一章
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立花くんが退室してすぐ、彼はふらりと現れた。
「喜八郎くん。」
彼とは以前作法委員会にお邪魔させてもらった際に仲良くなった。気まぐれに私のところに現れては甘える素振りを見せてくれるので、何だか猫のような印象が強い。
「……なまえさん。」
いつもの飄々とした彼とは異なり、その顔は泣きそうに歪んでいた。
「おいで。」
ぽんぽんと布団を叩くと彼は勢いよく腰にしがみつく。そのふわふわとした柔らかい髪をゆっくりと優しく撫でた。
「ごめんね、ひどいこと言って心配かけて。」
喜八郎くんは顔を埋めたまま、腰に回した両手に力を込めた。
「もう勝手にどこかへ行ったりしないで。」
「……うん、約束する。」
彼の声は潤んでいた。背中をさすってあげるとどこか安心したように顔を上げた。
「今日ずっとここにいてもいいですか。」
綺麗なアーモンドアイが私を見上げている。
「私は構わないけど退屈じゃない?」
ぶんぶんと首を横に振る。よほど悲しませてしまったらしい。私の了承の返事を聞いたあと、ぴったりと彼は離れなくなった。
「なまえさん。」
喜八郎くんと戯れていると不意に障子の向こうから声がした。勘ちゃんだ。
「どうぞ。」
入ることを促した途端彼は勢いよく駆け込んできた。抱きしめられていることに気づくのには少し時間がかかったと思う。
「よかった、何もなくて……!本当にごめん!」
彼は近くにいた喜八郎くんを押しのけ泣きながら私に謝罪した。ひどく取り乱したその様子からはいつもの明るい勘ちゃんがまるで感じられない。
「勘ちゃんが謝ることは何もないよ。私の方こそ傷つけて迷惑かけてごめんなさい。」
「違う!俺たちが、俺が何にも気づけなくて……!」
泣きじゃくる彼に胸が痛む。たくさんの人を傷つけてしまった。泣かせてしまった。これは自分自身を蔑ろにしてきた罰だ。
「勘右衛門、体に障るだろ。」
そう言って鉢屋くんは勘ちゃんを引きはがした。見ると五年生全員が来てくれている。
「みんな本当にごめんなさい。鉢屋くんと勘ちゃんが雨の中探してくれたことも聞きました。……ありがとう。」
みんな泣きそうだった。今日はこんな顔をさせてしまってばかりだ。ここにいる人達はこんなにも自分を大切に思ってくれていたのに、気づくのがあまりに遅かった。
「みょうじさん。」
鉢屋くんは真剣な顔で私に向き直る。
「私達は、貴方より年下ですごく未熟な存在です。」
「そんなこと、」
思わず口を挿んだが視線によって制される。
「異世界に飛ばされた貴方の悲しく辛い気持ちを完全に理解することもできません。」
彼は膝に置いてある拳を強く握った。
「それでも、守らせてほしい。」
喜八郎くんを含め、その場の全員が同じ目をしていた。そこには強い決意が表れており、彼らが一人の男であることを思い知らされた。
「もうあんな形で泣かせたくありません。どうか私たちに貴方を守らせてください。」
まるで王子様のような言葉。もう十分すぎるほど守ってくれていたというのに、私がそこまでを望んでもいいのだろうか。
「頼っても……良い?」
「!もちろんです。」
控えめに聞くと目の前の彼は顔を綻ばせた。じんわりと心に染み入るような、そんな笑顔だった。
「そういや朝御飯まだですよね?俺食堂から運んできますよ!」
「おばちゃんがお粥作ってくれてるはずだから、それを持ってくると良い。」
竹谷くんが立ち上がる。久々知くんもそれに続こうとするが、こんなにしてもらってばかりでは気が引ける。
「さすがにそれは申し訳ないので……。」
「怪我されてるんですから安静にしてないと駄目ですよ。」
不破くんに窘められる。どこか母を思い出させるような顔つきが、大人しく待っていることを私に選択させた。
すると先程勘ちゃんに押しのけられた喜八郎くんが再び腰に抱き着いて来た。
「じゃあ僕のもお願いしまーす。ここで食べるので。」
「何だと!じゃあ俺もここで食べる!あと綾部お前近すぎるぞ。」
勘ちゃんは綾部くんを引きはがそうとするが彼はくっついたままだ。
「悔しかったら尾浜先輩もさっきみたいにすればいいじゃないですか。」
あっかんべえと舌を出す喜八郎くんに勘ちゃんはわなわなと震えている。先程までの自分の態勢を思い出したのかその顔は真っ赤に染まっていた。
「できるか!あれは勢いでそうなっちゃったんだよ!」
「ふーん。」
「ふふ。」
二人のやり取りに思わず笑みが零れる。勘ちゃんは所在なさそうに視線を彷徨わせていた。
「じゃあご迷惑でなければ僕達みんなここで朝御飯食べさせてもらおうか。」
「それはいいな!」
「じゃあ私達食堂まで行ってきます。」
食事が賑やかになるのはとてもありがたい。みんなが私を不安にさせないよう提案してくれたのがわかって、また泣いてしまいそうだった。
お礼を言ったあと、五年生のみんなが食堂へと立ち上がる。そんな中やはり喜八郎くんは側を離れない。
「僕の分もよろしくお願いします。」
「お前も来いよ……。」
「なまえさんと片時も離れたくないので。」
しっかりと腰に腕を回した喜八郎くんを横目に、彼らは渋々と出て行った。
この日の朝御飯はとても賑やかで楽しかった。それは学園に来てから一番美味しい食事だった。