二章
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「疲れてるのに後片づけまでさせちゃってごめんね。」
「いえ、なまえさん一人にやらせるわけにはいきませんから。」
夕食を済ませ二人でいつもの縁側に腰かける。久しぶりの彼女との夕涼みにやはり自然と頬が緩んだ。あと数日はこの安らぎが続く。誰もいない静かな学園で学生最後の夏休みを満喫させてもらうとしよう。
ふと隣を見ると彼女の横顔を月灯りが白く照らしていた。今にもかぐや姫のように攫われてしまいそうな儚げな笑顔に言い知れぬ焦燥が募っていく。
「……利吉さんとは随分仲良くなられたんですね。」
その手を引いて胸の中に収めてしまいたいという衝動を抑え、出てきた言葉はあまりに幼稚なものだった。これでは妬いているのが明白ではないか。深い意味に取られないよう普段と変わらぬ声色でいられた事が唯一の救い。
「そうだね、私が寂しくないようここのところ毎日通ってくれてたから。」
「毎日……ですか。」
「うん、今日の山寺調査も利吉くんが提案してくれたの。夏休み中は動けないと思ってたからありがたかったよ。」
ふわりと笑う彼女を前に胸の奥が痛み出す。いつからか真っ先に頼られるべきは自分だと過信していた。その優越感はもしや勘違いだったのだろうか。
いや、まだ結論に辿り着くには尚早だ。まるで自身に言い聞かせるように最悪の可能性に首を振る。
「収穫がなくて残念でしたね。」
「ううん、一つでも調査が進めば万々歳だよ。久しぶりに学園の外も歩けたし良い息抜きになったと思う。」
どこか上機嫌な様子の彼女は鼻歌交じりに今日の出来事を振り返っていた。そしてその口から「利吉さん」と名前が零れる度黒い感情が沸き上がってくる。
「……今日のなまえさんは随分良い事があったように見えます。」
それ程までに二人の時間は楽しいものだったのだろうか。嫉妬に耐えきれず再び幼稚な自分が顔を出す。嗚呼何故。彼女に当たっても仕方がないだろう。
「えっと、そう見える?だとしたらかなり恥ずかしいな……。」
私に指摘された彼女は八の字に眉を下げ困ったように視線を逸らした。ゆらゆらと揺れる美しい瞳が、自身の気持ちを吐露するのを躊躇っているように見える。
「……多分、浮かれてるんだと思う。夜寝る前に一人じゃないの、久しぶりだから。」
そうして数秒の沈黙の後落とされた言葉に、一瞬で胸の靄は晴れ全身の血が沸き立った。まさか、彼女の口元がずっと緩んでいたのは。
「立花くんが戻ってきてくれて嬉しいよ。」
「……っ。」
私の為だけに放たれた一言がいとも簡単に心を射る。この場にいたのが別の誰かだったとしても彼女は同じ笑みを浮かべたかもしれぬがそんな些末な事はどうでも良かった。
「私も、無事なまえさんにお会いできて心の底から嬉しく思います。」
無闇矢鱈に距離を詰めなくとも、焦りのままに彼女の腕を引かなくとも。通じている思いはきっとあるのだ。それを信じて私は私の道を行けば良い。やはり今はただ、傍にいるだけで。
お互い疲労は溜まっているというのに他愛のない話は夜更けまで続いた。いずれ別れが来ようともこの時ばかりは。決して口にすることの出来ない名残惜しさを二人で抱え、砂城のように脆い時間を必死で手繰り寄せていた。