一章
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雨の降る昼下がり、書庫の中で唸る学生が一人。私である。
「うーん、どうするかなあ……。」
先ほどからにらめっこしているのはある人物の日記だ。それは室町時代の姫君のもので、私の卒業論文のテーマであった。
戦乱の世で保存状態の良い日記が遺ることは珍しく、さらにそれが女性のものだと知って興味を持ったのだが如何せん情報が少ない。
「やっぱ無謀だったかなあ。」
この日記の発見場所は小さな山寺で、前日まではなかったはずの場所に突然現れたのだという。また、姫君以外の家族の情報はほとんど遺されておらず、家系図も姫君の日記に書かれているものでしか確認できない。情報の不安定さからか研究者が少なく、室町時代に本当に存在した日記ではないのではないかと疑う人も多数いる。
この不可思議さと戦乱の世の姫君の日記という不釣り合いさに惹かれて卒論のテーマに選んだと言えば聞こえがいいが、先行研究が少なければ学生である自分でも新しいアプローチの仕方ができるのではないかという打算的な理由がほとんどだった。
しかし先行研究が少なすぎるというのも問題である。姫君の日記は乳母との会話や自然についてなど日常的なものばかり。昔の和歌や物語が好きだったことも見受けられるのだがこれをどうまとめるかが頭を悩ませる原因であった。
「……それにしても、ここだけ情景描写が異様に丁寧だな。」
まるで自身の目で見ているような錯覚に陥るほど詳しく書かれているページ。しかしそこに彼女の心理描写は全くない。この日記には一貫して姫君の感情は映し出されておらず、それにも何か引っかかるものがあった。
彼女は一体何を考えていたのだろう。目まぐるしく変わっていく動乱の世を、どのように瞳に映していたのだろう。考えても仕方のないことばかりが頭を埋め尽くしていく。
「え?」
突然書庫の電気が消えた。
「なに?停電?……うわっ。」
暗闇に驚いてシャーペンを落としてしまった。真っ暗で何も見えないがとりあえず拾うためにその場にしゃがむ。
窓のない書庫とはいえ雷や風の音は一切聞こえておらず、理由の分からない停電に一層不気味さを覚えた。外の雨、そんなにひどいのかな。
「あ、電気つい……た?」
目の前が急に明るくなりほっとして立ち上がる。しかし。
そこには本だらけの書庫も大学のキャンパスもなく。
「なにここ……。」
まだ熱さを感じるような焼け跡だけが辺りに広がっていた。