一章
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また陽が昇るよりも早く起きだしてしまった。
今日から食堂を手伝う為寝坊しないことに越したことはないのだが、充分な睡眠が取れないというのは困りものだ。体力がある方でもないのに、このままではまた迷惑をかけることになる。
しかし慣れない環境と数々の不安は私をどうにも眠らせてくれない。特に小平太くんが言っていた「文次郎くん」のことがずっと気にかかっている。あの刺さるような目を思い出す度に私の心に重さが増していく。
「……さて、行くか。」
くのたまの女の子達にもらった着物に何とか慣れない手つきで着替え、髪をまとめて部屋を出た。
「おはようございます。」
「あらおはよう!早いのね。」
厨房にはすでにおばちゃんの姿があった。かなり早く着いたと思ったのだが一体何時に起きているのだろう。
「今日からお世話になります。」
「こちらこそよろしくね。それじゃあ、これ。なまえちゃんのだから着てちょうだいね。」
「ありがとうございます。」
手渡されたのは割烹着。給食着は着たことがあったが、これは初めてだ。着物に割烹着なんて、何だか料亭の女将になった気分。少しテンションが上がる。
「あら、似合うわね~。やっぱり女の子って良いわあ。」
惚れ惚れしちゃう!というおばちゃんの言葉がくすぐったい。お世辞かもしれないが、変な格好になってないのなら良かった。
「それじゃあ早速だけど、お料理はできる?」
「はい。味付けは自分流のものになってしまいますが、ある程度のものは作れると思います。」
「助かるわあ。今日は初日だし、とりあえずお味噌汁でも作ってもらおうかしら。あとは盛りつけもお願いできる?」
「精一杯やらせていただきます。」
「また困ったことがあったら呼んでちょうだいね。」
そう言っておばちゃんは大鍋を出してくれた。普段から自炊はする方だがこれだけ大量の物を作るのは初めてだ。まずは水を汲んでこなくちゃ。
場所を聞いて井戸へとやってきたはいいが、もちろんこれも初めての作業である。とりあえず記憶を辿りながら備え付けの桶を井戸の底へと投げる。これで縄を引っ張ればいいはずだ。
「う、重い。」
ぐっと力を込めるが縄は全然動かない。何も考えず投げてしまった桶には並々と水が入っており、その重さは凄まじかった。全体重をかけて引っ張ってもまるで上がる様子がない。これ、水の量を調節しなきゃ無理だ。
縄をぐらぐらと揺らし水が少なくなるよう試みるがなかなか上手くいかない。心なしか軽くなった桶を必死で引っ張り何とか引き上げた。縄が食い込み手が赤くなっている。もうすでに汗が出ており腕もパンパンである。
別の桶に水を入れ替え、一度食堂へと戻る。味噌汁用の大鍋へと注いだがまだ足りないようだった。
「すみません。もう一度行ってきます。」
「あら大丈夫?私が行ってくるわよ?」
「いえ、大丈夫です!すぐに戻ってきます。」
「そう、慌てなくていいからね。」
何とも情けない。おばちゃんの心遣いが胸に沁みた。
急いで井戸へと戻ると、先ほどまではなかったはずの人影があった。
それは今、あまり私が会いたい人ではなかった。
「よく俺の前に顔を出せたな。」
水を飲んでいるらしかった彼は、昨晩と同様鋭い眼光で私を睨んだ。恐怖で足が竦む。
小平太くんは「文次郎に気をつけろ」と言っていたけれど、鉢合わせしてしまった場合どう気をつければいいのだろう。
「あの、私。」
「水も汲めないようなお荷物が食堂の手伝いなどできるものか。」
そう吐き捨てるとどこかへ行ってしまった。見られていたのか。
自分の無力さは痛感したばかりである。彼の言うことはもちろん正しい。しかしその正しさが今の私には苦しかった。この学園にとって私は何の価値もないのだということを自分自身が一番知っていたからだ。
とにかく今は朝ごはんの準備をしなければ。薄暗い気持ちを引きずりながら再び水を汲む。
先程よりもその桶は重たい気がした。