一章
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「なまえさん!こっちでーす!」
「う、ん!ちょっ……と、待って……!」
ぜえぜえと息を切らしながら小さな背中を追いかける。いやしかし。これはどうにも。
「し、死んでしまう……。」
弱音は風に吸い込まれ消えていく。
心配されていた通り、一年は組は体力お化けだった。かくれんぼを始めてから一時間、私の息はすっかり上がってしまっている。
鬼は三人で残りの人数を見つける。裏山に詳しくない私は、迷子にならないように必ず誰かと一緒に行動することになっている。今は喜三太くんと伊助くんを追いかけながら、隠れる場所を探していた。
「あ、ここ!ここにしましょう。」
鬱蒼とした木々の中に三人分入れそうな茂みを発見し、二人と一緒に身を潜める。
「もーういいかあーい!」
「もーいいよー!!」
団蔵くんの声が元気に響き、隠れているみんなもそれに返す。鬼が数を数えている場所とはまだ距離があるが、あまりに息切れがひどくすぐに見つかってしまいそうだ。
「なまえさん、大丈夫ですかあ?」
両脇の二人に背中をさすられる。呼吸が整わないまま汗がぽたりと落ちた。
「ありがと、大丈夫。ちょ、っとお水飲んでもいいかな。」
風呂敷に入れておいた水筒を取り出し水分補給をする。立花くんや三郎くんにも注意されたが、この暑さで動き回っていては倒れてしまいそうだ。
透き通った水が喉をするすると落ちていく。体にもたらされた冷たさと潤いに、ようやく一息吐けた。
「ふう、ちょっと落ち着いた。」
「すみません、走り回らせてしまって。」
「いや、私に体力がないだけ。こんな風に遊ぶの久しぶりだからすごく楽しいよ。」
二人にも水分補給を勧め、少しの間和やかな時間が流れる。辺りは蒸し暑さに包まれており、依然汗は止まっていなかった。
「なまえさんの時代にもかくれんぼはあったんですかあ?」
「あったよ。小さい頃はよく弟としたなあ。」
「弟さんいらっしゃるんですね。」
どうやら面倒見が良い印象を持ってくれているらしく、伊助くんは納得したように頷いている。お姉さんらしく見えているのなら嬉しい限りだ。
「五つ下なの。だから小松田くんの一個上?かな。」
「もう大人なんですね。」
「ふふ、私のいた時代ではまだまだ子供だよ。私もね。」
「はえ~、なまえさんが子供だったら、小松田さんなんて赤ちゃんですね。」
「言い過ぎ言い過ぎ。」
目を丸くさせる喜三太くんがあまりに辛辣で笑ってしまう。悪気がないところが余計にツボに入った。
「あ、足音が聞こえる。」
声を潜めた伊助くんが身を低くする。私もそれに合わせて頭を下げた。
足音は一つ。段々とこちらに近づいて来るのがわかる。
息を止めて通り過ぎるのを待つ。音が聞こえなくなり行ったかと短く息を吐いたその時、目の前が開けて急に明るくなった。
「なまえさん、喜三太、伊助、めーっけ!」
顔を見せたのは虎若くんだった。してやられたという様子で二人は項垂れる。
「あーあ、見つかった。」
「早すぎるよう。」
「野生の勘、ってやつ?」
「虎だけに?」
微笑ましいやり取りに笑みが零れる。茂みに隠れていたからか葉っぱだらけで、二人についている分を掃った。
「なまえさんもついてます。」
「え、どこどこ。」
「僕が取ってあげます!」
喜三太くんの前に屈み、同じように葉っぱを掃ってもらう。すると遠くから団蔵くんが走ってきているのが見えた。
「あーずるい!なまえさんは俺が見つけたかったのに!」
「早いもん勝ちだもんねー!」
「ちぇ、もうほとんどみんな見つけちゃったから虎若達も戻れよ。あとは三治郎だけ。」
「三治郎かあ。手強いな。」
確かに三治郎くんは小柄で隠れるのが上手そうだ。軽々と逃げていく彼の姿が想像できる。
私達は立ち上がり、団蔵くんの言葉に従って集合場所へと向かった。
「あ、なまえさん。こっちです!」
きり丸くんと兵太夫くんが手を振ってくれる。私もそれに応えながら彼らを目指すと、乱太郎くんが三治郎くんを連れてきているのが見えた。
「これで全員か?」
「今度こそ見つからないと思ったのにい~。」
「残念でした!三治郎の考えそうなことくらいわかるんだから。」
木の上にいたらしい彼を見つけた乱太郎くんが、得意げにメガネを動かした。三治郎くんは悔しそうに顔を歪ませている。全員見つかったということは、また鬼を変えて再戦だ。
「次誰が鬼になる?」
鬼は特に見つかった順とかではなく、ランダムに決めている。役割が偏らないようにという配慮の為だ。
「あ、じゃあ私やろうかな。」
「大丈夫っすかなまえさん。」
先ほどまで盛大に息切れしていた私をきり丸くんが気遣ってくれる。
「大丈夫だよ。やってもらってばかりじゃ悪いし。」
「じゃあ鬼を四人にしよう。僕もやるよ。」
私の体力と夜御飯までの時間を考慮して、庄左ヱ門くんが鬼の増員を提案してくれた。いつでも冷静な判断ができる彼は、やはり学級委員長といったところだ。
「あと二人どうする?」
「まだやってない人~。」
「あ、僕だ。」
「僕も。」
「じゃあ金吾としんべヱで決まりね。」
「「はーい。」」
鬼が決まったところで私たちは数を数え始める。みんな一目散に方々へと散らばり、すぐに姿が見えなくなった。
「もういいかーい!」
「もういいよおー!」
お決まりの文句が返ってきたところで捜索開始だ。
ばらばらに見える彼らだが、こうして一緒に遊んでみると実に統率が取れており、手際がいい。てきぱきと展開されるかくれんぼに、ずっと感心してしまっている。
「なまえさんは僕と一緒に行きましょう。」
「お願いします。」
深々と頭を下げると、庄左ヱ門くんは少し笑って手を差し出してくれた。迷子にならないようにしっかりとその手を取って歩き出す。
「みんなどこかなあ。」
「兵太夫なんかはそう遠くには行かないと思います。なるべく体力を使わず勝ちたい性格なので。」
「何か、ちょっとわかる。」
案の定兵太夫くんは近くの木の葉の中に身を隠していた。絶対ばれない自信があったらしいのだが、あまりに不自然に置かれた葉っぱの塊に気づくのにはそう時間はかからなかった。
「ふふ、幸先いいね。」
「ええ。……あ、ちょっと待ってください。」
静かにするよう目で訴えられる。二人で黙って耳を澄ますと上から話し声が聞こえてきた。
「ちょっと押さないで、危ないから。」
「ええ、だって狭くてこっちも落ちそうなんだよ。」
ひそひそと降ってくる声は、恐らく伊助くんと団蔵くん。私と庄左ヱ門くんは顔を見合わせた。
この木、ちょっと高くはないだろうか。どうやって登ったんだ。隣の彼を見ると、段々と眉間にしわが寄っているのがわかった。
「伊助、団蔵見っけ。」
「え、あ、うわ!?」
突然の声に驚いた団蔵くんが足を滑らせ降って来る。とっさに抱きかかえる形をとったが、踏ん張ることができるわけもなくそのまま一緒に倒れ込んだ。
「うう、大丈夫?」
腰を打ったが、何とか下敷きになることができたのでよしとしよう。
「なまえさん!?え、あ、ごめんなさい!」
すぐに団蔵くんが飛び退いてくれ、私もやっとこさ身を起こす。
「君が無事でよかった。」
頭を撫でるとどこか泣きそうな表情を浮かべた。危ない行動だった為一応注意しておくべきかと口を開こうとしたところ、すごい剣幕の彼が隣からまくし捲し立てた。
「危険だからあんまり高い木に上っちゃ駄目だって言ったじゃないか!」
「ご、ごめん。」
「僕にじゃないでしょ!なまえさんがいなかったら団蔵怪我してたし、なまえさんも大変な怪我になったかもしれないんだぞ!もっと考えて行動しなきゃ!」
「あの、庄左ヱ門くんその辺で……。」
「なまえさんは口を出さないでください!」
「はい……。」
勢いに負けて口を噤む。団蔵くんはしょんぼりと肩を落とし、木の上にいた伊助くんも恐る恐る下へと降りてきた。二人を睨んだまま庄左ヱ門くんは仁王立ちである。私でもちょっと怖い。
「なまえさん、ごめんなさい。」
すっかり眉を下げてしまった二人が、窺うようにこちらを見上げる。ひしひしと反省が見受けられ、少し可哀想になってくる。
「大丈夫だよ。でも今度からあんまり危ないことはしちゃ駄目。心配するからね。」
「はい……。」
「よし、怪我がないならこのまま集合場所行ける?」
「はい!」
「良いお返事。じゃあ私達はもう少し探してから行くからね。」
頭を撫でてあげると元気を取り戻した彼らに手を振り、隣で黙っている彼に目を落とした。
「庄左ヱ門くん、平気?」
「……それは僕の台詞です。怪我されてるんじゃないですか。」
どう考えても怒っているのだが、そんな中でも心配してくれている。優しいなあ。
「ちょっと派手に倒れただけで、大丈夫だよ。怒ってくれてありがとうね。」
「……。」
お礼を言われたことが意外だったのか、照れ臭そうにそっぽを向かれてしまった。
「こちらこそ、団蔵を助けて頂いてありがとうございました。……でもあれは、危ないです。」
「そう、だよね。ごめん。体が勝手に動いちゃって。」
彼は本気で私の身を案じてくれていた。小さい体を震わせながら、精一杯の気遣いを口にしてくれている。いつも冷静な彼の熱い一面を見た気がした。
「なまえさんは、いつか誰かの為にいなくなってしまうようで怖いです。」
消え入りそうな声だった。彼の瞳が確かに不安で揺れている。
「……人の為に動けることはすごいです。なまえさんの長所だと思います。でも、自分自身を無下に扱うのは違います。僕はまだ貴方を守れない。だから、怖い。」
いつかの夜を思い出す。自分の気持ちを無視し続けた結果起こってしまった最悪の事態。半ばやけになって飛び出し挙句の果てに倒れて帰ってきた姿。
彼の中では十分なトラウマだっただろう。知っている人間を失うことは、誰だって怖い。
「ごめんね。危ないことはもうしない、約束する。」
「本当ですね。」
「う、うん。本当。」
念を押してくる彼の目は強い。しかしたじろいでいるわけにもいかず、どうしたら信用してもらえるだろうと思案した末私は小指を差し出した。
「指きり、ね。」
「……わかりました。」
二つの小指で約束を交わす。今後は自分の身を顧みず危険に飛び込んで行ったりしない。彼の小さな手に誓う。
それが終わるとようやく柔らかい空気が流れた。
「おおーい、二人とも~。」
「しんべヱくん。」
小走りでやってきた彼は、先程の私のように息が上がっている。急いで呼びに来てくれたのだとわかり、申し訳ない気持ちになる。
「み、みんな見つけたから。戻って来てって、金吾が。」
「わ、もう見つけたんだ。早いね。」
「ほとんど金吾が見つけてくれたんです。」
えへへと照れるしんべヱくんの背中をさする。
「ありがとうね、教えてくれて。」
柔らかいほっぺが緩やかに上がった。彼の呼吸がある程度整ってから、三人で集合場所へと向かうことにする。
「もう夕焼けだねえ。」
「ほんとだ、綺麗!」
赤くなった空を見上げながら、ようやく涼しくなってきた空気を胸に取り込む。
「なまえさん。」
「ん?」
庄左ヱ門くんは視線を逸らすことなく、真っ直ぐ前を向いていた。
「僕、見てますからね。」
先程の約束のことだとすぐにわかる。彼を泣かせるわけにはいかない。気遣ってくれた優しさに応えるためにも、私は私を大切にしよう。
みんなの姿が見える。温かな場所を見失わないように、私は自ら走り出した。