一章
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きり丸くん達が帰ったあとは、私も喜八郎くんと一緒にお昼寝をした。こんなに穏やかな気持ちで寝られるのは久しぶりのことで、起きた時には夕方になっていた。
この日は朝から晩まで喜八郎くんと一緒にいたので、一人になったのは寝る直前だった。喜八郎くんは夜も一緒に寝ると言っていたし私もそれでよかったのだけれど、さすがに迷惑だろうと滝夜叉丸くんに連れていかれた。
昼間沢山寝たからあまり眠くない。寝返りを打ってぼーっと障子の向こうを見つめている。今日一日沢山の人と会っていたからか、誰もいない部屋にいるのは随分久しぶりな気がした。
一人の方が気楽だとさえ思っていたのに、今はかなり心細く感じる。私はこんなに寂しがり屋だっただろうか。
「みょうじさん、いますか。」
不意に影が差した。眠れずにいた体を起こして声の主を部屋へと引き入れる。
「すみません、起こしましたか。」
「ううん。昼間寝すぎちゃって丁度眠れなかったところ。」
そうだと思った、と彼は笑みを零した。
「鉢屋くんが一人で会いに来てくれるの珍しいね。」
「みょうじさんが泣いてないかと見張りに来ました。」
彼は悪戯っぽく笑っていたが、本当に心配して見に来てくれたのだということがすぐにわかった。私が一人になるタイミングで現れたのは、心細くなるのを見越してのことだろう。
「そういえば、喜八郎くんも自分は見張りだって言ってたな。」
「ああ、綾部はあのあともここにいたんですか。」
「ずっといたよ。喜八郎くんも私が泣かないか見張っててくれたのかな。」
鉢屋くんはふむ、と少し考える仕草を見せた。何か思い当たる節があるらしかった。
「それは多分、別の見張りですね。」
「別の見張り?」
敵襲でもあるのだろうか。いやそんなわけはないが。
「そうです。潮江先輩を近づけさせないための見張り。」
「潮江くんを……。」
「綾部はかなり怒ってましたからね。また攻撃されたらと思って近づけさせたくなかったんでしょう。」
成る程、と合点がいった。潮江くんが私のところに来るとしたら、恐らく誰もいない時を狙ってくるだろう。だから一人にさせたくなかったのか。
「優しいね、みんな。」
「みょうじさんも優しいです。」
間髪入れずに返してくれた鉢屋くんに少し面食らう。
「優しいから、傷ついてほしくない。」
その目はどこか辛そうだった。
「ごめんね、鉢屋くん。」
「……何がです?」
「無理は禁物って忠告してくれたのに、守れなくて。」
「……自覚がおありで。」
「ご、ごめん。」
「ふ、冗談です。」
少し棘のある言い方に思わず謝罪を零すと鉢屋くんは愉快そうに目を細めた。私と話す時彼はいつもどこか緊張している様子だったが、今は自然なやり取りができている。同級生といる時の彼と何ら変わらず、その会話は心地が良かった。
「ねえ鉢屋くん。」
「はい?」
「名前で呼んでもいい?」
「え、」
思いつきの提案に、彼は何故か固まってしまった。この時代に電気などというものはなく明かりも部屋に差し込む月の光くらいだったが、それでも彼の顔が赤く染まっているのがわかった。
「な、何でですか。」
「うーん、何となく。」
鉢屋くんは少し弟に似ている。憎まれ口を叩いてからかっているように見えて、人のことによく気がつく優しい人なのだった。
だから気まぐれに下の名前で呼びたくなってしまった。弟に似ているという親近感がずっと心にあったからなのだろうか。
しかしなんとなく、理由は伏せておこうと思った。
「……いいですよ。その代わり。」
「その代わり?」
何と対価交換させられるのだろう。少し怖い。
「私も下の名前で呼ばせてください。」
「え、呼んでくれるの?」
これはかなり距離が近づいた気がして嬉しい。呼んでみてとせがめば彼はさらに顔を真っ赤にさせた。
「自分で頃合いを見て呼ぶので……。」
「そう。じゃあ楽しみに待ってるね、三郎くん。」
くしゃりと頭を撫でると複雑そうな顔をする。
「私を含めてですけど、あんまり年下だからって不用意に近づかない方がいいですよ。男なので。」
「そ、うだね。うん、そうだ。ごめん。」
彼の忠告に少しはっとした。勿論ここに来てから私も気をつけていたことだった。
いくら年が離れていても、相手は男の子でしかも腕の立つ忍者だ。自分に対して好意を持つ奇特な人物などそういるはずもないが、女として警戒するには十分な材料である。組み敷かれたらまず勝てない。
特に五、六年生と接するときは無闇矢鱈に近づきすぎないよう気をつけているのだが、鉢屋くんに対してだけはどうにも弟という感覚が強い。これまではお互いに物理的距離があったから良かったものの、それが取り払われた今無意識に距離が近くなってしまう。反省しなければ。
「わかって頂ければいいんです。」
「うん、気をつける。」
「よろしい。」
友達のようなやり取りに顔を見合わせて笑う。静かで穏やかな夜だ。
「一つ我が儘言ってもいい?」
「我が儘言えるようになったのならむしろ嬉しいくらいです。」
「ふふ、ありがとう。その、私が寝るまで隣にいてほしい。」
これも無防備な距離の詰め方だろうか。それでも今は彼の優しさに甘えてしまいたかった。
「……いいですよ。」
彼はまた顔を赤くさせて、月灯りの方を見つめた。
私は嬉しくなって布団に潜り込み彼におやすみを言う。あちらからも静かなおやすみの声が降ってきて、そのまま目を瞑った。
いつ眠ってしまったのかはわからないが意識を手放すまでずっと、彼の気配は側にあった。
「おやすみなさい、なまえさん。」
夢の中でそう聞こえた気がした。