一章
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お風呂から出たあと自室へと帰ってきた。くのたまのみんなから化粧道具や普段の着物などをたくさん貸してもらった。本人達は返さなくてもいいと言っていたがそういうわけにもいかない。
一通り片づけが終わり、一息ついたところでまたスマホに手を伸ばした。もう残りは三パーセントである。明日にはきっと電源がつかなくなるだろう。
家族の写真を待ち受けにしぼんやりとそれを眺めていると、外から気持ちの良い風が入ってきた。
そっと障子を開けると昨日以上に月が明るい。火照った体を冷ます為に縁側に腰かけて少し涼むことにした。
何をするわけでもなく空を眺めている。頬をそよぐ風が心地いい。辺りから聞こえる虫やカエルの声は気持ちを慰めてくれているようだった。
良いことも悲しいこともあった一日だった。親切にしてもらった人達の顔を一人ずつ思い浮かべる。
今日になっても帰る手立てはまるで見つからないけれど、ここに置いてもらってる以上は私にできることをしなければ。こんなに良くしてもらっているのだから。
とりあえず明日からお仕事だ、気合を入れよう。
「こんにちは、なまえちゃん!」
「わあ!?」
完全に一人で閉じこもっていた為突然の声に予想以上に驚いてしまった。心臓を鷲掴みにされたような感覚だ。
「私は六年ろ組七松小平太です!長次が色々とお世話になりました!」
「みょうじなまえです。よろしくお願いします……。」
屈託のない顔で笑う七松くんの後ろには中在家くんの姿もあった。
「あの、七松くん、」
「小平太でいいです!」
「こ、小平太くん。」
「何ですか?」
「何か、ご用でしょうか?」
「用があるのは私ではなく、長次です!」
「中在家くん?」
まだ一言もしゃべっていない中在家くんに視線を移すと、何も言わずに紙を手渡された。
「これは?」
「一年生用の五十音表です。何かお役に立てればと思いまして。」
「いいの?わざわざありがとう、すごく助かる。」
「いえ。」
私たちのやり取りを見て、小平太くんはまたもや突然声を上げた。
「ずるい!」
「……どうした小平太。」
「長次とは普通に話しているじゃないか。私にもそうしてほしい。」
「敬語のこと?わかった、普通に話すね。」
「やったぞ長次!」
「ああ。」
この二人、正反対のように見えるがなかなか良いコンビらしい。
どうやら用事はそれだけだったようで、満足気な小平太くんと一緒に中在家くんも帰っていく。なんだか申し訳ないな、と思っていると突然小平太くんが振り返った。
「なまえちゃん、文次郎には気をつけろ。」
先程までとはあまりに違う雰囲気に息を呑む。
小平太くんはそれを誰とは言わなかったけれど、忠告をするかのような真剣な目がさっきの彼を思い出させた。
「……ありがとう。」
私の返事を聞くと次の瞬間には笑顔に戻っており、おやすみと大きく叫んで行ってしまった。
小平太くん達がいなくなったあとも、私はしばらく縁側に座っていた。すぐに布団に入る気にはなれなかったのだ。
見上げてみると、依然月の綺麗な夜である。
私達のやり取りを遠くから見ている影があったことに、その時は微塵も気づいていなかった。