一章
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食堂から会計委員会の部屋に向かっているが、私の足取りは非常に重い。床に張りついてしまったようだ。
何だか胃も痛くなってきた。善法寺くんに薬をもらいたい。
「みょうじさん?」
「あ、立花くん。」
砂漠で行き倒れそうになっているところに現れたオアシスのようだと思った。ここに来てからというものずっと頼りっぱなしの立花くんがひょっこりと目の前に現れた。縋りつきたくなるような心境だったが、理性が残っていた為何とか踏みとどまる。
「こちらにいらっしゃるなんて珍しいですね。何か用事ですか?」
「ちょっと手違いで委員会の書類を汚しちゃって。再提出してもらえないか頼みに行くの。」
「ああ、小松田さんですね。それでどちらの委員会に?」
「ええと、会計委員会。」
一瞬濁そうかとも思ったが、どうせすぐばれてしまうことである。私が言いにくそうにしていた理由がわかったのか途端に彼の目に心配の色が滲んだ。
「……大丈夫ですか。」
「平気だよ、ありがとう。」
「なんなら私が代わりに行ってきますが。」
その申し出はかなりありがたいがこれは私の仕事である。学生の彼にやらせるわけにはいかない。
「本当に大丈夫、心配してくれてありがとうね。」
行ってきます!とわざと明るく振る舞って見せる。まだ彼の目は気遣わしげだったが、それでも行ってらっしゃいと送り出してくれた。
しかしどれだけ気丈に見せてもやはり空元気である。怖い。あまりに怖い。案の定私は会計委員会の部屋の前でしばらく動けなくなっていた。
早く終わらせてしまわなければならないのに恐怖で足が震えている。今にも吐きそうだ。しかしいつまでもここでぐずぐずしているわけにはいかない。
ようやく意を決して障子に手を掛けた。
「事務員のみょうじなまえです。提出して頂いた書類のことで伺いました。」
ちゃんと声が出ているか不安だ。心臓がバクバクと音を立てている。
部屋の中は静まり返っており、なんとなく予想はしていたが返事はなかった。
しばらく待ってみたがまるで反応がない。これは不在なのか無視をされているのか。前者であることを願って恐る恐る覗いてみることにした。しかし。
「入るな。」
低い声がそれを許さなかった。
「書類のことなら小松田さんか吉野先生を呼んで来い。お前がこの部屋に入ることは認めん。」
やはり返事がなかったのはわざとだったようだ。私がこの部屋に来たことがよほど癇に障ったらしい彼は、障子を開けることすらさせてくれなかった。
そういえば初めて潮江くんと会話をした気がする。これが会話と呼べるのかはわからないが。
「あの、それだと二人に迷惑がかかるのでできれば私がお伝えしたいのですが……。」
彼の言葉は常に怒気を孕んでおりそれが私を委縮させるのだが、今回は仕事ということもあって簡単には引けなかった。しかしそんな勇気は一瞬のうちに砕かれてしまう。
「黙れ。」
短くてはっきりとした拒絶。彼がどんな顔をしているのか見なくてもわかった。
「知ったことか。俺がかけている迷惑じゃない、お前がかけている迷惑だ。それほど迷惑を掛けたくないならさっさとこの学園から去れ。」
「……ごめんなさい。」
やはり負けてしまった。
彼の威圧は凄まじく、私はその場から離れざるを得なかった。半ば逃げ出すように踵を返し元の道を辿る。この書類、どうしようか。
「はあ……。」
思わずため息が出る。情けなさと悔しさが込み上げて泣きそうだ。
肩を落としていると後ろから二つの足音が私を追いかけてきた。慌てて顔を作り直す。
「田村くん、左門くん。」
振り返ると見知った顔である。二人はどうやらあの部屋にいたようで、非常に申し訳なさそうにこちらを窺っていた。
君達がそんな顔をしなくてもいいのに、なんて優しいのだろう。
「申し訳ありません。潮江委員長が……。」
「ううん、いいの。二人ともそんな顔しないで。」
私よりも泣きそうになっている二人の頭を撫でる。
「その書類、僕達でもわかる内容でしたらお預かりします。」
「本当?でも二人が怒られちゃうんじゃない?」
「大丈夫です!気づいたら僕が握っていたことにすればいいのです。」
「そんなことがまかり通るはずがないだろう。」
息が合っているその様子に思わず笑みが零れる。
「左門が言っていることは冗談として、本当に大丈夫です。私達で処理できるものでしたらそのまま提出してしまいますので。」
「それなら、お願いしようかな……。ごめんね。」
「みょうじさんが謝ることはないですよ。それでは、元の書類と新しい書類もらっていきますね。」
書類を渡すと手際よく文のように折り曲げていく。どうやら懐に忍ばせてばれないようにするらしい。
「それではこれで失礼します。こら左門そっちじゃない。」
「こっちだー!」
「ありがとう。お手数かけちゃって本当ごめんね。」
田村くんは唐突に逆方向へ行こうとする左門くんをの腕を掴み、委員会へと戻っていった。
思わず手渡してしまったが、本当に良かったのだろうか。