一章
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「そういえば、あの事務員さんって何歳なんだろうな。」
「確かに、名前以外は何も知らないな。」
八左ヱ門の発言は、青少年なら誰でも気になる真っ当な疑問だった。俺達はこれまで正体ばかりに目を向けていたが、普通の人間だという結論に落ち着いた今興味があるのは彼女の個人的な情報だ。
遠目でしか見ていないが、彼女の容貌はかなり可愛いと言われる部類だと思う。派手ではないが清潔感があり、髪なんか触ってもいないのにサラサラだと分かる。年頃である俺たちの関心がいわゆる"そういうこと"に向くのは至極当然だと言えた。
「俺たちよりは上なんじゃないか?」
「そうだね。幼く見えるけどすごく落ち着いてるし、利吉さんくらいかな?」
自分の意見に雷蔵が賛同してくれる。
「利吉さんと同じってことは四歳差か……。」
小さな声でぼそりと呟かれた三郎の言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「三郎もしかして想像しちゃった?」
普段こういう絡み方をしても適当に躱されるのだが今回はなんだか様子が違う。
「し、してねえよ!」
顔を真っ赤にしてムキになっている。え、なに本気でそういうこと?まだ話したこともないんだぞ?
「まあ確かに四歳差ならアリだもんな~。そっかそっか、三郎そっか~。」
「違うって言ってるだろ!しつこいぞ勘右衛門。」
わざとらしくちょっかいをかけるとさらに顔を赤くして怒ってきた。うーん、三郎って意外と奥手だったのか。
「ちょっといいかい?」
三郎をからかって遊んでいると、土井先生が訪ねてきた。
「君達にお客さんだ。」
おずおずと後ろから出てきたのはたった今まで話題の中心にいた人物だった。
「助けてもらったお礼がしたいそうだ、五年ろ組は前に出て。」
呼ばれた三人はみんな驚いた顔をしている。初めて交わされる彼女との会話にその場の全員が少し緊張しているようだった。
「あの、私みょうじなまえです。昨日は助けて頂いて本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げる姿を見て、三人は面食らっている。俺はというとやっぱり髪綺麗だな、なんて関係のないことを考えていた。
「気になさらないでください!」
「あの場では助けないなんて選択肢なかったし、結局俺ら大したことできてないです!」
雷蔵が慌てて顔を上げさせ、八左ヱ門もそれに続いた。ただ一人、三郎だけは何も言うことなくじっと彼女を見つめて立ち尽くしていた。その目が俺は何故だか気に入らなかった。
「皆さんがいなかったら私は本当にどうなっていたかわからないので……。本当にありがとうございました。何もお礼できることがないのでせめて言葉だけでも受け取ってください。」
再び頭を下げた彼女と困ってしまった様子の三人を見兼ねて、土井先生が自己紹介を勧めてくれた。
「とりあえずお礼も言えたことですし、お互いのことを話してみてはいかがですか。みょうじさんは来たばかりだし、君たちも力になってあげてほしい。」
「あ、じゃあ私から。もうご存知の方ばかりかと思いますが改めて、みょうじなまえです。よろしくお願いします。」
大きな黒目が、俺たちを一人ずつじっと見ている。うん、やっぱり可愛い。
「五年い組尾浜勘右衛門です。勘ちゃんって呼んでください。」
誰よりも早く知ってもらいたかったので一番手で答える。戸惑いながらも勘ちゃん、と小さく笑ってくれた。もう普通に心が射抜かれている。
「五年ろ組竹谷八左ヱ門です。何でも力になります!」
「同じく五年ろ組不破雷蔵です。いつでも声をかけてください。」
「五年い組久々知兵助です。力になれることがあるなら遠慮なく仰ってください。」
それぞれ自己紹介を終えたが三郎だけがしゃべらない。彼女もその異変に気づいているようだった。
「三郎?」
いつもと全く雰囲気の異なる片割れに雷蔵が声をかけると、はっとしたような様子でようやく口を開いた。
「……鉢屋三郎です。よろしくお願いします。」
三郎が口を聞いたことに彼女はほっとした顔を見せた。
「あの、お二人はご兄弟とかじゃないんですか?」
俺達にとっては当たり前の質問だったが、彼女にとっては失言だったようで突然慌て始める。
「あ、名字が違っていたので。あの、すみません、答えづらいことなら……。」
段々と小さくなっていく声に笑って雷蔵が答えた。
「いえ、全然答えづらいことじゃないですよ。三郎は変装の名人でして、普段は僕の顔を使っているんです。血のつながりはないんですよ。」
「変装の名人……って、すごいですね。」
キラキラとした尊敬の視線が三郎へと注がれるが、当の本人は普段の減らず口が嘘のように歯切れが悪い。
「あ、いや……全然、すごいとかでは……。」
「三郎、今日は変だぞ。どうした。」
兵助突っ込まないであげて!俺だけが居たたまれなくなっている気がして、全力で話題を逸らした。
「そういえば、みょうじさんって年齢はおいくつなんですか?」
「こら、女性に対して失礼だろう。」
土井先生には嗜められたが本人はあまり気にしている様子はない。
「構いませんよ。私は二十二歳です。皆さんはおいくつなんですか?」
『え?』
「え?」
そこにいる全員が驚きの声を上げた。そんな俺達に彼女も驚いている。っていうか、え?八個も上なの?全然見えない。正直二個くらいしか変わらないだろうと思ってた。
もしかして俺達、恋愛対象に入る可能性すらないんじゃないの?三郎なんて思考停止したまま微動だにしなくなっている。
「あの、なにか?」
「あ、いえ……随分お若く見えるんだなと思いまして……。」
土井先生がとっさに取り繕うが未だその驚きは隠せていなかった。
「この時代は現代とは精神年齢も大人の条件も随分違うようですし、皆さんにとったら私なんて子供に見えるんでしょうね……。お恥ずかしいです。」
「いや、そんなことないです!」
「いいんです。その、時代の違いを抜きにしても実年齢より下に見られることはよくありますので……。」
八左ヱ門は必死に否定したがあまりその声は届いていないようだった。幼く見えるというのは彼女にとってかなり地雷だったようで、しょんぼりと肩を落としてしまっている。
「それで、皆さんの年齢はおいくつなんですか?」
暗くなってしまった空気を挽回するかのように彼女は話題を戻した。
「私は二十五歳ですが、この子たちは十四になります。一年生は十歳で、一番上の六年生は十五歳ですね。」
「じゅ、うよんさい……。」
絶句してしまった。明らかに気まずい雰囲気が流れる。これはいけない、早期方向転換を図った方がいい。
「そういえば!僕達何でも力になりますけど何か困ってることはありませんか?」
「本当に!何でも仰ってください遠慮なく!」
雷蔵と共に無理矢理話を逸らす。彼女も意図に気づいたようで、こちらに調子を合わせてくれた。
「ええと、この時代のこととかまだよくわかってないので、生活について学べるような本があればいいなあって思ってるんですけど……ありますか?」
「それでしたら、図書室に行かれるのが一番良いかと思います。」
雷蔵の助言に彼女は顔を輝かせた。
「図書室があるんですか?それは嬉しいです。」
どうやら本が好きなようで、図書室という単語に心底喜んでいるのが見て取れた。
「僕、図書委員をやってるんです。この後ご案内しましょうか。」
え、いいなあ雷蔵。俺もついて行っちゃおうかな。
「いいんですか?ありがとうございます。えっと、不破くん。」
「いえ、それとみょうじさんの方が年上ですから敬語なんて使わなくていいですよ。」
「そうですよ!僕達には敬語使わなくて大丈夫です。」
「え、いいんですか?」
「もちろんです。」
彼女は戸惑っている様子だったが、雷蔵と八左ヱ門に圧されて最終的にはありがとう、と照れくさそうに呟いた。
「それじゃあ早速行きましょうか。三郎はこっちにいる?」
「え。」
「図書室、行かない?」
「あ、ああ。俺はこっちに残るよ。」
いまだ歯切れの悪い三郎の様子を不思議そうに横目で見ながら、雷蔵はみょうじさんと図書室に向かって行った。