二章
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「付き合わせちゃって悪いわねぇ。」
「いえそんな。私の仕事でもあるんですから。」
午後からは食堂のおばちゃんと一緒に籠を背負って買い出しへ。帰りの重たい荷物が私の負担になるのではと彼女は心配してくれているが全く問題ない。久しぶりの外出は良い息抜きにもなるし、何よりこれはいつもお世話になりっぱなしのおばちゃんに出来る数少ない恩返しだ。存分に私の腕力を披露させてもらおう。
「あら、何だかいっぱい。」
「本当ですね。以前町に来た時よりも賑わっているような……。」
目的地に到着すると通りはごった返していた。犇めき合っている人々はそれぞれに目移りしながら品物選びに没頭しており、それに負けじと店主達の呼び込みの声も大きくなる。溢れんばかりの町の活気に尻込みしてしまいそうな程で、私は気合を入れる為に籠の持ち手を強く握った。
「じゃあまずは八百屋さんから行きましょうかね。逸れないよう着いてきて頂戴。」
「はい!」
押し寄せる人混みを掻き分け進み始めたおばちゃんの背中をこちらも必死で追いかける。こんなところで迷子になったら一巻の終わり。地面を踏みしめる足に力を込め、転ばないよう姿勢を低くした臨戦状態で狭い道を縫って歩いた。
「あらあ、この大根安いわね。」
「お、奥さんお目が高い!今日の大根は特に立派で新鮮ですよ!」
「それなら五本まとめて買っちゃおうかしら。」
「ありがとうございます!」
「その代わりもう少しお勉強してもらえる?」
「うっ、弱ったな……もう少しだけですからね!?」
「うふふ、ありがとう。」
凄い。八百屋さんで目の当たりにしたのはおばちゃんの華麗な値切り交渉で最早脱帽する他ない。年の功というものだろうか。私が一人でお使いに来ていたらこう上手くはいかなかった筈。長年忍術学園全生徒の胃袋を支え続けてきたその貫禄は伊達じゃなかった。
「良い買い物ができたわねぇ。」
「本当、予想以上に安く買えましたね。」
泣く泣く全ての野菜を割り引いてくれた八百屋のおじさんと別れて次はお魚屋さんへと向かう。何とも迅速丁寧なお買い物。一切無駄のない動きに感動すら覚えていて正直興奮が止まらない。これからさらにまた彼女の巧みな話術を拝見できるのか。もうすでにいっぱいになっているおばちゃんの籠に尊敬の眼差しを送っていると不意に甘い香りが鼻を掠めた。
「らっしゃいませー!」
気になって匂いの出所を探すと聞き覚えのある声が辺りに響いている。せっかくの休日だというのにこんなところまでアルバイトに来ているのか。その逞しさを見習わなければと私も背筋が伸びてくる。
今は仕事中と言えどこのまま通り過ぎてしまうわけにはいかない。急いで前を進む彼女を呼び止め彼のいる方向を指さした。
「あの、すみません。ちょっと行ってきても構いませんか?」
「ん?あらあら、あの子は今日も精が出るわねぇ。」
「ええ、頭が下がります。」
「良いわよ、こっちはやっとくからちょっと手伝ってあげて頂戴。そうねぇ、終わったらあそこの甘味処でお茶しましょうか。」
「はい、ありがとうございます!」
海より懐の深いおばちゃんにお許しを貰って元気な笑顔の元へと走る。彼の手で綺麗に生けられた花達はどれも凛としていてお店も中々に大盛況だった。
「らっしゃいませー!贈り物にぴったりの花だよー!」
「一つ下さいな。」
「ありがとうございま……なまえさん!」
こちらに気がつくと目を真ん丸にして駆け寄ってきてくれるきり丸くん。先程までの営業スマイルよりも幾分か幼いその表情に自然と口元が緩んでいく。
「買い出しっすか?」
「そうなの。今日のバイトはお花屋さん?」
「はい!ここの主人気前良いんすよ。全部売ったらお駄賃倍にしてくれるって。」
「それはやる気出るね。」
きらりと八重歯を覗かせる彼は完全に商売人の顔をしている。学費を自分で賄っているきり丸くんにとってきっとここは戦場も同然。下手に邪魔しないよう買い物を済ませて帰った方が良さそうだ。
「それじゃあお金、これで足りる?」
「え、こんなに?なまえさんのお給料ですよね?」
「そうだけど……。」
「んー、つうかこっから荷物持って帰るんなら花は難しくないっすか?」
「……確かに。」
お財布事情を気遣われた上に正論で断られて非常に恥ずかしい。年上の威厳などあったものではないなと社会経験のなさを痛感させられる。それでもやっぱり何か役には立ちたいからなあ。どうしたものかと考え込んでいると私の百面相を眺めていたきり丸くんがそっとこちらに近づいた。「なまえさん屈んで」と腕を引かれて訳も分からず腰を曲げる。
「え……。」
すると水に挿されてあった花が彼によって丁度良い長さに茎を切られ私の耳に掛けられる。まるで簪のような使用方法で一気に顔周りが華やぐときり丸くんは満足げににっと目を細めた。
「花は買わなくて大丈夫です。んでその代わり広告塔になってもらって良いっすか?」
「広告塔?」
首を傾げながら尋ねるも彼は「まあまあ良いから」と私の背中を押すばかりで答えてくれない。いつの間にか店の真ん中に立たされ戸惑っているとその瞬間きり丸くんが通り中に聞こえる声で大きく叫んだ。
「さあ皆さんお買い得!お洒落にも!恋人への贈り物にも最適な巷で流行の花屋と言ったらこの店!こちらの女性みたく素敵に変身するなら今しかないっすよ~!」
「ん!?」
あれ、広告塔ってもしかしてそういう。ようやく事態が呑み込めて変な汗が滲んできたが大役を降りるより前に沢山の人が集まってきてしまう。大袈裟過ぎるCMだというのにまさかこれ程効果があるとは。きり丸くん恐るべし。って呑気に感心してる場合じゃない。
本当にこれどうしよう。とりあえず私も何か言った方が良いのだろうか。
「い、いらっしゃいませ……?」
困惑故に語尾が上がりながらもぎこちなく笑顔を作ってみる。するとどういうわけか一瞬時が止まったかのように静かになり、その後飛ぶように花が売れた。
「私にも一本頂戴!」
「毎度あり~!」
「俺は5本貰おう!」
「はーい、ありがとうございます!」
「私は花束にして!」
「承知っす!」
私が店先でただ笑っている間にきり丸くんが手際よくお客さんを捌いていく。速い、速過ぎる。そして目にも止まらぬスピードだが決してお勘定は間違わない。金の亡者と呼ばれるだけの理由がここにある。彼のプロ根性は紛れもなく本物だった。
「いや~!なまえさんのおかげで即完売でしたね!」
「お役に立てたのなら何よりだけど私お花挿して立ってただけだよ……?」
「それで充分っすよ!誰が何といおうと今日の功労者はなまえさん。ほらこれが何よりの証拠です。」
あひゃひゃと溜まりに溜まった小銭を数えているきり丸くんはいつになく上機嫌で私も胸を撫で下ろす。彼のお店を手伝った実感はまるでないがこれだけ喜んでもらえてるのなら。うん、一先ず良かったという事にしておこう。
「そういえばおばちゃんと向こうの甘味処で落ち合う約束してたの。きり丸くんもどう?」
「奢りっすか?」
「それは勿論。結局お花買えなかったしせめてお団子代くらい払わせて?」
「やった、ありがとうございます!」
「ふふ。」
両手を上げて万歳している姿はちゃんと年相応に見える。けれど、きっと彼は私には想像もつかぬ程壮絶な道を歩んできた。そしてこれからも自分自身を生かす為に強く逞しく生きていかなければならない。どれだけ理不尽な事が起ころうとも、この地に足を着けて。
この世界で、この人生でしか生きられない彼にとって今の私の悩みは何て贅沢なんだろう。
「なまえさん?」
薄暗い気持ちが立ち込めてきたところで名前を呼ばれ我に返る。平静を装って「うん?」とその髪を撫でると少しだけ頬を赤く染めた彼が私の手を取った。
「やっぱそれ、似合ってますね。可愛い。」
きり丸くんの視線の先を辿ると私の耳元に行き着いて。それ、というのが彼の挿してくれた花だとわかる。
「……ん、ありがとう。というかこれもらって大丈夫なの?」
「はい!なまえさんが完売の立役者だって伝えたら旦那さん無料で良いって言ってくれたんで!」
「うーん、抜かりない。」
「んじゃそろそろ行きましょ。」
軽快に歩き出した彼はお花屋さんを離れても小さな温もりを預けてくれたまま。私もその優しさに少し甘えていたくて二人手を繋ぎながらおばちゃんの待つ甘味処を目指した。