一章
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事務員室に戻っていると、先程の場所にまだ立花くんの姿があった。
「待っててくれたの?」
「少し時間があったので。大丈夫でしたか、書類は無くなっているようですけれど。」
「うーん、想像通りって感じかな。」
苦笑いでそう言えば立花くんはため息を吐いた。
「すみません。全く文次郎の態度が変わらず私もどうしていいものか手をこまねいているところです。」
「ううん、いいの。ところで立花くん、一つ聞いてもいい?」
「はい、何でしょう。」
「委員会の書類って委員長の承諾なしに提出できるものなの?」
そう、気にかかっていたのはそこである。まだ私もそれほど数をこなしているわけではないが、委員会から事務員の方に提出された書類には必ず委員長のサインがあった。いくら二人が優秀だからと言っても、立場上難しいお願いをしてしまったのではないかと思ったのだ。
「そうですね。私の知る限りでは委員長のサインがなければ提出は不可能だと思われます。」
「やっぱりそうなのか……。」
しまったなあ、やはり二人は芝居を打ってくれていたのだ。あの書類は潮江くんの手に渡り、私に味方した彼らは鬼の形相で怒られるに違いない。
あんなに年下の子たちにも気を遣わせてしまうなんて、自分の無能ぶりに嫌気がさす。
「何かありましたか。」
「田村くんと左門くんが書類引き取ってくれるっていうからそのまま渡しちゃった……。」
「それは……。」
「まずいよね。やっぱり返してもらいに行ってくる。」
急いで引き返そうとしたが綺麗な白い手に制される。
「書類はまだ文次郎の手に渡っていないでしょうか。」
「どうだろう、さっき渡したばかりだから多分……?」
「それでは私が引き取ってきます。みょうじさんは事務員室に戻っておいてください。」
「え、でも。」
「大丈夫です。」
彼の不敵な笑みにぐっと押し黙る。何か秘策でもあるのだろうか。
どちらにせよまた立花くんにも迷惑をかけている。
「みょうじさんに頼られるのは迷惑ではないので、気にすることはありませんよ。」
エスパーなのだろうか彼は。とにかく引き受けてくれると言って譲らない立花くんに根負けしてお願いすることにした。早くしないと潮江くんの手に書類が渡ってしまうという時間的な心配もあり、半ば強引に彼は二人を追いかけていってしまった。
本当に頼りになる人である。困っている時に現れてはいつもさらりと助けてくれる。学園に来てからというもの立花くんには甘えっぱなしだ。
言われた通り事務員室に戻ってきた。その後は黙々と仕事をこなし進展を待つ。
何かに没頭していないと、先程の潮江くんの言葉が浮かんできて泣いてしまいそうだった。
彼の言う通り、本当にこの学園を去った方がいいのではないか。結局自分では何もできずに人にお願いしてしまっている事実が、余計にそう思わせた。
夕方ごろ、小松田くんが例の書類を持ってきた。
「その書類誰からもらったの?」
「ほえ?さっきそこで潮江くんにもらいましたよお。」
潮江くん本人に提出させたのか。一体立花くんはどんな魔法を使ったんだろう。自信に溢れていた彼の顔が思い出される。
とにかく書類は無事手元へとやってきたのだ。三人には後でお礼と謝罪をしなければ。
彼らのおかげで気が重かった仕事がようやく片づいた。私は何もしていないというのに、なんだかどっと疲れた気がする。
しかしまだ一日は終わっていない。夕御飯の準備をする為に食堂へと向かった。
潮江くんはやはり夕食のときも食堂に来なかった。たくさんの料理とは別に、一人分の食事を用意しなければならないおばちゃんを思うと胸が痛い。
この事態を招いている原因は他でもない私なのだ。心の鉛がまた重くなった気がした。