一章
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図書館へと案内してくれる不破くんの背中を追いながら、先程までの彼の様子を思い出していた。そういう性格なのか、はたまた疑われているのか。考えてみても真意はわからなかった。
「どうかされましたか?」
考え込んでいる私に気づいて、不破くんが足を止める。
「あの、鉢屋くんって無口な人?」
「え?」
一瞬目を丸くした彼だったが、すぐに言葉の意味を汲み取ってくれた。
「普段はあんなことないですよ。無口なのはむしろ兵助の方です。……確かに今日の三郎はちょっと変だったなあ。」
それってやっぱり敵だと思われてるのだろうか。簡単に仲良くなれないと理解はしているものの、命の恩人に嫌われているというのはなかなか心にくるものがある。
「みょうじさん、気に病むことありませんよ。」
「え?」
表情に出ていただろうか。不破くんはにっこりと笑って私を安心させるように明るく励ましてくれた。
「初めからみょうじさんの言葉を信じていたのは、三郎なんです。」
「……ほんと?」
「はい。僕たちがみょうじさんに敵意を向けないよう説得してくれました。だから、怖がることはないですよ。」
そうだったのか。何故彼が私を信じてくれていたのかはわからないが、鉢屋くんがとても優しい人だということだけは不破くんの言葉からも伝わってきた。
「また話しかけてあげてください。三郎もきっと喜びます。」
「仲良くなれるかな。」
「保証します。」
悪戯っぽく笑みを浮かべた不破くんは随分と自分よりも大人びて見えた。
話を続けながら歩いていると、ふいに一つの部屋の前で足が止まった。どうやらここが図書室らしい。
「どうぞ。」
促されるまま中へ進むと、顔に傷のある怖そうな人と目が合った。
「もそ。」
「え?」
聞き取れない声に戸惑っていると不破くんが間に入ってくれる。
「こちらは、図書委員会委員長で六年ろ組の中在家長次先輩です。」
「……よろしくお願いします。」
「あっ、みょうじなまえです。こちらこそよろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げられ慌ててこちらも返す。どうやら怖い人ではないようだ。
「今日は、どうした。」
「はい、みょうじさんがこちらの世界のことについて知りたいとのことです。生活や、歴史などに関する本をお探しのようです。」
「……わかった。」
そう言ったきり中在家くんは奥へと消えてしまった。しばらくして戻ってきた彼の手にはいくつもの本が抱えられている。
「とりあえずこんなところです。」
「すごい、ありがとうございます。」
図書室は私たち以外は誰もいないようで静まり返っていた。使われていない机に本を広げ、さっそく中身を確認してみる。しかし。
「よ、読めない……。」
そう、やっぱり読めない。もともと史料や崩し字辞典を見ながらでないと私には中世の文書を読むことは難しい。異世界であるならばもしかしてと思ったのだが現実はそう甘くないようだ。
「やはりみょうじさんが使われているのとは違う文字ですか?」
不破くんは興味深そうに顔を覗かせた。
「違う文字ってわけではないんだけど、書き方が違うというか。うーん、とにかく今すぐには読めないみたい。」
「そうですか……。あ、僕たちがお読みしましょうか?」
その提案はかなり助かる。しかし読みたい本は大量だ。その度に彼らに迷惑をかけるわけにもいかない。
「ありがたいけどこの先読み書きができないままでも困るし、自分で頑張ってみるよ。一応辞書も持ってきてるから。」
「でも、大変じゃないですか?」
「確かにはじめは大変かもだけど勉強は嫌いじゃないし。これ以上みんなに迷惑かけるわけにもいかないから。」
何か手伝ってくれようとする不破くんと、尚も断ろうとしている私の前に突然中在家くんの顔が近づいてきた。
「すみません、声が大きくなってました。」
慌てて謝る不破くんに中在家くんは首を振った。
「違う。ここで文字の練習をするのはどうだ。」
「文字の練習?」
「はい。図書委員の仕事をしに毎日人が来ますから、当番の人がみょうじさんに文字を教えるのはいかがかと。」
「委員会のお仕事もあるのに、ご迷惑なんじゃ……。」
「それは心配いりません。文字を教える代わりにみょうじさんにも当番を手伝っていただく、これでどうでしょうか。」
ものすごく名案である。しかし時間が取れるだろうか。委員会の活動って何時頃やっているんだろう。
「それは、夜とかでも可能でしょうか?」
「はい。事務員の仕事もおありでしょうから都合の良い時に来てください。」
「夜でしたら大体僕か中在家先輩がいらっしゃると思います。」
「……まだ生活に慣れていないでしょうから、開始時期はみょうじさんの方から仰ってください。」
中在家くんは口数こそ少ないがすごく気の遣える人なのだろう。言葉の節々から優しさが滲み出ている。加えて頭も回るようだ。流れるように物事が良い方へと進んでいく。
「ありがとうございます。私にも何かお役に立てることがあったら言ってください。何でもします。」
「では、」
中在家くんの目がギラリと光った。ものすごい迫力である。
何でもするとは言ったけど、大丈夫だろうか。私死なないかな。
「敬語は、いりません。」
「え。」
「気を遣わなくて結構ですので、好きに話してください。」
そのままふいと顔を背けてしまった。もしかして、照れると顔が怖くなるタイプだろうか。あまりの可愛さに悶えそうになる衝動を必死に押さえる。
「それじゃあ、普通に話させてもらうね。色々手伝ってくれてありがとう。」
握手を求めて手を出すと、一瞬考えたあとしっかり握り返してくれた。中在家くんの目には柔らかさが滲んでいて、少しだけ笑ってくれたような気がした。