一章
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そのあと初めに口を開いたのは立花くんだった。
「みょうじさん。文次郎のことを止めることができず、本当に申し訳ありませんでした。」
まるで彼が私を傷つけたかのような沈痛な面持ちだった。
「どうして、立花くんはいつだって助けてくれてた。私の方こそひどいこと言ってごめんなさい。」
後ろに控えているみんなとも目を合わせて、改めて謝罪をする。
「ひどいこととは?」
「来たくて、来たわけじゃないって言ったこと……。」
段々と声が小さくなる。立花くんの止める声も聞かずに喚き散らしてしまった。あの時みんなはどのような思いで自分の言葉を聞いていたのか。考えるだけで恐ろしかった。
「でもそれは、事実でしょう。」
静かに中在家くんが呟く。
「事実でも、みんなの前で口に出すべきじゃなかった。」
俯いてぎゅっと拳を握る。あの時は、頭に血が上って周りなんて見えていなかった。しかし今になってそれを恥じても、もう取り返しはつかない。
「私は嬉しかったぞ。」
思わず顔を上げる。小平太くんはいつもの明るい笑顔で私を捉えていた。
「私はなまえちゃんの本音が聞けて嬉しかった!」
彼はいつだって眩しい。太陽みたいな人だと思った。気まずさが漂っていた部屋にどこか柔らかい雰囲気がもたらされる。
「まあ何がしたいかわからねえと今後どうしていいかもわかんねえしな。」
食満くんが続けて笑う。
「僕達みんなで、みょうじさんが帰れるようお手伝いします。」
「図書室も、遠慮せずいつ来てくださっても構いません。」
善法寺くんと中在家くんの穏やかな目が心を落ち着かせてくれる。
みんなの優しい言葉に声が詰まる。こんなにも頼もしい人達がすぐ近くにいてくれていたというのに、どうして気づけなかったのだろう。
「みょうじさん、だからもう泣かなくていいんですよ。」
立花くんがふわりと微笑んだ。何故だかその顔を見ると、余計に涙が出てきてしまった。
「なまえちゃん泣き虫だな!」
「っごめ、嬉しくて。」
小平太くんが側に来てくれてガシガシと私の頭を撫でる。髪の毛はもみくちゃになってしまったがそれがなんだか心地よかった。
立花くんと小平太くんに続いて他の六年生も布団の周りに集まってくれた。彼らの眼差しはとても優しいもので、私はまるで小さな赤ん坊のように泣いてしまった。
しばらく泣き続けたあと、六年生のみんなは立花くんを残して帰って行った。
彼だけが残った理由は何となくわかる。恐らく潮江くんのことだろう。
立花くんはどう切り出そうか迷っているようだった。昨日あれほどやり合ったのだ。彼の名前を出せば私が動揺するのではないかと気遣ってくれているのだろう。
「潮江くんは、どうしてる?」
私は自ら切り出した。彼は一瞬驚いていたが、こちらの表情を見て大丈夫だと判断したようだった。
「文次郎は貴方にしてしまったことを後悔しています。」
「そう……。」
もしかして彼は、自分の気持ちに辿りついたのかもしれない。私が倒れている間に何があったのかはわからないが、立花くんの言葉はどこかそんな風に感じさせた。
「今日はみょうじさんを動揺させてしまうかもしれないと思い、連れてきませんでした。」
「うん、ありがとう。」
何となく、そうじゃないかと思っていた。六年生が医務室に入ってきた時、潮江くんの姿がないことに安堵してしまっていたのも事実だ。
「しかしいずれみょうじさんに会いに来ると思います。その時は話を聞いてやってくれないでしょうか。」
潮江くんは立花くんと同室だ。六年を共にしてきた友人を、優しい彼が放っておけるわけがなかった。
「勿論話は聞くよ。でも、」
「でも?」
彼の顔が不安げに曇る。
「私は、潮江くんを許せないかもしれない。」
これが今の本当の気持ちだった。立花くんは私の答えをどこか予想していたようで、それでも構わないと言ってくれた。
本当は目の前の彼に相談してしまいたかった。背中を押してほしいなどという生易しいものではなく、私は自らの意志で悪人になりたくなかったのだと思う。
許すべきか否かの判断を彼に委ね、晴れて許さなくていいという烙印を押された私は罪悪感なく潮江くんのことを憎める。だって立花くんがそう言ってくれたからと。
しかしそれはずるい。私は私の感情に責任を持たなければならない。誰かにそれを負わせて自分だけが楽になろうなんてことはできない。
私はこれまで何度も立花くんに助けられてきた。無意識のうちに彼を頼ってしまうことも否定しない。
しかし甘えることと依存することは別物なのだ。彼に感情の責任を転嫁させるのではなく、私自身がちゃんと潮江くんと対話をして答えを見つけなければならない。
私の感情は私だけのものだから。
「私も、そして文次郎もそれは理解しています。それほどあいつは取り返しのつかないことをした。」
立花くんは私を落ち着かせるようにゆっくりと話をしてくれる。
潮江くんは、その若さゆえか自分を守るために相手を攻撃することを選んだ。
勿論わけのわからぬ女が異世界からやってきたというイレギュラーな事態に彼が振り回されたことには同情する。私と出会ってしまったことで、彼が抱かなくていい憎悪を抱いてしまったことも申し訳なく思っている。
しかし彼がしたことは到底許されることではない。例えそれが自らの初めての感情に戸惑い取ってしまった行動だったとしても、私は彼がしたことを容認できなかった。彼の保身の為に深く傷つけられたことを、その気持ちの名前を知らなかったのならば仕方ないと笑って許すことは私にはできない。
ましてや、思春期の可愛い過ちだと思えるはずもなかった。
「許さなくてもいい。罵ってもいい。許されるために謝罪をするわけではないと、本人も言っていましたから。」
「……うん。」
「だからどうか、話だけでも聞いてやってください。」
立花くんの口調から、潮江くんがどれだけ反省しているのか読み取れる。出会い方が違えばこんなことにはならなかっただろうに。考えても仕方のないたらればが頭に浮かんだ。
その時ふと、先程渡してもらったスマホが目に入った。
「これね、元々もう動かなくなってたの。」
手に取ったそれはやはり壊れていて、電源すら入りそうにない。
「でも、これさえあれば元の世界に帰れる気がして手放せなかった。」
「そうだったのですね……。」
立花くんが神妙な面持ちになる。
「壊してくれて良かったとはさすがに言えないけど、でも、良い機会だったのかもしれない。このままだとずっと縋ってたと思うから。前に進む為に必要なことだったのかもしれないね。」
自分がどんな顔でそれを言ったのかはわからなかったが、彼は優しく私の頭を撫でてくれた。
「みょうじさんがどんな選択をしても、何をどう思っても私は貴方の味方です。ただ、もう私の前で我慢だけはしないでください。絶対に。」
力強く熱のこもった瞳が私を捉える。その表情にどきりとした。
「うん。……立花くん、本当にありがとう。」
何だか気恥ずかしくなって微笑めば、彼の顔も少し赤くなった気がした。
じんわりと温かくなった心のまま、潮江くんに思いを馳せる。彼は今、一人で一体何を考えているのだろう。
それを知ることは一生ないのかもしれないけれど、私はとにかく彼と対話をしなければと考えていた。私の為に、彼の為に。感情の矛先を明らかにする為に。
人との繋がりは対話から始まるのだから。