一章
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トモミちゃん達との話が盛り上がってしまい少々のぼせてしまった。いつものように自室前の縁側へと腰かけ夕涼みをする。七月ということもあり昼間は蒸し暑かったが、夜の風は心地がいい。
体がかなり疲弊している。裏裏山から帰ってきたばかりの時は気づかなかった。
山道を歩いて重くなった足を投げ出しゆらゆらと揺らす。今日見た景色やみんなの言葉を一つずつ思い出しながら、ぼんやりと空を見上げた。
「ご一緒してもいいですか。」
不意に声がした方を見ると、六年は組の二人がこちらを見下ろしていた。
「もちろん。二人が来るの、珍しい感じがするね。」
善法寺くんは大抵医務室で作業をしているし、食満くんは夜の鍛錬に出掛けてしまう。暗くなったあとに食堂以外で会うことは少ないのだ。
二人は私の左隣に腰かけた。辺りは涼しい空気で包まれており、どこか穏やかに時間が流れている。
「今日は薬草採りに行ってくださったそうで、ありがとうございました。」
三反田くんから聞いたのだろう。彼がここに来た理由がわかった気がした。
「ううん、すごく楽しかったから行けてよかった。」
「そう言っていただけるとありがたいです。何か危ないことはありませんでしたか?」
「伊作がこの前行ったときはひどかったもんな。」
食満くんがからかうように笑う。聞くと熊と山賊に襲われたあと、突然の豪雨に降られ崖から落ちたらしい。すんでのところで食満くんが助け出したそうなのだが、結局二人で傷だらけになって帰ったのだという。
「それは……壮絶だったね。」
「生きて帰れてよかったです。」
「本当にな。」
不運で片づけられないような話に思わず身震いする。二人にとっては笑い話になっているようだったが、私はお祓いを進めるべきか悩んでいた。
「私の方も、作兵衛がお世話になりました。」
そういえば二人の後輩はどちらも三年生だ。お礼を言ってくれる食満くんの顔はまるでお兄さんのようだった。
「そんな、富松くんにはいつも私の方がお世話になってるよ。」
「いやいや、作兵衛も言ってましたよ。次屋と神崎の世話をよく焼いてくださると。」
「それは……何でかわからないけどあの二人とよく遭遇するんだよなあ。私は送り届けてるだけだよ。」
「彼らを富松のところに送り届けられるのは才能ですね。」
「私達ならまず逃げられます。」
「気がついたらいなくなってるよね。」
「え、そうなの?」
二人が繋いだ手を放してどこかへ行ってしまった経験はまだない。もしかして本当に迷子を扱う才能があるのだろうか。
「みょうじさんは人を惹きつける力がありますから。自然と後輩達も寄っていくんでしょう。」
「ええ、話しかけてくれるみんなの優しさに私が甘えてるだけだよ。」
「いえ、みんなみょうじさんの人柄が好きで一緒にいたいんだと思いますよ。」
「綾部なんかべったりだしな。」
「喜八郎くんは確かに、懐いてくれてるかも……。」
猫のように近づいてくるアーモンドアイを思い出す。
「僕ももっと頻繁に来ようかな。」
「え?」
「みょうじさんの夕涼み。結構有名ですよ。」
「そうなの?」
普段ぼーっと空を眺めている様子を、多数の人に目撃されているというのはかなり恥ずかしい。明日からもうちょっと気合を入れた顔をしておこう。
「じゃあ俺も。みょうじさんと話してるとなんと言うかこう、落ち着きます。」
「そ、そうでしょうか。」
光栄です、と畏まれば何だそれと笑われた。食満くんは年下なのにお兄ちゃんのような雰囲気がある。
「誰がよく来るとかあります?仙蔵は見かけますけど。」
「そうだなあ、確かに立花くんはよく来てくれるね。あとは勘ちゃんと喜八郎くん。」
二人はおよそ予想通りといった顔だ。
「この前は鉢屋もいましたよね。」
「ああ、そうだね。五年ろ組のみんなもたまに来てくれるよ。あと六年ろ組の二人も鍛錬のない時に来てくれるなあ。」
「長次もですか?」
食満くんが物珍しそうに目を丸くさせた。
「中在家くんは図書室でもよく会うし、面白い本のこととか話してくれるよ。彼がどう思ってるかはわからないけど、私は勝手に波長が合うと思ってる。」
「へえ。」
二人は意外そうな顔をしていた。傍から見たら妙な組み合わせなのだろう。
中在家くんの静かながらも凛とした姿勢を、私はとても好ましく感じている。沈黙の中に穏やかさがあり、隣に座っていて一番落ち着くのは彼だった。
頼りになる立花くんや仲のいい勘ちゃん・三郎くんといる時とも違う心地よさ。図書室に通うようになって、言葉を交わさずとも分かり合える関係というものを知った。
「仙蔵が聞いたら落ち込みそうですね。」
「え。」
善法寺くんはいつもと同じような笑顔でしっかりと私を捉えていた。食満くんは意図がわからないらしく首をかしげている。
「仙蔵が?何で?」
「いや、僕には二人がとても仲良く見えるから。」
不敵な視線は私を試しているようにも思えた。いや、彼にとってはただの興味本位なのかもしれない。
ひんやりとした風が頬をそよぎ、鼓動が大きく音を鳴らした。
「立花くんにはよく頼らせてもらってるよ。仲が良さそうに見えてるのなら私も嬉しい。」
なるべく悟られないように平常心で返す。善法寺くんは短くそうですか、と答えたあとすぐにいつもの彼に戻った。
相変わらず、彼のことがわからない。学園に来てからずっと食えない印象のある善法寺くんのことを、私は未だ掴めずにいる。
普段朗らかな彼から時々もらうひやりとするような視線は、いつでも私の核心を捉えている気がした。
「さて、そろそろお暇しようかな。」
「お、そんな時間経ってたか。」
今日摘んできた薬草の処理が残っていると言う彼は、これから医務室に籠もるらしい。食満くんはすぐ自室に帰るそうだ。
二人が立ち上がる際、善法寺くんは私にだけ聞こえる声で耳打ちした。
「僕は貴方の意志を尊重しますが、嘘は体に毒ですよ。」
全てを見透かしたような彼の言葉に思わず視線を合わせると、自身の口に人差し指を立てた彼が柔らかく笑った。
「何を、」
「いえ、保健委員からの忠告です。」
先程までの探るような瞳ではなく、短く息を吐く。
追い詰められているのではない、心配してくれているのだ。向けられているのが敵意でないとわかり、途端に力が抜ける。
「じゃあ私達は戻ります。今日はありがとうございました。」
「う、うん。こちらこそありがとう。ゆっくり休んでね。」
「みょうじさんも。ほら伊作、行くぞ。」
「うん。みょうじさん、おやすみなさい。」
「……おやすみなさい。」
二人の背中を見送りながら呆然と立ち尽くす。
善法寺くんが何故突然あのようなことを言い出したのかはわからないが、自分の気持ちから逃げるなと言われているようだった。
彼は保健委員だ。戦場でいくつもの命を助けているとも聞く。救えた命、救えなかった命。どちらの方が多いのだろう。
無念に終わりを遂げる人の生涯。その中に確かにある涙、後悔、懺悔。目の当たりにしている彼は何を感じるのだろう。
人の世は短い。だからこそ後悔してほしくない。どこか厳しく映った彼の目は、私にそう訴えかけているようだった。
ここにずっといられないこと、一生を共にできないこと。わかっている。わかっているのだ。
しかし目を背け続けているものに、今はまだ向き合う勇気がない。変化に怯えている自分がひどく滑稽だった。
空を見上げると、宇宙のような星空が私を見下ろしている。いつでも慰めてくれていたはずの瞬きが嫌に眩しくて、何故だか今日だけは責め立てられているようだった。