二章
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「みょうじさん煮つけ定食で!」
「はーい!」
「僕は天ぷら定食!」
「はい!」
長い夏休みが終わり今日から新学期。お昼の食堂は久しぶりに目の回る忙しさで息を吐く暇もない。
「お待ちどうさま。」
「ありがとうございます!」
湯気の立ち上る味噌汁をお椀に注ぎお盆の体裁を整える。食欲のそそる匂いをお腹いっぱいに吸い込んだ一年生達は向日葵のような笑顔でそれを受け取り空いている席を探しに行った。
昨日まで静まり返っていたはずのこの場所にがやがやとした騒がしさが広がって心地良い。ようやく戻ってきた忍術学園の活気に、私の顔も自然と綻んだ。
「あ、なまえさんお久し振りです。」
「次屋くん、久しぶり。元気にしてた?」
空になった食器を洗っていると若葉色が視界の端に入ってきてひらりとこちらに手を振った。この夏随分日焼けをしたらしい彼はどうやら休み前より少し背が伸びたみたい。いやはやこの年頃の子達の成長速度は目を瞠るものがある。
「おかげさまで。なまえさんは寂しくなかったですか?」
「うーん、やっぱりちょっと寂しかったかな。」
相変わらずの鋭い指摘を受けわざとおどけて見せると次屋くんは柔らかく目を細めた。いやに大人びたその表情に何故だか一瞬虚を突かれ危うくお皿を落としそうになる。
「私も、なまえさんに会えなくて寂しかったです。」
正面から気持ちを告げられ二の句が継げない。前からずっと思っていることだが彼は本当に三年生なのだろうか。将来有望にも程がある。何と返したものかと言葉を迷ってる内に今度は手招きをされ、私は平静を装いながら一度調理場を出た。
「どうしたの次屋く……!?」
言い終わる前に降ってきたのは衝撃で危うく腰を抜かしそうになる。年下の子相手に何を動揺しているんだと言われればそれまでだかどうか今回ばかりは許してほしい。何しろ次屋くんの柔らかな香りが鼻を掠めたと思えば彼の両腕はいつの間にか私の首に回っていた。
「え、っと……?」
「うん、やっぱり久しぶりのなまえさんも可愛い。」
こちらに抱き着いたまま恥ずかしげもなく歯の浮くような台詞を囁く次屋くん。一方私はというとまだ声変わりもしてない高い響きに捉えられて情けなくも身動きが取れない。あまりの色男ぶりに眩暈がしそうだ。
この子の怖さは恐らくこれを無自覚でやっているという事。それ故に予測がつかず回避の難易度が跳ね上がる。
「と、とりあえず次屋くん一旦離れ「なぁにやってんだ三之助ぇ!!!!!」
「いだっ!」
戸惑いつつも彼を制しようとした次の瞬間次屋くんの頭に重い拳骨が落ちてきた。見ればそこには肩で息をしている富松くんが立っていて非常に焦った様子で真っ青になっている。新学期早々お疲れ様です。
「ご、ごめんなさいみょうじさんこいつまた失礼なことを……!」
案の定事をしでかした本人よりも全力で頭を下げてくれて逆にこちらが謝りたくなる。毎日迷子二人を探して学園中を駆け回っている彼にお給金を出したいと思っているのはきっと私だけじゃないはずだ。
「あはは、大丈夫だよ。再会が嬉しいのは私も同じだし。」
「ですが!」
「富松くんも久しぶり。元気だった?」
次屋くんの腕から解放され平気な様子を示せば富松くんは眉を下げながらも渋々納得してくれた。彼の変わらぬ真面目さが愛らしくつい頭を撫でそうになったが寸でのところで踏み止まる。
「私は元気でした!」
「いや俺が聞かれてんだよ!」
「ふふ、左門くんもこんにちは。」
そうこうしてると後ろから左門くんまで溌溂とした顔を覗かせて三年ろ組が勢揃い。次屋くんが私に抱き着いていたと知るや否や「私も!」とせがまれてしまいまたも富松くんの鉄拳が飛んだ。
「お前ら休み明けからいい加減にしろ……!」
「作兵衛何で怒ってんの?」
「たんこぶできたぞ!」
青筋を立てている富松くんには申し訳ないが彼らの賑やかなやり取りに目尻が下がる。しかし再会を喜ぶのも束の間、また食堂に列ができ始めていたので慌てて自分の持ち場へと帰った。
「あ、なまえさん注文いいですか。」
「「私も!」」
先頭に並んでいた富松くんに続いて次屋くん達も食べたい定食を口にする。彼らに振り回される日常が戻ってきた事に心のどこかで安堵しながらお盆に乗せる為の小鉢を取った。