一章
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食堂が片づき、私は言われた通り作法室に向かっている。一体何が待ち受けているというのだろう。廊下を歩きながら、緊張で胸が高鳴るのを感じていた。信頼できる中在家くんからの誘いだから、身構える必要はないはずなんだけれど。
「失礼します。」
中に声をかけたあと障子を開けると、初めに目に飛び込んできたのは意外な人物だった。
「あ、なまえちゃんようこそ~。」
「馴れ馴れしいぞ斉藤。」
一番に出迎えてくれたのはタカ丸くん。彼の呼び方に苦言を呈したのは作法委員長の立花くんだ。そして彼らの後ろには他の作法委員会の面々がいる。どういった状況なのか理解が追いつかず、私はこれでもかと首を傾げた。
「……ごめん、全く呑み込めてないんだけど。」
「細かいことは気にしなーい。」
「まずはこれに着替えてください。」
何故か喜八郎くんに宥められ、浦風くんから着物を手渡される。本当に何。結局全く説明がないまま私は隣の部屋で言われるがまま服を着替えた。
「お待たせしました……?」
はてなを頭にたくさん浮かべて作法室に戻るとみんながぱっと顔を綻ばせた。
「なまえちゃん可愛い~!」
「とてもお似合いです。」
タカ丸くんと立花くんはさすがとしか言いようがない。女性の扱いを心得ているのか瞬時に私を褒めてくれた。私が身に着けているのは薄いピンクの上品な着物。身に纏っているだけで少し高貴な気分になる。
「……僕もなまえさんと町に行きたかったのに。」
口を尖らせた喜八郎くんがぽつりと呟く。そこでようやく中在家くんの言葉と今の状況が繋がった。どうやらこの作法室でお洒落をしてから町に出掛けるということになっているらしい。
「今日は我々六年生の番だ。またの機会にしろ喜八郎。」
立花くんがやれやれと肩を竦める。これまでの文脈から薄々気づいてはいたがやはり六年生からの誘いだったのか。
「あの、これから出掛けるのって六年生のみんなとってことだよね……?」
「はい、そうですが……長次から聞いていませんか?」
「えっと、町に出るから作法室へ行ってほしいとだけお願いされて……。」
「……成る程。」
それは申し訳ないと彼は苦い顔をした。もしかして中在家くん、サプライズ好きなのだろうか。意外とお茶目な一面を発見して少しだけ彼のイメージが変わった。
「それではなまえさん、次はこちらに座ってください。」
立花くんが指定したのは何やら綺麗に道具が並べられた机の前。伝七くんが座布団を運んできてくれ、兵太夫くんに手を引かれながら私はそこに腰を下ろした。
「お顔に触れてもよろしいでしょうか。」
立花くんが私のすぐ隣に座る。問いかけの意図を理解した私は思わず目を丸くした。
「もしかして作法委員長直々にお化粧してくれるの?」
「なまえさんが嫌でなければ是非。」
嫌なんてこと、あるわけがない。緩む頬を隠し切れないままお願いしますと頭を下げると彼は喜んでと目を細めた。
立花くんの細くて白い手がそっと私の肌に触れる。緊張しているのを悟られないよう、平静を装って瞳を閉じた。
人にメイクをしてもらうのは人生で二度目かもしれない。小さい頃母が口紅を塗ってくれたことは何度かあったのかもしれないがあまり記憶にない。はっきりと覚えているのは成人式の時くらいだ。
立花くんは丁寧に私の顔を整えていく。化粧の仕方も、私達の時代に少し寄せてくれているようだった。以前未来のメイク方法について根掘り葉掘り聞かれたのはこの為だったのか。
「最後に紅を引いて完成です。」
彼の指がつ、と私の唇をなぞる。こちらを覗いている顔は息を呑むほど端正で、私は頬を赤くしないよう必死で自分の感情を抑えつけていた。
「どうですか?私にはとても素敵に見えますが。」
甘い言葉を添えながら立花くんが手鏡を渡してくれる。そこに映っていたのは久しぶりにフルメイクをして着飾っている自分の姿だった。
「……綺麗。」
ぽつりと零すと目の前の彼は満足そうに笑みを浮かべた。周りのみんなも口々に褒めてくれる。
「本当にお綺麗です。」
「僕が攫っちゃいたいくらい。」
浦風くんと喜八郎くんのストレートな物言いに照れ臭くなる。ありがとうとその頭を撫でると二人とも嬉しそうに頬を緩めた。
「それじゃあ最後は僕の出番で~す。なまえちゃん、髪触っていい?」
「勿論だよ。」
本当に今日は至れり尽くせりらしい。まさか髪までアレンジしてもらえるなんて。タカ丸くんは慣れた手つきでするすると私の髪を梳く。まるで美容院に来たみたいだ。
「なまえちゃんも普段からお化粧してるよね。あれ自前なの?」
「ううん、くのたまの子達に貸してもらってるの。私のいた時代の道具とはかなり違ってるから立花くんほど上手くできないんだけどね。」
「そんなことないよぉ。いつも可愛いなって思って見てるし。」
タカ丸くん、ものすごく髪結いに向いてる気がする。現代の美容師さんと話してるみたいだ。しかもチャラめの。さりげなく可愛いを挟んでくれる彼に脱帽するしかなかった。
「あれ、そういえば立花くんが女性用のお化粧上手なのは何で?そういうのも作法委員会で学んだりするの?」
私の素朴な疑問に彼は視線を逸らした。どう答えようか迷っているように見えて、触れてはいけない話題だったのかと反省する。
「立花先輩は女装がお得意なんですよ。」
「こら余計なことを言うな喜八郎。」
痺れを切らした喜八郎くんが代わりに真相を教えてくれる。立花くんは眉間を押さえて彼を小突いた。
そうか、女装。忍者だったらそういうこともあるはず。三郎くんも変装名人だし、忍たまのみんなにとって別人になり替わるというのはきっと必須項目なのだ。恐らく授業の一環で化粧道具にも触れるのだろう。
だけどやっぱり年頃の男の子。あまり女装をしていると大きな声では言いたくないのかもしれない。立花くんの女装なら美人さんなのは間違いないし、本当はちょっと見せてもらいたい気持ちもあるんだけど。それは心に閉まっておこう。
「私も見習いたいなあ。今度教えてくれる?」
「……なまえさんのお望みなら。」
快諾というわけにはいかなかったが彼は頷いてくれた。いつもより少し幼く見えるその様子に微笑ましくなる。
「はい完成~。すっごくいい感じだね!」
タカ丸くんがいそいそと鏡を手渡してくれる。見ると前回やってもらった時とはまた違う、アップで一つに纏められた髪型になっていた。簪などはついていない。だけど充分華やかだった。彼の技術の高さが窺える。
そういえば戦乱の世はほとんど髪飾りは着けなかったんだっけ。確か簪が主流になるのは江戸時代からだったはず。装飾が少ないのにこれだけ可愛く仕上げられるなんて、本人が日々努力を続けている証だろう。
「これで全部ですか?」
「ああ、そうだな。」
「それではこれから立花先輩もお出かけになられるんですね。」
「そういうことだ。すまんが後片づけを頼む。」
「はい。」
「はあーい。」
立花くんが一年生二人の問いかけに答え、伝七くんの短い返事と兵太夫くんの間延びした返事が重なった。浦風くんも一緒に部屋の中を整え始める。その中でただ一人、喜八郎くんが棒立ちのまま口を尖らせていた。
「どうしたの喜八郎くん。」
動きそうにない彼に声をかけると猫のように私にすり寄ってきてきゅっと腰に手を回される。
「……立花先輩ばかりずるい。」
不満げに見上げるアーモンドアイに私は眉を下げた。こちらとしてはこのまま一緒にお出かけしてもいいのだが今日は六年生からのお誘い。彼を連れて行くことは叶わないだろう。どうしたものか。
「それじゃあ今夜は四年生がなまえちゃんの時間をもらえばいいんじゃない?」
喜八郎くんの後ろからやってきたタカ丸くんがにこにこと提案する。忍たまになってまだ日が浅いと聞いていたが、やはり最上級生と同じ年齢。喜八郎くんを宥めるその様子はまるでお兄さんのようだった。
「いいかな?」
「あ、うん。私は構わないよ。食堂の仕事が終わってからになるからちょっと遅くなっちゃうかもだけど。」
「なまえさん、本当?」
喜八郎くんの顔がぱあっと明るくなる。こんなに喜んでもらえるなんて、ありがたいことこの上ない。
「本当。四年生のみんなに会えるの楽しみにしてるね。」
ふわりと髪を撫でると彼は気持ちよさそうに目を細めた。本当に猫みたいだ。
「喜八郎も落ち着いたようですし、そろそろ行きましょう。」
一件落着したところで立花くんから声がかかる。どうやら六年生はすでに門の前に集まってくれているらしい。私はタカ丸くんと作法委員のみんなにお礼を言って立花くんと一緒にその部屋を出た。