二章
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「……お前、あれわざとじゃないのか。」
委員会が終わり長屋へと戻っている道すがらどうにも釈然としなかった事柄を尋ねてみる。疑わし気な視線を送れば隣で鼻歌を歌っていた勘右衛門は突然その場に足を止め「何が?」と口角を上げながら俺を見た。
「記入漏れなんて普段のお前ならしないだろ。」
「普段の俺じゃなかったんじゃない?」
「は?」
揶揄うような調子に苛立ちが募り思わず声が低くなる。あからさまに眉間に皺を寄せると勘右衛門は「おー怖」と再び歩みを進め、仕方なく俺も後を着いていった。
「……何で態々あんな事したんだよ。」
「いや俺わざととか一言も言ってないけど。」
「わざとじゃないとも言ってない。」
「そんな揚げ足取られても。ていうか何でそんな怒ってんの。」
「別に怒ってないだろ。」
一瞬でばれる嘘を吐いて余裕のないまま小さく舌打ちを漏らす。そんな俺とは打って変わり飄々とした態度で質問を躱しまくる勘右衛門は挑発的な瞳で「じゃあさ」と続けた。
「わざとだったとして、何でだと思う?」
「は?」
そんなの思い当たるのは一つしかない。例えばこいつが駆け引きをしていたとして、あの場で自分の得になる事と言えば。
「何で……ってお前。」
恐らく予想は当たっているが口に出したくはなかった。所謂恋敵の心中を量りかねて言い淀むと俺の反応に気をよくしたのかさらに不敵な笑みで勘右衛門が畳みかけてくる。
「うーん、なら聞き方変えるわ。俺がわざと間違いを犯してたとして、三郎はどうする?」
「ど、うする……。」
軽薄そうな口調の癖してその目は妙に真剣で顔を逸らすことができない。やはりこいつは俺に言わせたいのか。まるで逃げるなと釘を刺されているかのような凄みに気圧されている自分がいた。
「どうにもしないってんなら俺も遠慮しない。まあ元からするつもりなかったけど。」
黙ったままの俺を前に勘右衛門が正直な胸の内を晒す。決して核心に触れているわけではないが文脈から察するに要は宣戦布告だろう。彼女が学園に来たばかりの頃とは違う、全く譲るつもりのない本気の。
「お前も重々わかってんだろうけどさ、俺達もう気遣ったり悩んだりしてる時間ないんだよ。」
彼女に対してだとか同級の誰かに対してだとか。確かに重すぎる葛藤を抱えていられる暇は俺達には残されていない。またと手を振った次の瞬間に、あの人はこの世界から消えてしまうかもしれないのだ。
自分の欲と相手の現状を天秤にかけた上での覚悟。それが今の勘右衛門には宿っている気がした。
嗚呼そうか、こいつはもう腹を括ったんだ。
「……お前が、」
「ん?」
「お前があの人に会いたいが為にわざと間違えたんなら普通にぶん殴る。」
俺もこんなところで二の足を踏んではいられない。勘右衛門以外にも敵はいるんだ。しかも厄介なのがぞろぞろと。
素直で明け透けな感想を述べればさっきまで俺を挑発していたはずの勘右衛門は一瞬目を丸くしてその後突然吹き出した。
「っはは!三郎の一撃痛いからやだ!」
くしゃりと顔を綻ばせたこいつにどうやら俺の意図は伝わったらしい。拳から逃れる為に長屋へと走り出した勘右衛門を追いかける足取りはまるで憑き物が落ちたみたいに軽かった。
俺だって誰にも譲るつもりはない。
すっかり陽が落ちた空にはいつの間にか月が出ている。真っ直ぐ差し込んできた光に目を細めれば自然と俺の口角も上がっていた。