一章
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一度事務室に戻ると、田村くんが伝達してくれていたようですごく心配されてしまった。
「今日は大事をとってもうお休みになった方がいいんじゃないですか?」
「いえいえ、怪我と言ってもかすり傷だけですから大丈夫ですよ。」
「だから落とし穴には気をつけてくださいって言ったじゃないですかあ。」
あの、言われてないです。
「落とし穴がある場所には目印がありますからね。今度は注意深く見てみてください。本当は綾部くんが穴を掘らないのが一番いいんですが……。」
吉野先生はやれやれとため息を吐く。なかなか悩みは尽きないようだ。
「それではここに小松田くんが溜めてしまった書類があるので手伝って頂いてもいいですか。」
「あ、私まだこの時代の文字が上手く読めないのですが大丈夫でしょうか。」
「ああそうでしたか。それでは今日はゆっくり教えながらやっていきましょう。」
「ありがとうございます。お時間取らせてしまって申し訳ありません。」
「いいえ、これも私の仕事ですから。それに小松田くんより見込みがあるように見えますし。」
「もう~、それどういう意味ですかあ。」
小松田さんは頬を膨らませているが吉野先生の表情は本気である。普段の苦労が目に見えるようだった。
今日私が任された書類は形式的なものが多く、一枚読み方を教えてもらえれば比較的簡単に進めることができた。しかし小松田さんが溜め込んだものの量が多くなかなか処理が追いつかない。
段々と日が暮れてきた。落とし穴騒動で昼御飯を食べ損ねたこともあり、お腹はペコペコである。
「今日はこのくらいにしておきましょうか。みょうじさんは食堂の仕事もあるでしょう。」
ある程度片づいた書類を整理しながら吉野先生が一息ついた。
そうしてもらえるとありがたい。夜の食堂の手伝いは事務員の仕事が終わってからでいいと言われていたが、あまり遅くなるのはいただけない。
「ありがとうございます。明日からもよろしくお願いします。」
「ふう、やっと終わったあ。」
「君はほとんど何もしていないでしょう。みょうじさん、助かりました。こちらこそ明日からもよろしくお願いしますね。」
「はい!」
汚れてしまった服から急いで割烹着姿に着替え、食堂に向かう。その途中で見覚えのある人物が前から歩いて来るのがわかった。
「おや、みょうじさん。」
「立花くん。」
一日ぶりに会う彼はあの夜よりもいくらか穏やかな雰囲気になっている気がした。
「これから食堂ですか。」
「そうなの。ちょっと遅くなっちゃった。」
「それは急がなくてはいけませんね。お呼び止めしてしまってすみません。」
「全然、むしろ話せて嬉しい。」
「それは良かったです。」
それじゃあ、と別れようとしたところで不意に肩を掴まれる。その目は先ほどより真剣だ。一体どうしたのだろう。
「怪我されてませんか。」
立花くんの視線は私の手に向けられているようだった。服に隠れるようにしていたのだが、やはり彼の観察力は素晴らしい。
「ちょっと今日掃除中に穴に落ちちゃって。」
誤魔化すようにえへへと笑えば、途端に焦り始めた。いつでも冷静そうな彼の初めて見る顔だ。
「申し訳ありません、私の後輩の仕業です。なんとお詫びしていいか……。」
ああ、私また余計なことを言ってしまった。顔も分からないけど綾部くんごめんなさい。どんどん怒られる人数が増えてしまっている。
「いやいや、本当に大した怪我じゃないの。ちょっとすりむいただけだから気にしないで。田村くんに助けてもらえたし。」
「田村に?」
ピクリと彼の眉が動いた。
「え、うん。医務室まで運んでくれて……。」
「そう、ですか。」
何やら一瞬思案する様子を見せたあと、立花くんは再び綺麗な笑顔を作った。
「とりあえず、大事に至らず良かったです。後輩にもよく言い聞かせておきます。」
「あんまり怒らないであげてね。」
「程々にしておきます。また何かありましたら私を頼ってください。お呼び止めしてすみませんでした。」
「うん、ありがとう。」
今度こそ別れて食堂へと向かう。私を見送る彼の視線には気づかなかった。