一章
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「あれ?怪士丸くん一人?」
「なまえさん。」
お風呂と夕食を済ませて図書室に向かうと、中では怪士丸くんが作業中だった。珍しく中在家くんも不破くんもいない。
「お二人は今日実習だそうで。」
「そっか、期末近いもんね。」
「最近上級生はとてもお忙しそうです。」
隣に座る許可をもらって彼の横で書物とノートを開く。カチカチとシャー芯を出す音が静かな図書室に響いた。
近頃は期末試験が近くなってるということで少しずつ学園内が忙しなくなってきている。学期末に合わせて事務処理も多くなっており、ここ1週間は吉野先生と一緒に悲鳴を上げていた。明日からもまた書類の山と睨めっこすることになるのだろう。
「作業は順調?」
「今日の分はそろそろ終わりそうです。」
「それはよかった。」
怪士丸くんは図書カードをチェックして不備があれば必要事項を書き込んでいく。すらすらと規則正しく並んでいく文字列に、しばらく自分の書物と戦っていた私の手が止まった。
「怪士丸くんは字が上手だね。」
思わず零すと彼は目を真ん丸にして私の方を見た。
「僕……ですか?」
「うん。すごく丁寧で読みやすい字。」
続けて褒めると彼の頬がほんのり赤く染まる。
「えへへ、ありがとうございます。中在家先輩がとても綺麗な字を書かれるので……。」
あんな風になりたくて、と照れたように彼は笑った。きっと憧れの先輩に近づく為に日々字の練習をしているのだろう。何とも健気でいじらしい。私は胸がいっぱいになりそっと彼の頭を撫でた。
「そうだ、私の字の先生になってくれない?」
思いついたことをそのまま話してみると彼はさらに目を大きくした。自分でも突拍子がなかったことには気づいていたが、彼の向上心にどうにもそそられてしまった。教えを乞うなら学ぶ意欲の高い人の方が良い。
「僕がですか?そ、そんな、なまえさんは頭の良い方ですし僕より中在家図書委員長の方が良いんじゃ……。」
怪士丸くんより遥かに年上の私。彼が戸惑うのも無理はなかった。だけど不安げに揺れるその瞳の奥には、確かに好奇心と期待が滲んでいる。
「怪士丸くんが良いの。教えてくれる?」
もう一押ししてみると彼ははにかみながらこくりと頷いた。私も良かったと胸を撫でおろす。
「ありがとう。怪士丸くんの暇な時でいいからね。」
「こちらこそありがとうございます。その……実は一度先生を体験してみたかったんです。」
前から同級生に物を教えるのが上手だと思っていた。彼自身、教師という職業に憧れがあったからなのか。私もこの時代の字が上達するし怪士丸くんも将来の選択肢の幅が広がる。我ながらこれはなかなかいい申し出だったかもしれない。
「あの、ろ組のみんなには内緒にしてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ。でもどうして?」
控えめにこちらの顔を覗きこんでくる彼に私は首を傾げた。すると怪士丸くんは少し言いにくそうに口を開く。
「このこと話すとまたみんな図書室に押しかけちゃうかもしれないし……それに、なまえさんと二人きりになれることって少ないから……。」
段々と尻すぼみになっていく語尾にゆるゆると頬が緩む。なんて可愛いのだろうと気づけばぎゅっと抱きしめていた。
「わ、なまえさん!?」
「ふふ、約束する。ろ組のみんなには内緒ね。」
「は、はい。ありがとうございます……!」
小指を差し出して彼と指切りする。私と怪士丸くんの間に固い友情が結ばれた気がした。
「作業の邪魔しちゃってごめんね。お互い再開しようか。」
「はい!」
図書カードをチェックする怪士丸くんの手元から、再び紙と筆の擦れる音が響く。彼の奏でる心地のいいリズムを耳に入れながら、静かで優しい夜を過ごしていた。