二章
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漸く山寺に到着した頃には汗だくになっていた。ひ弱な私を見兼ねて荷物持ちに徹していてくれた利吉くんが「お疲れ様です」と水筒を手渡してくれる。
「ふぅ、利吉くんもお疲れ様。」
「はは、私は疲れてはいません。寧ろ二人きりの道中を楽しめて元気なくらいですよ。」
「そ、それなら良かった……?」
段々彼が明け透けになってきている気がする。さすが今を時めく売れっ子忍者。言動に隙がないというか女性の扱いを心得ている。本気を出されるといよいよ太刀打ちできなくなりそうだ。
「それでどうです?この山寺には……何か特別に感じるものなどありますか?」
「ええと……。」
正直、一目見ただけではよくわからない。姫様がお花見をしに行っていたのは春のことだし今はあまりに様相が違い過ぎる。
「確かに桜はあるみたいだよね。」
「はい、ただ寺自体の痛みがかなり進んでいるようですし先程の道の悪さを考えても望みは薄いかもしれませんね……。」
確かにごつごつとした岩の多い道を牛車が通るのは不可能だろう。いやしかしそう簡単に希望は捨てるべきではない。何か手がかりがあるかもしれないし。一縷の望みに賭ける為私は鬱蒼と草が生い茂る山寺をぐるりと注意深く一周してみることにした。
「うーん、やっぱり特に変わったところは、ってわ!?」
「なまえさん!?」
一層草の深いところに足を踏み入れた瞬間突然何かが飛んできた。ジュンコさんやナメクジさんたちは平気でも虫はかなり苦手な部類。羽を広げて肩に着地したそれに頭が真っ白になり思わず後ろの彼にしがみつく。
「り、利吉くん取って……!」
「あ、お、落ち着いてくださいなまえさん。」
「だってどうしよう無理そっち見られない無理。」
半泣き状態で利吉くんの服をぎゅうと握れば「だ、大丈夫です」と彼の手が肩に伸びる。そうして利吉くんはすぐさま何かを地面へと放り投げ、パニックに陥っている私の背中をまるで子供をあやすみたいにゆっくりさすってくれた。
「なまえさん、ただのバッタです。もう逃がしましたからご安心を。」
彼の穏やかな声色にへなへなと体の力が抜けていく。それと同時に取り乱してしまった恥ずかしさが込み上げてきてさらにまた体温が上がった気がした。
「ごめ、や、ありがとう……?」
謝罪とお礼どちらが先かを迷った挙句非常に聞き苦しい謝意を述べることになった。嗚呼年上としての威厳が。自分の情けなさにますます汗をかいていると利吉くんが私の顔を覗きこんでくすりと笑う。
「いえ、なまえさんの可愛らしい一面を知る事が出来て良かったです。それにその……役得ですから。」
咳払いをした彼に首を傾げかけたところでようやく今の状況を把握する。利吉くんの胸元に縋りついている私。腰に回されている利吉くんの手。まるで熱い抱擁でも交わしているかのような体勢に慌てて数メートル後ろへと飛び退いた。
「……っごめんなさい。」
思いがけず発生したアクシデントに鼓動が速まる。けれどそれは決して素敵な胸の高鳴りなどではなくて。踏み込むべきではない範疇に自ら片足を突っ込んでしまった迂闊さに対する恐ろしいほどの後悔だった。
駄目だ、今選択を誤っては。彼の事も傷つけずけれどこの関係性を加速させることもなく。これまでと変わらぬ違和感のない行動を取らなければ、きっと戻れなくなる。
どくりと脈打つ心臓を抑えてばれないように小さく息を吐く。口をきかなくなった私を心配して「なまえさん?」と問いかけてくれる心優しい彼に向かって唇でにこりと弧を描いた。
「あ、大丈夫。ごめんねちょっとびっくりしちゃって……。」
「いえそんな。ご無事で何よりです。」
「ふふ、助けてくれてありがとう。もうちょっと見て回ろっか。」
まるで先程までの動揺なんてなかったかのように。二人の間に再び穏やかな空気が流れ始めほっと胸を撫でおろす。大丈夫、これで間違ってないはず。いつも通りの距離に戻ったことに安堵して山寺の反対側へと歩みを進める。
彼の好意に甘えてる癖に気持ちを聞きたくないだなんて。自分のずるさに吐き気がする。
それでもどうせいつか別れが来るのなら。大切な何かを置き去りにしてしまわなければならないのなら。せめて誰の心も壊さないまま笑顔でこの世界に手を振りたいと思ってしまうのだ。例えそれがどれだけ己の首を絞めようとも。
生温い風が頬をそよいだ。草を踏みしめる一歩ごとに帰り道がわからなくなっている気がして、視界が揺れるのを夏のせいだと言い聞かせた。