一章
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タカ丸くんに結ってもらった髪型は、本当に好評だった。
診察に来てくれた善法寺くんからは
「いつも素敵ですけど今日は一段と華やかですね。」
と言われ、お風呂に行く前に偶然会った団蔵くんからは
「本物のお姫さまみたいです!!!」
と感激された。
さらに誰から聞いたのかはわからないが、お風呂のあとに勘ちゃんがものすごい勢いで走って来た。彼はすでに元通りになった私の髪を見て膝から崩れ落ちていた。
その落ち込みようはこちらが戸惑うほどで、今度タカ丸くんに髪を結ってもらった時は必ず見せると約束した。
今日も一日楽しく過ごせた。みんなとのやり取りを思い出し笑みが零れる。
寝る前はやはり静かだ。四年生との賑やかな時間が嘘のようで、少し怖かった。また誰か来てくれないだろうか、なんて我が儘を振り払い寝床へと潜る。
幸いにも眠気はすぐに訪れてくれ、段々と頭がふわふわしてくる。
「みょうじさん、入ってよろしいですか。」
眠りに落ちかけていたところに降ってきた声。ほとんど寝ぼけていたが反射的に返事をする。
「すみません、起こしましたね。」
「んん、だいじょぶ……。」
上手く舌が回らない。中々目も開けられない様子の私に、彼は思わず吹き出した。
「ふふ。」
「ん、どしたの。」
「いえ、すみません。みょうじさんがいつもより幼く感じられて、可愛らしいなと。」
「それは、褒められてない……?」
「褒めてます。もうお休みになられていたんですね、申し訳ありません。」
「いいの、寝る前は誰かと話したいと思ってたから。立花くんは何か用事?」
ようやく頭が少し起きてきた。自分が寝着だったことを思い出し慌てて前を整える。
「用事と言いますか、私がみょうじさんに会いたくなってしまって。」
「それは……嬉しいね。」
恐らく昨日の鉢屋くん同様、立花くんも私が寂しくないよう様子を見に来てくれたのだろう。しかしそれを口にしないのがどうにも彼らしい。
「今日は何か変わったことはありましたか。」
「そうだなあ、色々あったけど一番は潮江くんと仲良くなれたことかな。」
「!文次郎と話したのですね。」
彼はとても驚いているようだった。潮江くんが行動を起こすにしてもまだ先のことだと思っていたらしい。
「ちゃんと自己紹介してね、握手もしてくれたよ。みんなにとってはあの潮江くんが普通なんだろうけど、私はびっくりした。」
「文次郎は、気難しそうに見えますが本来気のいいやつです。面倒見もいいですし、あんなことがなければみょうじさんとはすぐに打ち解けていたと思います。」
「私もそう思う。今日話した彼からは全然威圧的な感じはしなかったし、むしろなんか可愛かった。」
私の発言に立花くんの動きがぴたりと止まった。怪訝な表情をこちらに向けている。
「可愛い?」
「うん。」
「あれが、可愛い……。」
絶句してしまっている。それは潮江くんにひどくないだろうか。
「あ、あとお昼は四年生と話したよ。」
「え、ああ。喜八郎はご迷惑を掛けませんでしたか。」
潮江くん可愛い発言に考え込んでしまった彼に別の話題を投げかける。何とか意識を戻してくれていつもの立花くんになった。
「全然。みんなでお団子食べたよ。それにタカ丸くんに髪結ってもらったんだ。」
「髪を?」
彼の眉がピクリと動いた。
「うん。編み込みにしてもらったの。今日はお風呂に入るまでその髪型にしてたよ。」
「……それはさぞお似合いだったんでしょうね。見られなかったのが残念です。」
なんだか彼の目がいつもより厳しい。言葉とは裏腹に纏っている空気はひりついていた。反応は全く異なるのに不思議と勘ちゃんが思い出される。
「ところで、その姿は誰かに見られました?」
「ええと、四年生のみんなと善法寺くん、あと団蔵くんかな?」
「尾浜や鉢屋には見られてないと?」
「う、うん。」
まるで刑事に追いつめられる犯人のようだ。冷や汗が滲んできた。
「それでは、今度粧す時がありましたら私に一番に見せてください。」
「ええと。」
「駄目でしょうか?」
その顔はずるい。断る余地がない。
「しょ、承知です。」
「ふふ、ありがとうございます。」
すぐにいつもの顔に戻る彼はやはり策士だ。
「そ、そういえば立花くん。今日は来てくれてありがとうね。」
居たたまれなくなって無理やり話題をそらす。彼は面白そうに私の会話に続けてくれた。
「言ったでしょう。私が会いたくて来ただけです。みょうじさんは気に病まないでください。」
「ふふ、ありがとう。昨日は三郎くんが来てくれて……。みんな優しいよね。」
「鉢屋が?……今三郎と仰いました?」
「あ。」
やばい、また墓穴掘った。先程よりも厳しくなった雰囲気に再び汗が滲む。
「ええと、お互い下の名前で呼ぶようになって……。三郎くん弟に雰囲気が似てるから私がお願いしたの。」
「弟、ですか。」
「うん。五つ下でね、可愛いんだよ。」
見せてあげられないのが残念だ、と零せば立花くんはいくらか機嫌がよくなった。とりあえず窮地を脱せた、のだろうか。
「それは私もお会いしてみたいですね。ところで。」
「ん?」
「私も下の名前でお呼びしてもよろしいですか。」
有無を言わさぬその瞳に、断れるはずもなかった。まあ、元々断るつもりもなかったのだが。
「呼んでもらえると嬉しい。あの、」
「私の名前は、なまえさんの気が向いたらでかまいません。」
見透かされているようだった。私の言葉を先回りした立花くんは綺麗な笑顔を作り、優しく私の髪を撫でてくれる。
まずい、と思った。
このまま距離を詰めすぎると戻れなくなる。頭の中で警鐘が鳴っていた。
「……話しすぎましたね。もうお休みになられないと体に障ります。」
「うん、ありがとう。今夜もよく眠れそう。」
「それは良かったです。何かあったらまた呼んでください。」
「ありがとう、立花くんもゆっくり休んでね。」
「はい、ありがとうございます。」
気まずくなってしまった私を察してからか、立花くんはにこやかに立ち上がった。
彼が静かに障子を開く。月灯りに照らされたその顔は息を呑むほど美しかった。月下美人の四文字が自然と頭に浮かぶ。
「なまえさん、おやすみなさい。」
「おやすみ、立花くん。」
二人で言い合ったあと扉が閉まる。
部屋に一人残された私は自分の胸にそっと手を当てた。昨夜三郎くんと話した時の心の温かさとは違う。その胸は熱を帯びていた。
しかしすぐに気の迷いだと振り払う。芽生えかけたその気持ちを、今はしまっておく他なかった。言い知れない焦りが迫って来る。呼吸を整えるために大きく息を吐いた。
この期に及んでこんな気持ち、許されるものか。許されるものか。
「……寝よう。」
熱を冷ますかのように布団に潜り込み、思考を遮断するために目を閉じる。
気づきかけた恐ろしい事実。それに蓋をしてしまうことに躊躇はなかった。