一章
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この日も喜八郎くんはくっついたままだった。朝ご飯を運んできてくれてからずっと布団の近くで遊んでいる。
私はというと昨日の分の書類を少しずつ片づけていた。
「なまえさん、ちゃんと休まないと駄目ですよ。」
「ありがとう。これだけ済ませちゃったら終わりだから。」
「もう。」
不服そうにしながらもそれ以上止めることはしない。何かしていないと落ち着かない私のことを彼はよくわかっているようだった。とはいえ、私もまだ本調子じゃない。また体調を崩すわけにもいかないので、あとはこの一枚だけにしよう。
「ふう。」
「終わりました?」
相手をしてほしいと言わんばかりの目に、思わず頬が緩む。
「とりあえず今日は終わり。何かお話しする?」
「したいです。」
何を話そうかと喜八郎くんの頭を撫でながら考えていると、珍しい顔が覗いた。
「あ、やはりここだったな。」
「げ、滝夜叉丸。」
昨日連れ帰られたからか、喜八郎くんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「げ、とはなんだ。この美しい私が来てやったというのに。みょうじさんこんにちは。」
「こんにちは。」
「何しに来たのさ。」
喜八郎くんの刺々しい視線も気にせず彼は続ける。
「まあそう怒るな。今回は連れ戻すために来たのではない。みょうじさんのお見舞いに来たのだ。」
「私?」
「はい。そろそろ他の四年生も来る頃かと……。」
滝夜叉丸くんの言葉通り彼らはすぐにやってきた。
「みょうじさんこんにちは。」
「田村くん、来てくれたんだね。みんなもわざわざありがとう。」
「なんか食堂以外で会うの新鮮ですね!」
「確かに。僕一度みょうじさんとちゃんとお話ししてみたかったんだ~。」
田村くんとは落とし穴の一件があってからよく話す。喜八郎くんは見ての通りだ。しかし他の四年生とは食堂での雑談程度で、あまり関わる機会はなかった。
「もうお加減はよろしいのですか。」
「そうだね、体調的には全然問題ないかな。さっきまで書類整理もできてたし。」
布団の周りにみんなが腰を下ろす。私の言葉に田村くんは苦い顔をした。
「あまり無理されてると立花先輩にお伝えしなければならなくなりますが。」
「そ、それは勘弁してください。」
以後気をつけます、と項垂れるとその様子を見て斉藤くんが笑う。
「ふふ。僕、みょうじさんってもっと取っつきにくい人なのかと思ってたんですけどそうじゃないんですね。」
取っつきにくい。そう言われたのは初めてだ。
確かに、これまでずっと気を張っていたから食堂でしか話さない人達にはそう思われていたかもしれない。
私が黙ったままなので、斉藤くんは慌てて訂正した。
「いえ、取っつきにくいというか完璧な人に見えたので!すごく優しいのは分かっていたんですけど少しだけ話しづらかったんです。」
「タカ丸さん、それはあまり先程と変わってないです。」
滝夜叉丸くんが冷静にツッコミを入れる。
「ふふ、いいんだよ。確かに前まではちゃんとしなきゃって緊張ばかりしていた気がするから。」
その緊張が周りにも伝わっていたのだろう。今はいくらか肩の力を抜いて話せるようになった。
「私は今のみょうじさんの方が好きです!」
「ありがとう、浜くん。」
素直な言葉に頭を撫でれば、満面の笑みが返ってきた。可愛い。尻尾が見えるようである。
「僕一度みょうじさんの髪触ってみたかったんですけどいいですか?」
斉藤くんが少し興奮気味に聞いてくる。そういえば彼は元々カリスマ髪結いを目指していたんだっけ。
「どうぞどうぞ。ずっと寝着だと気も滅入るし、ちょっとでも華やかになれば嬉しいな。」
「わあ~、ありがとうございます!いつも綺麗だなって思ってたんです。」
斉藤くんは手際よく髪を梳き始める。まるで美容室に来たみたいで心が躍った。
「さらさらですね、立花くんの髪質に似てます。」
確かに彼の髪はいつも綺麗だ。
「なまえさんの髪は艶があって好きです。」
「ありがとう。私は喜八郎くんの髪ふわふわで好きだよ。」
どうやら相思相愛らしい。喜八郎くんを撫でていると浜くんが急に真面目な顔で聞いてきた。
「みょうじさんが名前で呼ぶ人には何か法則性があるんですか?」
「え?」
「もしかして、い組だと名前で呼んでもらえるとか!?」
「い、いやそういうわけではないけど……。」
浜くんはしょんぼりと肩を落としてしまっている。
「守一郎、僕が呼んでほしいって頼んだんだよ。」
「ほんとか?」
「そうそう、滝夜叉丸くんは下の名前の方が呼びやすくて成り行きで呼んじゃってるけど。」
「よく話す喜八郎が私を名前で呼んでいるから、というのもありそうですね。」
「そうだね、移っちゃったかも。」
突然の問いかけに戸惑っている私を見兼ねて、喜八郎くんと滝夜叉丸くんがフォローを入れてくれる。二人の言葉を聞いて、浜くんは元気を取り戻した。
「基本名前で呼んでほしいって相手に言われてから呼ぶようにしてるから、浜くんのご要望があればお聞きしますよ。」
「是非!」
目線を合わせてそう言えば前のめりで返される。元気があってとても可愛い。
「じゃあ僕もお願いしようかな~。ついでにみょうじさんのことも下の名前で呼ばせてほしいです。」
私の髪を触りながら斉藤くんも乗っかる。
「私も呼んでいいですか?」
「私も呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか。」
浜くんと滝夜叉丸くんの声が被る。
「勿論。好きに呼んでね守一郎くん、滝夜叉丸くん。」
二人はどこか嬉しそうだ。
「三木ヱ門は?」
不意に喜八郎くんが話題を振った。そういえば田村くんは先程から口を開いていない。
「……そうだな。私も名前でお呼びしたいです。私のことも名前で呼んで頂けると、その、嬉しいです。」
彼はどこか緊張した面持ちだった。喜八郎くんや小平太くんなど、甘えるのが上手な子達は下の名前で呼ぶのも早かった。しかし田村くんのような聞き分けの良い優等生はどうしても遠慮をしてしまう。今後はもっと気持ちに気づいてあげたいと、彼の自信なさげな顔を見て思った。
「勿論、呼ばせてもらうね。三木ヱ門くん。」
「……はい、なまえさん。」
照れてしまったのか彼は目を見ず私に答えた。
「本当は敬語とかも別にこだわってないんだよね。みんなが話したいように話してくれればいいと思ってるんだけど、今すぐそれは難しいかなって。」
「確かに年上の方にそれは厳しいですね。」
三木ヱ門くんと滝夜叉丸くんは同意してくれたが他の面子はそうでもないようだった。
「え、なまえさんがいいなら僕もうちょっと砕けて話したいなあ。名前もなまえちゃんって呼びたい。」
なまえちゃん呼びは二人目だ。先程よりもかなりフランクになったしゃべり方に、そういえば彼は色男だったとくのたまのみんなとの恋バナを思い出す。
「タカ丸さん、それはいくらなんでも……。」
「私は全然構わないよ。」
「そうなんですか!?」
滝夜叉丸くんがタカ丸くんをやんわり諫めようとしたが、私はまるで気にしていない。むしろ仲良くなれて嬉しいくらいだ。
「じゃあ僕も敬語なしでいい?」
「いいよ~。」
「じゃあ私も!」
「了解。」
「そ、そんな軽い感じでいいのでしょうか。」
三木ヱ門くんが戸惑っている。滝夜叉丸くんも失礼なのではと先程からずっと焦っている。根が真面目な二人は敬語を取っ払うのは難しいようだ。
「はい、完成~。」
タカ丸くんが満足気に顔を覗き込んだ。どうやら髪型が決まったようだ。まとめたりおろしたりと試行錯誤したのち、編み込みの可愛いハーフアップに落ち着いたらしい。
手元に鏡がなかった為自分では見られなかったが、周りの反応はとてもよかった。
「可愛い!なまえさん可愛い!」
「立花先輩呼んでこようかな。」
「とてもお似合いです。」
「やはりなまえさんは美しい!この滝夜叉丸の美貌に負けるとも劣らない「滝夜叉丸はちょっと黙って。」
褒め言葉の嵐に顔が熱くなる。やはりタカ丸くんは素晴らしい髪結い師のようだ。
「ありがとう。こんなに褒められると照れちゃうね。」
どうしていいかわからずとりあえず笑って誤魔化す。タカ丸くんは正面からの私の姿を見てうんうんと頷いていた。
「今日はお風呂に入るまでそれほどいちゃだめだよ~。」
「わ、わかった。」
確実に善法寺くんには見られるな。気恥ずかしさはあったが、せっかく綺麗に整えてもらった髪をすぐにほどく気にもなれなかった。
その後は滝夜叉丸くんが持ってきてくれていたお団子をみんなで食べた。町で人気のものらしく、評判に違わずそれは大変おいしかった。
四年生の会話はとても賑やかで、どこか華やかなその様子は女子会を思わせる。彼らがアイドル学年と呼ばれていることを知るのは、もう少し先の話。