一章
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自室に戻っても、ずっと彼の言葉を反芻している。お前はここにいてはいけないのだと、改めて言われた気がした。
たまらず鞄の中のスマホを手に取る。家族や友人の写真を見ていると心は落ち着いたが、どうしようもなく寂しくなった。帰りたいという気持ちで押し潰されそうだった。
「みょうじさん、入りますよ。」
不意に声がした。シナ先生だ。
「お風呂にご案内します。こちらでのお風呂の入り方は、くのたまの子達が説明してくれますからね。」
「あ、りがとうございます。くのたまって、女の子ですか?」
「そうです。女同士の方が何かと話しやすいでしょうから。」
シナ先生は本当に美しい。女の私から見ても綺麗だと思うほどの美貌は勿論、気遣いや所作まで全てが理想の女性だと言えた。
そういえば昨日はお風呂に入れなかった。そんな状態で結構な人に会ってしまったが今日一日大丈夫だったのだろうか。急に恥ずかしくなってきた。
「ありがとうございます。丁度さっぱりしたかったので嬉しいです。」
「何かありましたか?」
「いえ、夜はどうにも気持ちが落ち込んでしまいまして。」
それ以上は何も聞かれなかった。もしかしたら察してくれていたのかもしれない。干渉されないことが今はありがたかった。
「ここがくのたまの教室です。皆さん。入りますよ。」
シナ先生が中に声をかけると勢いよく返事が戻ってきた。いかにも華やかな雰囲気である。
「こちらがみょうじなまえさんです。皆さんより年も上の方ですから、決して失礼の無いように。」
『はい!』
「では自己紹介がすんだらお風呂に案内して差し上げて。わかりましたね。」
シナ先生に言われた通りサクサクと自己紹介は終わった。人数が多かった為覚えられた自信はあまりないが、話しているうちに定着するだろう。
「なまえさんはどんなシャンプー使ってるんですか?」
ええと、今話しかけてくれたのは恐らくユキちゃん。というか、今シャンプーって言った?
「ここってシャンプーあるの?」
「ありますよ!四年生に元髪結いのタカ丸さんって人がいるんですけど、その人おすすめのシャンプーがすごく良いんですよね~。」
なるほど、忍たまの世界にはシャンプーという概念があるのか。やはり時代を超えてしまっただけではないのだな。
驚きはしたがシャンプーやリンスがあるというのは私にとって朗報だ。生活においての衛生面は不安要素の一つだった。
「そんなにお金をかけてたわけじゃないけど、いいシャンプーなら私も使ってみたいかも。」
「私の貸しますよ!」
「いやこっちの方がいいわよ、まとまりやすいし。」
「ちょっとみかちゃん押さないで!」
「私のはとっても良い匂いがしておすすめでしゅ。」
どうしよう、くのたまシャンプーコレクションが始まってしまった。
「とりあえず、今日はユキちゃんのを使わせてもらおうかな?」
「やった!」
え~、と他の子たちは不満げだ。
「じゃあ明日は私のやつで!」
「ちょっと抜け駆け!」
また新しい戦争が勃発したが、じゃんけんの結果明日はあやかちゃんのシャンプーを使うということで落ち着いた。
「そういえばみんなメイク……あ、いやお化粧ってする?」
今日はすっぴんだったが働かせてもらう以上身だしなみはしっかりしておきたい。しかしすぐに家に帰るつもりだったので化粧ポーチを持ってきておらず、鞄にはリップしか入っていなかった。
「町に行くときはもちろんしますよ。」
「なまえさんのお化粧姿見てみたい~!」
「それが化粧道具向こうの世界に置いてきちゃって。」
「それなら私達がお貸ししますよ。」
「作法委員会も一通り揃ってておすすめです!」
「作法委員会?」
「はい。立花仙蔵先輩が委員長を務めていらっしゃいましゅ。」
「主に合戦での作法を扱う委員会ですけど、立花先輩は作法全般に詳しいんです。」
「へえ。」
確かに立花くんは所作が綺麗だった。言葉遣いも十分すぎるほど丁寧だったし、何より纏う雰囲気が美しかった。彼の委員会なら信頼できそうだ。
室町は貝や穀物を使っておしろいにすると聞いたことがあるから、実物を体験してみるのも面白そうだと思った。
「次に立花くんに会ったら聞いてみようかな。」
「ぜひ!」
「私たちは週末まで使わないつもりなので、お風呂出たあといくつか持って帰ってください。」
「いいの?嬉しい。」
みんながあまりに親切だから思わず頬が緩んでしまう。そんな私を見てトモミちゃんがほう、とため息を吐いた。
「なまえさんって、本当にお綺麗ですよね。」
「え?」
「私も思った。肌もつやつやで羨ましい!」
「いやそんな、あの、褒められ慣れてないからちょっと恥ずかしい……。」
「可愛いー!」
長く入っているせいもあるだろうが顔が熱い。のぼせてしまったかもしれない。自分より遥かに年下の女の子のストレートな褒め言葉にドキマギしているのが情けなかった。
「恋人とかいらっしゃらないんですか?」
「いないいない。」
今日この手の質問多いな。普段恋バナなんてしないからどう反応していいかわからない。
「じゃあ土井先生とかどうですか?年が近いってお聞きしましたけど!」
どこ情報なのだろう。全然気づかなかったがあの時シナ先生が聞いていたのだろうか。自分の年齢が出回っているというのは些か恥ずかしい。
「土井先生なんてもう十一人の子持ちみたいなもんじゃない。恋人にするなら利吉さんよ。」
「確かに利吉さんはお勧めだわ。」
どうやら利吉さんとはフリーのプロ忍者らしく、山田先生の息子さんでもあるらしい。仕事ができる上に容姿端麗で、みんなの憧れの的なのだという。
そんなにかっこいいのなら見てみたい気持ちはちょっとある。しかしこれ以上この話が広がるとまずい。色んなところに角が立ちそうだ。
「のぼせちゃうといけないから、そろそろ出ようか。」
「えー、もうちょっと聞きたいです。」
「続きはまた明日ね。」
女の子の恋愛への興味というのはいつの時代も尽きないものだ。明日の私は乗り切れるだろうか。
一抹の不安を抱えながら風呂場を後にした。