太くんの笑い声に潮江くんが抗議する。それにしても鉄粉かけるって何だろう。鉄粉って鉄の粉だよね。それをうどんにかける、とは。ちょっとどういうことか想像がつかない。
「鉄粉……?」
私が首を傾げると潮江くん以外がわははと吹き出した。潮江くんだけが項垂れてため息を吐いており私は状況について行けていない。
「文次郎はおにぎりまで武器にするんですよ。握り飯に鉄粉を塗して乾燥させれば投擲武器になりますし、さらにぺっちゃんこにして形を変えれば鋭利な苦無にもなります。色々便利というわけです。まあ、僕は彼ほどギンギンに忍者してるわけじゃないので真似できませんけど。」
善法寺くんの説明にまた謎の表現が出てくる。鉄粉おにぎりまでは理解できたがギンギンに忍者するって何だろう。首を傾げていると私の疑問を察した食満くんが笑いを堪えながらさらに詳しく潮江くんについて教えてくれた。
「こいつ鍛錬馬鹿なんですよ。毎晩鍛錬に出掛けては山で叫んでるし、精神力向上とか言って10キロもあるそろばん常に持ってるし。本当理解に苦しむというか。」
「お前も似たようなもんだろう!」
「俺は池で寝たりしねえよ。」
「い、池……?」
食満くんと潮江くんの言い争いが始まってしまった中でも私の混乱は続いていた。まとめると潮江くんはおにぎりに鉄粉を塗して夜な夜な叫びながら鍛錬に出掛け、謎の10キロそろばんを持つ池で寝る人。うん、凡そ常人だとは思えない。
「……何か、潮江くんの隈の理由がわかった気がする。」
「ああ、違いますよなまえさん。文次郎の隈は会計委員での徹夜が主な原因です。」
「徹夜?」
「……帳簿を合わせる為に四日続けて寝ないことも、あります。」
「ええ……。」
立花くんに続いて中在家くんも補足を入れてくれる。何も自らそこまで体を追い込まなくても。潮江くんの将来が心配になってきた。
「冬も池で寝るの?」
素朴な疑問を目の前の彼にぶつけてみる。今は夏だからいいがもっと気温が下がれば凍えて死んでしまいそうだ。
「……冬は三日に一回だけです。」
「それ全然譲歩できてないよ。いつか死ぬよ。」
思わず口を突いて出てしまった言葉にその場は爆笑に包まれた。いつもよりも明け透けな物言いになってしまったからか言われた本人は焦ったように顔を赤くしている。
「はあ、笑った。なまえちゃん面白いな!」
「素直な感想を述べただけですが。」
「それが最高なんですよ。ほら、長次なんかツボに入ったまま抜け出せなくなってる。」
食満くんの視線の先にはぷるぷる肩を震わせている中在家くん。善法寺くんも咽てしまってるし非常に申し訳ない。
「でも本当に、自分の体労わらないといつか倒れちゃうよ。ギンギンに忍者するなら体調管理も大事、ね?」
潮江くんを覗きこむと彼は「う、」と唸った。思い当たる節はあるらしい。頬を赤く染めうろうろと視線を移動させている。
「……はい。善処します。」
最終的には良いお返事をくれた。こうして見るとやっぱりまだあどけない15歳の少年だ。彼と向かい合ってちゃんと会話できていることが、こんなにも嬉しい。
「全員食べ終わったな。そろそろ出ましょうか。」
「あ、じゃあお会計……。」
財布を取り出そうとすれば立花くんにさっと制される。驚いてそちらを見ると綺麗な笑顔で首を振っていた。
「今日は私達に出させてください。」
「え、でも。」
「お願いします。」
有無を言わさぬその瞳に押し黙る。働いた分は学園からいくらか支給されてるから私もお金を持っていないわけじゃない。それなのに年下の男の子達に奢ってもらうなんて、いくら何でも情けなくないだろうか。
「気にしないでください。元々私達がお誘いしてるんです。少しは格好つけさせてください。」
私の考えを読み取ったのか、立花くんは色男のように完璧なフォローを入れた。今でも充分格好良いというのに、本当にスマートな人だ。
「それじゃあ……お言葉に甘えて。みんなありがとう。」
他のみんなにもお礼を言うと気にしなくていいと優しい笑顔が返ってきた。敵わないなあ。
店主にご馳走様を告げて店を出る。まだ陽は高くて他の物を手に取る時間もたっぷりありそうだ。
「次はどこ行く!?」
「まあ待て小平太。なまえさん、どこか気になるところはありますか?」
「あ、じゃあえっと……日用品とか売ってるところ。ちょっとこの時代にどんな物があるのか見てみたくて。」
「承知しました。」
立花くんの卒のないエスコートにより次は日用品店へ。店先を見るとそこには化粧道具、器、煙草入れなど日常生活で使用する様々なものが飾られていた。
「……素敵。」
ちょこんと並べられている湯吞みを手に取り眺める。それは柔らかい風合いでどこか温かさを感じるものだった。お茶もいいけど、コーヒーなんか入れてもお洒落に見えそうだ。
「これも……お似合いです。」
隣に並んだ中在家くんが差し出したのは薄緑の手拭い。淡い色ながらも目を引くデザイン。正直すごく好みだ。
「ほんと、可愛いね。これ買っちゃおうかな。」
「……それなら私が。」
「え、いやいや。これ以上は甘えられません。」
さすがにここはきっぱりと断る。着物も用意してもらって顔も頭も綺麗にしてもらって、その上うどんまでご馳走になっているのだ。日用品くらいは自分で買わないと罰が当たる。
その後店を物色していると、あるものが目に入った。小ぶりのそれを手に取ってみる。
「綺麗。」
透かしの入った鼈甲の櫛。思わずうっとりと見入ってしまう。こういうの一つ持ってたら日々のお化粧も楽しくなるんだろうな。
「それ、気に入りましたか?」
気づくと立花くんが立っていた。彼によって意識が引き戻され、慌てて櫛を元の場所に置く。
「あれ、お買いになられないんですか。」
「うん。他のお店も見たいし……予算的にも厳しいかもだから。」
「ですが、」
「いいの。手拭い買ってくるから先に外出てて。」
いつ何があるかわからないから今の手持ちを全部使ってしまうわけにはいかない。後ろ髪を引かれながらも計画的にお金を消費することを優先した。また町に来ることがあれば、その時あの櫛を買おう。
「お待たせ。」
「お、良いもの買えました?」
「うん。中在家くんおすすめのやつ。」
「……もそ。」
手拭いを食満くんに自慢すれば中在家くんは照れ臭そうに頬を掻いた。また彼の新しい一面を知って頬が緩む。
「次はどこに行きましょうか。」
善法寺くんが私の意見を窺ってくれる。けれどこちらとしてはもう行きたい場所には行けてしまった。それならば私が知りたいのは他でもない。みんなが何に興味があるのか、だ。
「みんなの行きたい場所に連れてってほしいな。」
私の提案が意外だったのか六人ともきょとんと目を丸くした。それでもすぐに意図は伝わったようで、今度はどうしようかと悩み始める。
そんなにたくさんおすすめのお店があるのか。楽しみだ。
「それじゃあまず私から!」
小平太くんが一番手で、そこからは怒涛のお店巡りだった。色んな動物が売られているお肉屋さんに薬草屋さん。数十種類の花の種が売られているお店や武器屋さんも興味深かった。潮江くん行きつけのお団子屋さんは本当に美味しかったし立花くんと一緒に化粧道具を選べたのも貴重な経験だ。
全部のお店を回り切った頃、空はすっかり夕焼けになっていた。食堂の仕事があるからそろそろ戻らないといけない時間。
「今日は本当にありがとう。すごく楽しかった。」
こっちの世界に来てから買い物するというのは初めてで、とてもいいリフレッシュになった。六年生の優しさに包まれて、幸福感で胸がいっぱいだ。
「こちらこそ。みょうじさんと過ごせて楽しかったです。」
善法寺くんの言葉に他の五人も頷く。私達はこの時間を惜しむようにゆっくりと学園へ歩き始めた。