一章
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お昼ごはんを終えたあと、その時はすぐに訪れた。自室に戻ろうと食堂を出たところ可愛らしい声が四つ、私を呼び止めた。
「なまえさん、お願いがあります。」
「はい、何でしょう。」
伏木蔵くんが先陣を切って話し始め、目線を合わせるためにその場へ屈む。
「僕達と日陰ぼっこしてくれませんか?」
「日陰ぼっこ?」
日向ぼっこではないのだろうか。詳しく聞いてみると彼らは明るい場所より暗い場所の方が性に合っているらしく、普段から日陰を好んで遊ぶのだそうだ。
「裏山にいい洞窟があるので、そこまで一緒に行って頂けませんか?」
「勿論いいよ。前に約束した散歩もまだできてなかったもんね。」
そうなのだ。あれから怒涛の日々で余裕がなく、彼らと一緒に出掛けることは叶っていない。
「本当ですか!それでは門の前でお待ちしています!」
了承の返事をすると彼らは顔を輝かせた。走っていく彼らを見送ったあと食堂へと戻り、おばちゃんに水筒を持たせてもらう。
そういえば部屋に中在家くんからもらった金平糖があったな。あれも持っていこう。
一通り準備を済ませ事務室の出門表に記入する。門へと向かうと、すでにみんな集まっていた。
「ごめんね、遅くなっちゃった。」
「いえ、僕達も今来たところです。」
「それじゃあ早速行きましょう!」
前のめりな伏木蔵くんを先頭にみんなで歩き出す。意識がはっきりした中での外出は初めてのことだ。もっともあの夜は外出などと呼べるような易しいものではなかったが。
「平太くんは暗いところは平気なの?」
怖いものが苦手なはずの彼に問いかける。
「暗いと落ち着くんです。でも、洞窟の中から変な音とかしたら嫌だな……。」
想像してしまったらしく泣きそうな顔で身を震わせた。
「平太は本当に怖がりだよね。まあ伏木蔵ほど怖いもの知らずなのもちょっと困るけど。」
「ええ、スリルを追い求めてないとつまらないじゃない。」
怪士丸くんの言葉に伏木蔵くんは口を尖らせる。性格が正反対の二人が仲良しだというのは、六年ろ組を思い起こさせた。
「伏木蔵は曲者とも仲良くしちゃうもんね。」
「曲者と?」
孫次郎くんにとっては会話の流れだったのだろうが私は驚きを隠せなかった。
「以前伊作先輩が命を助けたことがきっかけで、タソガレドキという城の忍者隊と仲良くなったんです。皆さん悪い人じゃありませんよ?」
あっけらかんと言ってのける伏木蔵くんはなかなかの大物だ。というか、只者ではないと思っていたけどやっぱりすごいな善法寺くん。
「なまえさんは暗いところ大丈夫ですか?」
怪士丸くんが心配そうに覗き込む。
「真っ暗なところに一人だとちょっと怖いけど、みんながいるから大丈夫だよ。」
僕と一緒だ、と平太くんは嬉しそうだった。
段々と山道になってきた。今になって気がついたが、ここ私が倒れた辺りだな。過去の愚行が思い出され苦い気持ちになる。
「そろそろ到着しますよ!」
そう言うと孫次郎くんは駆けだした。
「あっ、ずるい。」
「待ってよお。」
「ほら、なまえさんも!」
「うん!」
怪士丸くんが差し出してくれた手を取り、走って伏木蔵くんを追いかける。
「とうちゃーく!」
彼らがようやく止まってくれた時、私はすっかり息が上がっていた。相変わらず体力がない。
辿りついた場所は、まるで熊でも出てきそうな洞窟だった。ここは彼らのお気に入りの場所で、どうしても私を連れてきたかったのだと教えてくれた。
あまりに嬉しくて四人まとめて抱きしめる。彼らはそれが大層気に入ったようでしばらくくっついて離れなかった。
「そういえば、今日はみんなにお土産があるよ。」
「お土産?」
四人は目を輝かせて私の手元を見る。紙に包んでおいたものを風呂敷から取り出すと、わっと声が上がった。
「金平糖だ!」
「これ、食べてもいいんですか?」
「ふふ、どうぞ。中在家くんに分けてもらったものだから後でお礼言ってね。」
「はい!なまえさんもありがとうございます!」
腰を下ろし金平糖を一緒につまむ。静かで涼しいその場所は思いの外居心地がよく、落ち着くという彼らの気持ちがわかった気がした。
「甘くて美味しい。」
「本当だね。」
「なまえさんは甘味はお好きですか?」
「甘いもの大好きだよ。前に滝夜叉丸くんにもらったお団子もおいしかったなあ。」
「え、僕も食べたかったです!」
「それじゃあお店聞いて今度一緒に行ってみようか。」
「僕も行きたいです!」
「ぼ、僕も。」
伏木蔵くんに続いて他の三人も提案に乗ってくれる。競うようなその姿がなんだか微笑ましかった。
「あの、変なこと聞いても構いませんか。」
賑やかな会話の中遠慮がちに怪士丸くんが手を挙げた。
「ん?大丈夫だよ、どうしたの。」
「なまえさんは能勢先輩のこと、どう思っていらっしゃいますか。」
他の子達は何の事だかわからないという顔をしている。恐らく怪士丸くんが気になっているのは、私と能勢くんの間に流れている妙な空気のことだ。
図書室で顔を合わせることが多くなったため言葉は交わすが、どうにもぎこちない。敏感な彼はその違和感に気づいてしまったのだろう。
不安にさせないよう頭を撫でながら彼の質問に答える。
「能勢くんのこと好きだよ。真面目ですごく誠実な人だと思う。」
「本当ですか?」
「本当。彼はとても優しいから、きっと私に遠慮してくれてるんだろうな。大丈夫、すぐ仲良くなれるよ。」
「それなら、嬉しいです。」
「ふふ、心配してくれてありがとう。不安にさせちゃったね。」
にっこりと微笑めば彼の顔は再び元気を取り戻した。
私と怪士丸くんの会話が一区切りついたところで、次に口を開いたのは孫次郎くんだった。
「そういえばなまえさん、算術はできますか?」
「……簡単なものなら。」
何を隠そう私は生粋の文系である。一般教養くらいはできるが複雑なものは勘弁願いたい。
それにしても小さな子との会話は話題がどんどん変わって面白い。
「なまえさんの勉強会に僕も参加したくて中在家先輩のところに行ったんですけど、図書室利用者に迷惑がかかるからあまり大人数になってはいけないと断られてしまって。」
「ええ、そうだったの。ごめんね。」
孫次郎くんも伏木蔵くんに劣らず行動派だ。まさか直接中在家くんのところに行っているとは。それにしても孫次郎くんにも中在家くんにも気を遣わせてしまって申し訳ない。
「いえ!確かに図書室で騒がしくしてしまうのは良くないですし……。なので他の場所でたまに宿題を見てもらえませんか?」
「あ、それいい!」
周りの子たちの反応も上々だった。算術が得意か聞かれたのはそういうことか。
「私で大丈夫かな。」
「なまえさんはとても頭の良い方なので、絶対に大丈夫です。」
怪士丸くんは力強く答えてくれたが、あまり自信はない。今朝も思ったが、みんな私の能力を過大評価しすぎているのではないだろうか。
しかし数字は辞書がなくても読めるようになっているし、少し手伝うくらいなら私にもできるだろう。あくまで十歳の子に課される宿題だ。それほど難しいものではない、と願いたい。
「わかった。力になれるかわからないけど精いっぱいやらせてもらうよ。」
「やった!」
「手が空いてるときになっちゃうからたくさんは見られないかもしれないけど。」
「平気です!なまえさんの迷惑にならない時に聞きに行きます。」
相手のことが考えられる良い子達ばかりである。健気な姿にうっかり泣いてしまいそうだった。ここのところ涙腺が緩みっぱなしで困る。
「ああ!」
隣で話を聞いていた平太くんが突然声を上げた。見ると金平糖を落としてしまったようで少し先の方に転がっている。
「ぼ、僕取ってきます。」
慌てて立ち上がった彼が金平糖を拾おうと手を伸ばした瞬間、動きがぴたりと止まった。
「平太くん?」
後ろから声をかけると、涙を浮かべながらこちらを振り向く。その表情に他の三人も動揺を見せた。
「ど、どうしたの平太。」
「何か聞こえる……。」
彼の言葉に耳を澄ませてみると、確かに洞窟の奥から音がする。
「ねえ、だんだん大きくなってない?」
全員が顔をひきつらせた。孫次郎くんの言う通り、その音は真っ直ぐこちらに向かって来ているようだった。
やはり熊の寝床だったか、それとも危険な人物か。
「平太くん、こっちおいで。」
とにかくみんなを守らなければ。四人を後ろに下がらせ様子を窺う。さらに音は大きくなっておりそのスピードは予想以上に速い。
「みんな、洞窟の外に行こう。」
早くここから出た方がいい。直感的にそう思い避難を急ぐが音はもうすぐそこまで来ていた。
まずい、追いつかれる。四人の盾になることを覚悟した瞬間。
「こっちだー!」
聞き覚えのある声と共に見知った顔が現れた。
「さ、左門くん!?」
「なまえさん!こんにちは!」
「ええ?こんにちは。」
彼があまりにいつもと同じく元気に挨拶してくれるものだから私も咄嗟に返す。
「あれ、なまえさんだ。」
「おわ、次屋くん。」
続いて現れたのも知った顔。いや、どういうこと。
「か、神崎先輩……?」
腕の中から聞こえた弱々しい声にハッとする。
「ああ、みんなもう大丈夫!次屋くんと左門くん。怖い人じゃなかったよ。」
恐怖で泣いてしまっている平太くんの涙を拭う。他の三人も各々安堵している様子だったが、原因の彼らはまるで事態が呑み込めていない。
「何かあったんですか?」
「いや、気にしないで。とりあえず手繋ごうか。」
こんなところにいるということは二人は今絶賛迷子のはずだ。まだ平太くん達が心配ではあったが、彼らを見失うわけにはいかなかった。
「ところでここは何処でしょうか。学園に戻りたいのですが。」
「ええと、ここは裏山だね。」
「なまえさん達は何してらっしゃったんですか?」
「私たちは日陰ぼっこしてたの。」
「成る程、僕たちもご一緒していいですか?」
「それは勿論構わないんだけど、ええとこれ、富松くん……。」
下へと視線を移すと一年ろ組のみんなは苦笑していた。
「探してらっしゃるでしょうね。」
「……やっぱりそう思う?」
「帰りましょうか。」
「そうだね。」
四人の承諾も取れたので揃って洞窟を出る。意外と時間が経っていたようで空はもう夕焼けだった。
「なまえさん、歩きづらくないですか?」
キョトンとした顔の次屋くんが気にかけてくれる。
「山の中って迷いそうだから。私が迷子にならないよう握っててほしいんだけど、嫌だった?」
「いえ、むしろ役得です。」
「私も嬉しいです!」
本当は二人が迷子にならない為の防止策なのだけれど、黙っておいた方がいい気がした。一年ろ組のみんなも察してくれているらしく、文句も言わずに横並びでついて来る。
「二人の登場にはびっくりしたけど、今日は本当に楽しかったな。みんなありがとうね。」
我慢してくれている四人に向かってそう言えば、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「本当ですか?」
「僕達もすごく楽しかったです。」
「また一緒に来てくれますか?」
「勿論。」
「今度は僕達も何か持っていきます。」
「ふふ、それは楽しみだなあ。」
わいわいと賑やかに山を下っていく。どうやら日暮れまでには帰れそうだ。
七つの影が仲良く並んでいる。みんなの顔は夕焼けで赤く染まっていて、その姿がどこか穏やかな気持ちにさせてくれた。
彼らにとっての温かい時間がずっと続きますように。二つの手を握りながら、そんなことを願った。